婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ

文字の大きさ
上 下
4 / 33
一章.幸せになったのは王子様だけでした。

2-3.

しおりを挟む
 
 豪華なデザインの縦に長いテーブルには料理が3人分置かれ、マリーベルの正面にロイドが座りロイドの隣にマーガレットが座っていた。 

 ハンバーグ・サラダ・パン・スープのシンプルで美味しそうな目の前の料理を3人は淡々と食べ始めた。
 特に会話は無くカチャカチャと食器の音だけが響いていた。
 3人が食べている後ろでは使用人達が静かに壁際に並んで待機していた。

 そしてマリーベルの食事はあまり進んでいなかった。
 謝罪をしたいのに緊張と罪悪感から上手く言葉が出ず、せっかくの料理が喉を通らなかった。
 そんなマリーベルに気付いたのはマーガレットだった。


「あら?聖女様あまり食事が進んでいませんね?王宮の素晴らしい料理を毎日食べている聖女様には我が家のシンプルな料理はお口に合わないのかしら?」

「いえ、そんな・・・。」


 マーガレットから嫌味を言われていると分かっていが、マリーベルは話しかけられた流れで意を決して椅子から立ち上がり頭を下げた。


「わたくしとギルフォード様の問題に公爵様を巻き込んでしまい申し訳ありませんでした!」


 ロイドとマーガレットの食事をしていた手がピタリと止まった。


「ハーレン公爵様とアージェント伯爵令嬢様との婚約を元に戻して頂けるように王様とギルフォード様を説得してみます!王命を取り消してもらうまで何度でも働きかけます!この度は申し訳ありませんでした!」
 

 王命を取り消す事は出来ないと充分に理解はしていても、やはり人の幸せを壊してまで結婚をしたくないと思ったマリーベルはどんな罰が下されようが、王とギルフォードを説得して王命を取り消してもらおうと考えていた。

 重い沈黙が流れる。
 マリーベルの手は震え、顔を上げて2人の顔を見るのが怖かった。


「顔を上げてください。」

 
 ロイドの声がしてマリーベルが恐る恐る顔を上げると、ロイドが冷たい眼差しでマリーベルを無表情で見下ろしていた。


「貴女が謝るような事は何もありません。私も母上も貴女が悪くない事を重々承知しています。だからーー」

「だからなんですか?」

。」


 まるで心臓が凍えそうになる程の冷たい声だった。

 ロイドのスカイブルーの瞳はマリーベルを映しているのに空虚を見ているようだった。
 絶望し諦め王命を受け入れた。受け入れるしかなかった。
 だから愛する婚約者と別れた。
 ロイドの空虚な瞳はそれを物語っていた。


「ですがっ・・・!」


 ロイドの言葉にマリーベルは口をつぐみそうになったがそれでも言葉を発せずにはいられなかった。


「一度出した王命は取り消す事が出来ない事を聖女様も理解している筈です。何もしないでください。貴女の謝罪の気持ちは受け取りましたので。」

「ですがっ!これでは余りにも公爵様が!」

「聖女様、貴女が陛下や殿下に訴えた事でロイドの迷惑になるかもしれない事が分かりませんの?」


 マリーベルのお節介とも言える発言にマーガレットは険しい表情かおを向ける。


「ロイドの言う通り聖女様は何も悪くありません。ロイドとリズさんの婚約がになってしまった事はとても残念に思いますが貴女の気に病む事ではないのですよ。」


 婚約が白紙となりリズ・アージェントとロイドが婚約をしていた事実が最初から無くなった。
 リズがロイドの元婚約者という事実が世間的に無くなったのだ。
 その事実は今尚想い合っているロイドとリズの繋がりを何もかも消し去ってしまったような悲しい出来事に思えた。


「でも、公爵様はアージェント様の事を心からっ!」

「ロイドとリゼさんは縁が無かったのです。その程度の縁だったのです。」

「(そんな・・・。)」


 マーガレットの声は震えていた。
 その程度の縁なんて言葉を言いたくなかった。
 本当はリズが家族になる未来を諦めたくなかった、だけど諦めるしかない。
 縁が無かったから仕方ないと自分に言い聞かせるように思わなければリズの事を諦める事ができないのだ。
 マーガレットは耐える様に唇を噛んだ。

 ロイドは震えているマーガレットの手を握りマリーベルを真っ直ぐに見つめた。


「私は父上が残してくれた領地と父上が代々引き継いで来た宰相という地位を継いで守っていきたい。平民出の聖女様には分からないかもしれませんが私達は貴族です。家と領地を守るためなら陛下や殿下の理不尽とも言える命令を受け入れ愛の無い政略結婚だってできます。」


 マリーベルは何も言えず黙るしかなかった。
 そして胸がチクリと痛く感じた。


「ロイドは1年前に旦那様が亡くなって当主を継いでから1人でこの広大な領地を管理しているわ。まだ学生なのに学友と遊ぶ暇もなく学園に通いながら宰相の勉強もして領地の管理もしていて勉強と仕事の両立で相当な苦労をしているの。その上領地は災害続きで休む暇もないのよ。わたくしも手伝ってはいるのだけれど、ロイドの過酷な仕事量に比べればほんの些細な量よ。半年以上経っても被害は深刻で解決に至っていないの。」


 マーガレットはこの1年の事を思い出して涙の流れる目元にハンカチを当てた。

 1年位前からハーレン家が治めるルーベンス領は災害による未曾有の危機に何度も晒され大被害を受けた。
 台風・川の氾濫・土砂崩れなどにより小さな村々が何個も無くなり家を無くした沢山の人々が王都にまで流れて来たのだ。
 マリーベルも聖女としてルーベンス領に赴きたくさんの怪我人の手当てを行っていた。
 テントはケガ人や死体に溢れ悲しい程に悲惨な状況だったのを昨日の事の様に覚えている。


「その上聖女様が王命について訴えたらロイドに陛下と殿下の怒り向かう恐れだってあるのよ?だからこれ以上ロイドを苦しめないでくださいっ!」


 マーガレットは悲痛な声をあげた。
 父上の死、領地の災害による多大な被害、王命により愛する人との婚約解消。
 どんなに一生懸命努力をしても努力ではどうにもならない悲劇が立て続けにロイドの身に起こっていた。
 『なぜロイドばかり。』とマーガレットの声には悲痛な想いが込められていた。
 
 ロイドは涙を流すマーガレットをその胸に抱きしめた。


「聖女様、先程から私と母上が無礼を働いて申し訳ありません。」


 今度はロイドがマリーベルに頭を下げた。


「いいえ・・・わたくしこそ深く考えず自分勝手な発言をしましたわ。」

「私は殿下から妹の様に大切に思っている聖女様を殿下の代わりに大切にする様に仰せられました。それは殿下が私を1番に信頼し貴女を守れる存在だと認められている証拠だと思うのです。」


 ロイドの言葉はまるで自分に言い聞かせている様だった。


「殿下は貴女との新しい婚約を大変喜んでくださり、我が領への一層の支援を約束してくださいました。だから私は殿下の代わりに婚約者として聖女様を。」

  

 ロイドが無理をして言っているとマリーベルには分かった。


「(私って酷い女ね、ハーレン様にこんな事言わせるなんて。)」


 マリーベルは虚しさを感じた。
 鼻の奥がツンとなってなんだか泣きたくなってきた。


「取り乱してごめんなさい。聖女様だって殿下に婚約破棄されて傷ついているのに。」

「お義母様が取り乱すのも無理もありませんわ。私も突然ギルフォード様から言い渡されてまだ心の整理がついていませんもの。」


 食堂に気まづい空気が流れる。


「聖女様わたくし今日は食欲が無くてこれ以上食事が進みませんの、ですからお先に失礼いたします。」

「私も失礼いたします。」


 マーガレットが席を立つとフラついているおマーガレットを支えるようにロイドも席を立ち2人は食堂から出て行った。

 その場にマリーベル1人になると使用人達からの冷たい視線が集まった。
 使用人達はマリーベルが大奥様を泣かせて許さんと言わんばかりにマリーベルを睨んでいた。

 居た堪れない気持ちになったマリーベルは食事の途中だったがこの空気の中食べる気にもなれず、暗い気持ちのまま食堂を後にした。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

結婚の約束を信じて待っていたのに、帰ってきた幼馴染は私ではなく義妹を選びました。

田太 優
恋愛
将来を約束した幼馴染と離れ離れになったけど、私はずっと信じていた。 やがて幼馴染が帰ってきて、信じられない姿を見た。 幼馴染に抱きつく義妹。 幼馴染は私ではなく義妹と結婚すると告げた。 信じて待っていた私は裏切られた。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

処理中です...