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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
2-3.
しおりを挟む豪華なデザインの縦に長いテーブルには料理が3人分置かれ、マリーベルの正面にロイドが座りロイドの隣にマーガレットが座っていた。
ハンバーグ・サラダ・パン・スープのシンプルで美味しそうな目の前の料理を3人は淡々と食べ始めた。
特に会話は無くカチャカチャと食器の音だけが響いていた。
3人が食べている後ろでは使用人達が静かに壁際に並んで待機していた。
そしてマリーベルの食事はあまり進んでいなかった。
謝罪をしたいのに緊張と罪悪感から上手く言葉が出ず、せっかくの料理が喉を通らなかった。
そんなマリーベルに気付いたのはマーガレットだった。
「あら?聖女様あまり食事が進んでいませんね?王宮の素晴らしい料理を毎日食べている聖女様には我が家のシンプルな料理はお口に合わないのかしら?」
「いえ、そんな・・・。」
マーガレットから嫌味を言われていると分かっていが、マリーベルは話しかけられた流れで意を決して椅子から立ち上がり頭を下げた。
「わたくしとギルフォード様の問題に公爵様を巻き込んでしまい申し訳ありませんでした!」
ロイドとマーガレットの食事をしていた手がピタリと止まった。
「ハーレン公爵様とアージェント伯爵令嬢様との婚約を元に戻して頂けるように王様とギルフォード様を説得してみます!王命を取り消してもらうまで何度でも働きかけます!この度は申し訳ありませんでした!」
王命を取り消す事は出来ないと充分に理解はしていても、やはり人の幸せを壊してまで結婚をしたくないと思ったマリーベルはどんな罰が下されようが、王とギルフォードを説得して王命を取り消してもらおうと考えていた。
重い沈黙が流れる。
マリーベルの手は震え、顔を上げて2人の顔を見るのが怖かった。
「顔を上げてください。」
ロイドの声がしてマリーベルが恐る恐る顔を上げると、ロイドが冷たい眼差しでマリーベルを無表情で見下ろしていた。
「貴女が謝るような事は何もありません。私も母上も貴女が悪くない事を重々承知しています。だからーー」
「だからなんですか?」
「何もしないでください。」
まるで心臓が凍えそうになる程の冷たい声だった。
ロイドのスカイブルーの瞳はマリーベルを映しているのに空虚を見ているようだった。
絶望し諦め王命を受け入れた。受け入れるしかなかった。
だから愛する婚約者と別れた。
ロイドの空虚な瞳はそれを物語っていた。
「ですがっ・・・!」
ロイドの言葉にマリーベルは口をつぐみそうになったがそれでも言葉を発せずにはいられなかった。
「一度出した王命は取り消す事が出来ない事を聖女様も理解している筈です。何もしないでください。貴女の謝罪の気持ちは受け取りましたので。」
「ですがっ!これでは余りにも公爵様が!」
「聖女様、貴女が陛下や殿下に訴えた事でロイドの迷惑になるかもしれない事が分かりませんの?」
マリーベルのお節介とも言える発言にマーガレットは険しい表情を向ける。
「ロイドの言う通り聖女様は何も悪くありません。ロイドとリズさんの婚約が白紙になってしまった事はとても残念に思いますが貴女の気に病む事ではないのですよ。」
婚約が白紙となりリズ・アージェントとロイドが婚約をしていた事実が最初から無くなった。
リズがロイドの元婚約者という事実が世間的に無くなったのだ。
その事実は今尚想い合っているロイドとリズの繋がりを何もかも消し去ってしまったような悲しい出来事に思えた。
「でも、公爵様はアージェント様の事を心からっ!」
「ロイドとリゼさんは縁が無かったのです。その程度の縁だったのです。」
「(そんな・・・。)」
マーガレットの声は震えていた。
その程度の縁なんて言葉を言いたくなかった。
本当はリズが家族になる未来を諦めたくなかった、だけど諦めるしかない。
縁が無かったから仕方ないと自分に言い聞かせるように思わなければリズの事を諦める事ができないのだ。
マーガレットは耐える様に唇を噛んだ。
ロイドは震えているマーガレットの手を握りマリーベルを真っ直ぐに見つめた。
「私は父上が残してくれた領地と父上が代々引き継いで来た宰相という地位を継いで守っていきたい。平民出の聖女様には分からないかもしれませんが私達は貴族です。家と領地を守るためなら陛下や殿下の理不尽とも言える命令を受け入れ愛の無い政略結婚だってできます。」
マリーベルは何も言えず黙るしかなかった。
そして胸がチクリと痛く感じた。
「ロイドは1年前に旦那様が亡くなって当主を継いでから1人でこの広大な領地を管理しているわ。まだ学生なのに学友と遊ぶ暇もなく学園に通いながら宰相の勉強もして領地の管理もしていて勉強と仕事の両立で相当な苦労をしているの。その上領地は災害続きで休む暇もないのよ。わたくしも手伝ってはいるのだけれど、ロイドの過酷な仕事量に比べればほんの些細な量よ。半年以上経っても被害は深刻で解決に至っていないの。」
マーガレットはこの1年の事を思い出して涙の流れる目元にハンカチを当てた。
1年位前からハーレン家が治めるルーベンス領は災害による未曾有の危機に何度も晒され大被害を受けた。
台風・川の氾濫・土砂崩れなどにより小さな村々が何個も無くなり家を無くした沢山の人々が王都にまで流れて来たのだ。
マリーベルも聖女としてルーベンス領に赴きたくさんの怪我人の手当てを行っていた。
テントはケガ人や死体に溢れ悲しい程に悲惨な状況だったのを昨日の事の様に覚えている。
「その上聖女様が王命について訴えたらロイドに陛下と殿下の怒り向かう恐れだってあるのよ?だからこれ以上ロイドを苦しめないでくださいっ!」
マーガレットは悲痛な声をあげた。
父上の死、領地の災害による多大な被害、王命により愛する人との婚約解消。
どんなに一生懸命努力をしても努力ではどうにもならない悲劇が立て続けにロイドの身に起こっていた。
『なぜロイドばかり。』とマーガレットの声には悲痛な想いが込められていた。
ロイドは涙を流すマーガレットをその胸に抱きしめた。
「聖女様、先程から私と母上が無礼を働いて申し訳ありません。」
今度はロイドがマリーベルに頭を下げた。
「いいえ・・・わたくしこそ深く考えず自分勝手な発言をしましたわ。」
「私は殿下から妹の様に大切に思っている聖女様を殿下の代わりに大切にする様に仰せられました。それは殿下が私を1番に信頼し貴女を守れる存在だと認められている証拠だと思うのです。」
ロイドの言葉はまるで自分に言い聞かせている様だった。
「殿下は貴女との新しい婚約を大変喜んでくださり、我が領への一層の支援を約束してくださいました。だから私は殿下の代わりに婚約者として聖女様を大切にします。」
ロイドが無理をして言っているとマリーベルには分かった。
「(私って酷い女ね、ハーレン様にこんな事言わせるなんて。)」
マリーベルは虚しさを感じた。
鼻の奥がツンとなってなんだか泣きたくなってきた。
「取り乱してごめんなさい。聖女様だって殿下に婚約破棄されて傷ついているのに。」
「お義母様が取り乱すのも無理もありませんわ。私も突然ギルフォード様から言い渡されてまだ心の整理がついていませんもの。」
食堂に気まづい空気が流れる。
「聖女様わたくし今日は食欲が無くてこれ以上食事が進みませんの、ですからお先に失礼いたします。」
「私も失礼いたします。」
マーガレットが席を立つとフラついているおマーガレットを支えるようにロイドも席を立ち2人は食堂から出て行った。
その場にマリーベル1人になると使用人達からの冷たい視線が集まった。
使用人達はマリーベルが大奥様を泣かせて許さんと言わんばかりにマリーベルを睨んでいた。
居た堪れない気持ちになったマリーベルは食事の途中だったがこの空気の中食べる気にもなれず、暗い気持ちのまま食堂を後にした。
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