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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
2-2.
しおりを挟む執事よりも分かりやすい態度で遠回しに親しくなるつもりはないと侍女頭に言われてしまった事でハーレン家での暮らしは苦労しそうだとマリーベルは思った。
「では侍女頭様とメイド長様と呼ばさせて頂きます。ですが他の使用人の方々についてはお名前で呼ばせて頂かないと特定の方を呼びたい時に困ってしまいます。名前を覚える事は苦になりませんので他の使用人の方々は名前で呼ばせて頂きますわ。」
マリーベルがそう言うと侍女頭は不快そうに片方の眉をピクリと反応させスッとマリーベルを見据えた。
「いいえ結構です。他の使用人を呼ぶ際は『そこの使用人』『そこのお前』とでも呼べばいいのです。それと私達に様は付けなくて結構です。私達は大変忙しくこんな所で聖女様と会話する暇などありません。さっさと部屋に案内させていただきます。」
「ちょっと!アナタねぇ!」
「いいのよサラ。分かりましたわ侍女頭さん。余計なお時間を取らせて申し訳ありません。」
サラは侍女頭のマリーベルに対する無礼な態度に我慢ならず食ってかかろうとしたがマリーベルに止められグッと我慢した。
侍女頭とメイド長が後ろを振り返って歩き出すと、サラはマリーベルの耳の近くに顔を近づけた。
「聖女様王宮に帰りましょうよ。侍女頭の聖女様に対する態度は酷いし執事もなんか怪しくて気味が悪いです。嫌な予感がします。こんなところに居たらとんでもない目に合いますよ?」
周囲の人間に聞こえないようにサラは小声でマリーベルに耳打ちをする。
「サラ、貴女の気遣いは嬉しいけど屋敷に着いたばかりの私が王宮に帰ったら即王命を破ったと思われてしまうわよ。」
「そうですけど、王宮からハーレン家に抗議していただかないとこれからの事を考えると・・・。」
「私はもうギルフォード様の婚約者ではないのよ。王妃様が直接私に王妃教育をする為に王宮に住まわせていただけなの。婚約破棄されて王妃への道が断たれた今、私に帰る場所は無いのよ。」
「ですが・・・。」
「ハーレン様はきっと素晴らしい方なのね。」
「え?」
「だって主人であるロイド・ハーレン様が愛する人と引き離された原因の私に対して使用人の皆さんがとても怒っている事が伝わって来るもの。ハーレン様は使用人の皆さんにとても慕われているのね。」
マリーベルの言葉にサラは複雑な想いを感じ何も言えなかった。
「私は何を言われようが何をされようが平気。どうせ帰る場所もないし、逃げたところでハーレン様が王宮に何を言われるか分からないわ。これ以上ハーレン様に迷惑をかけたくないの。」
マリーベルはこの屋敷で嫌な事があったとしても自業自得だと思ていた。
だってロイドが愛する人と別れさせられたのは自分が原因なのだからと。
「こちらが聖女様のお部屋となります。聖女様のお付きの侍女殿はこれからメイド長の指示に従って動いてもらいます。この屋敷の構造や使用人としてのしきたりなど仕事内容について全てメイド長が教えますので、しばらくはメイド長の指示に従うようにしてください。」
「待って!私は聖女様の身の回りのお世話をする為に付いて来たんですよ!聖女様から離れる事は出来ません!」
サラの言葉に侍女頭の片方の眉がピクリと動き不快そうにサラを見据えた。
「どうやら侍女殿は相当頭が悪いみたいですね。」
「何ですってぇ!」
「聖女様のお世話をするにしてもこの屋敷の勝手が分からなければ動きようがないではありませんか。聖女様が使うタオルは一体どこ?聖女様のティータイムのポットやお茶はどこに?確かに侍女殿は聖女様のお世話だけをすればいいかもしれませんが、私共の仕事を知らなければメイド達への指示も出せませんよね?初めてこの屋敷に来た侍女殿は私共が教えなければ聖女様のお世話を満足にする事が出来ないと思われますが。」
「それは、そうですけど・・・。」
サラは横目でチラチラとマリーベルを見た。
確かに侍女頭の言う事が最もであったがサラはマリーベルから離れたくなかった。
もし離れたらマリーベルがこの屋敷の使用人達から何か良からぬ事をされるのではないかという不安があったからだ。
サラの心配そうな視線に気付いたマリーベルはニッコリと微笑んだ。
「私は大丈夫よサラ。だからメイド長さんからこの屋敷の事を教わってきて。」
「分かりました・・・。」
サラはマリーベルから離れがたいと思いながら渋々メイド長の後に付いていった。
マリーベルは今日から使う自分のために用意された部屋に入った。
その部屋は温かみのある朱色とオレンジの色で統一された女性らしく可愛らしい部屋だった。
「素敵なお部屋!こんな可愛らしいお部屋に憧れてたの!」
王宮のマリーベルの部屋はとても豪華ではあったがいかにも王族が使う部屋という感じで可愛いとは程遠かったので、ハーレン家で用意された可愛らしい部屋にとても喜んでいた。
「喜んでいただけて良かったです。」
「ええとっても!」
「そうですとも。このお部屋は大奥様が旦那様の元婚約者リズ・アージェント様の為にご用意されていたお部屋なのですから。」
マリーベルの心に冷たい風が吹いた。
「大奥様はリズ様が喜ぶような壁紙・カーテン・家具などを考えながらリズ様がこの家に嫁いで来られる日をそれはそれは心待ちにしておりました。」
侍女頭の言葉は屋敷に着いてからずっと笑顔を保っていたマリーベルの笑顔を消した。
「後1年で旦那様とリズ様はやっと結婚できると思っていたのですがーー人生何が起こるか分かりませんわね、聖女様?」
「そうね・・・。」
この部屋に入ったばかりは素敵な部屋だと喜んでいたマリーベルだったが、侍女頭の話を聞いて直ぐに部屋から出たくなる程の居心地の悪さを感じた。
「あら、私ともあろう者がつい話し込んでしまいました。お食事についてですが朝食は個人のお部屋で、夕食は食堂で食べます。昼食は食べたい時にその都度使用人に言ってくださればご用意しますので。」
「分かりました。」
「大奥様と旦那様のお帰りは夜になります。夕食時にまた呼びに来ますのでそれまでごゆるりとお過ごし下さいませ。では失礼いたします。」
「待ってください。」
部屋から出て行こうとした侍女頭はマリーベルに呼び止められ嫌そうに振り返った。
「何でしょうか?」
「わたくしにも屋敷を案内して頂けませんか?」
今日から住む屋敷の中を知りたいと思う事はしごく普通の事だと思うが、それが侍女頭の勘に触ったらしく片方の眉を吊りあがらせて鋭くマリーベルを睨んだ。
「私共はとても忙しいとおっしゃいましたよね聖女様?」
「そうですが・・・では1人でお屋敷を探検してもよろしいでしょうか?皆さんの邪魔にならないようにしますので。」
「なりません。」
ただこれから住む屋敷の中を見たいだけなのにキッパリと断られマリーベルは少しムッとしてしまう。
「なんで、ですか?」
「ハイロゼッタの宝である聖女様が屋敷中をうろついている姿を見たら使用人達は驚いて緊張から仕事に手がつかなくなります。聖女様だって皆の迷惑になる事は望まないでしょう?でしたらこの部屋から出ることなくごゆるりと過ごされるようにお願いします。」
侍女頭がマリーベルを部屋から出さないために適当な言い訳をしている事はマリーベルにも分かった。
遠回しに『部屋の中で大人しくしてろ。』と言われたことを察したマリーベルは肩をすくめた。
「分かったわ。部屋で大人しく過ごします。」
「何かありましたらベルを鳴らしてメイドをお呼びください。では今度こそ失礼いたします。」
侍女頭が部屋から出るとマリーベルは緊張の糸が切れたように座り心地の良いソファに深く腰掛けた。
「疲れた。」
数時間前に王宮で婚約破棄と新しい婚約について言い渡され、新しい婚約者の屋敷では予想は通り歓迎されていない雰囲気を常に感じ、心休まる時が無かったので1人になった途端に一気に疲れが襲ってきた。
ソファにもたれていくうちにマリーベルの瞼がだんだんと下がりそのまま眠りに落ちていった。
「聖女様、夕食の時間です。」
声がして目を覚ますとメイド長が立っていた。
窓の外は暗く既に夜になっていた。
「サラは今どうしてるの?」
「侍女殿は別の場所にて他の使用人達と過ごしております。」
「そう・・・。」
「では食堂にお連れします。大奥様と旦那様がお待ちです。」
とうとうロイドとロイドの母である大奥様に合うと聞いてマリーベルは緊張してきた。
食堂へ向かうメイド長の後ろを歩きながらマリーベルは色々と考えていた。
「(なんて謝罪をすれば良いのかしら?巻き込んでごめんなさい?アージェント様との仲を裂くような事をして申し訳ありませんでした?謝っても意味ないかもしれないど何も言わないままではいられないわ。それにこれからの事についても話し合わなければならないし・・・気が重いわ。)」
食堂に着くと冷たい瞳で無表情にマリーベルを見るロイドとロイドとは対照的にニッコリと笑顔で出迎えてくれた大奥様がいた。
マリーベルは緊張していた顔から、いつもよりも美しい笑みを浮かべ微笑んだ。
本当は笑顔よりも真剣な表情でいたかったのだが、マリーベルは厳しい王妃教育により『王妃となる者は感情を出す事なく常に優雅に皆と接する事。』と王妃に徹底して教育された結果、人前では常に笑みを浮かべる人形の様な聖女になっていた。
そしてマリーベルは緊張する場面に遭遇する程綺麗な笑みを浮かべるという癖があり、ロイドと大奥様に会ったら真剣な表情で直ぐに謝罪をするつもりが緊張で美しく微笑んだまま何も言う事が出来ないままで突っ立ていた。
「お久しぶりですね聖女様。王宮でのパーティー以来ですわ!まさか聖女様がロイドの婚約者になって現れるなんて思いもよりませんでした!わたくしの事は是非お義母さんと気軽にお呼び下さい!こんなに綺麗な方がお嫁さんになってくれるなんて今日はなんて素敵な日なのでしょう!」
笑みを浮かべたまま固まっていたマリーベルの両手を自身の両手で掴んで嬉しそうに話かけてくる大奥様のマーガレット・ハーレン夫人。
マーガレットお義母様はマリーベルをとても歓迎しているように見えたがマリーベルの両手を掴んでいる手は爪が食い込む程に強く握られその目は笑っていなかった。
マリーベルはその目から微かに怒りを感じた。
マーガレットは表面上はマリーベルをとても歓迎しているように見えたが視線や雰囲気から怒りが滲み出ていた。
「わたくしもこんな素敵なお義母様が出来て嬉しいですわ。」
「そのように言ってくださるなんて光栄ですわ!ささ、早く食べないと料理が冷めてしまいます!」
マリーベルはロイドと挨拶する事もなくそのままの流れでテーブルに着いた。
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