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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
2話.悪い聖女は馬に蹴られろ。
しおりを挟む「聖女様大丈夫ですか?」
「なんで・・・。」
なんでこんな事に、とマリーベルはハーレン家へ向かう途中の馬車の中でずっとブツブツと呟いていた。
そして城からサラという19歳の男爵家の令嬢がマリーベルの専属侍女として付いて来た。
馬車の中ではサラとマリーベルが向かい合って座っているが、マリーベルの落ち込みようにサラはなんと言葉をかけていいか分からなかった。
マリーベルが落ち込んでいる事のあらましを知っていたサラは、この婚約破棄騒動は一介の侍女からしても第二王子のやり方は酷く身勝手で横暴だと思ったのと同時に幻滅した。
「(この国は将来大丈夫なのかしら?)」
サラは心の中で大きなため息をついた。
王妃は遠くの領地にお茶会へ出かけているため後3日は帰らない。
王妃の留守を狙って聖女マリーベルを城から追い出す事に成功したギルフォード第二王子。
真実の愛を見つけたという理由で幼い頃から一緒に過ごして来たマリーベルとあっさり婚約破棄した自分勝手なギルフォード。
そしてマリーベルはギルフォードの側近であるロイドと王命で無理矢理婚約させられ、ロイドは愛する婚約者の伯爵令嬢と別れさせられたのだ。
なんとも酷い話である。
サラはギルフォードの兄の第一王子に王位を継いで欲しいと思った。
そうでないと将来この国はギルフォードの手によりめちゃくちゃになりそうだと思った。
「どうにか、どうにかならないかしら?王妃様が帰ってくれば・・・無理ね。」
「王命、ですから・・・。」
王命は絶対であり、一度決めた王命は誰が何と言おうと取り消す事が許されず必ず実行させられる。
それが王命という物で王自身さえも一度王命をしたら取り消す事が出来ないという昔からの絶対的な決まりである。
もし王命を破ったら王族とてそれ相応の重い罰が下され過去には死刑になった者さえいる。
だから王命は軽い気持ちでした場合取り返しのつかない事態を招きかねないので、とても重く慎重に考えて王命を出さなければならない・・・はずだった。
なのに。
普段は王妃や臣下達に王命の内容について相談していた王が、今回に限り息子の悪巧みに乗っかり王妃や臣下達に内緒で暴君のような横暴な王命をしたのだ。
普段から王と息子ギルフォードを尻に敷いている王妃といえども、一度した王命による決定を取り消す事はできない。
マリーベルはロイドと婚約し1年後には必ず結婚しなければならなかった。
「ハーレン様、私の事憎んでるわよね。」
「聖女様・・・。」
真実は第二王子ギルフォードが全て悪いと分かっていてもロイドからすればマリーベルは加害者の1人で、ロイドは婚約破棄騒動に巻き込まれた可哀想な被害者だった。
マリーベルもギルフォードの被害者だが、全く関係ないロイドの方が被害者として強く可哀想だ。
ロイドがマリーベルを恨んでいる可能性は十分にある。
サラは自分がロイドの立場ならマリーベルを恨んでしまうかもしれないと思ってしまうと、マリーベルを励まそうにもなんて声をかければいいか分からなかった。
「何が『俺に負けないくらい幸せになればいい』なのよ。こんな方法で私が幸せになれる訳がないじゃない。ギルフォード様はバカなのかしら?」
ギルフォードはなぜ1番信頼している側近のロイドに愛する人と別れさせてまで自身の元婚約者と婚約させたのか?
なぜマリーベルとロイドの気持ちを考えなかったのか?
なぜ無理矢理結婚させられたロイドがマリーベルを幸せにできると思ったのだろうか?
人の気持ちが分からない脳天気で身勝手なギルフォードにマリーベルは苛立ちから唇を噛んだ。
「(ハーレン様が聖女様を好きになれば全て丸く収まるのだけれど。)」
サラはそう願うしかなかった。
マリーベルはハイロゼッタ国にいる5人の聖女の中で1番人気のある聖女だ。
全てが完璧なまでに整った顔のパーツ。
淡い紫がかったプラチナブロンドの髪は癖が無く腰まで真っ直ぐと伸びてサラサラの艶々。
青紫に輝くヴァイオレットの潤んだ瞳。
豊かな胸に細い腰、スラリと伸びた手足。
それら全てが天使や妖精を彷彿とさせ、その神秘的な美しさはマリーベルを絶世の美女たらしめていた。
神秘的な容姿だけでも相当の人気があるマリーベルは、第二王子の婚約者として常に王妃の側でお姫様の様な生活を送り特別扱いをされていた事から『姫聖女』と呼ばれ国中の若い女の子達の憧れの存在でもあった。
そして姫聖女は第二王子の婚約者として各地を王妃と巡り、聖女の力で病や怪我を治したり貧しい人々を救済するために様々なボランティア活動などを行っていたので身分や老若男女問わずとても人気があった。
サラはもしかしたらマリーベルの絶世の美しさと国民からの評判でロイドがマリーベルを好きなるかも知れないと期待をするが、ある事を思い出し期待が薄れていく感じがした。
「(ハーレン様のあの表情を知っていると、ね・・・。)」
今回の婚約破棄騒動についてサラはマリーベルよりも詳しく知っていた。
それは何故かというと、玉座の間で王がロイド・ハーレンに王命を言い渡す場面を直接見ていた使用人の1人だったからだ。
サラは王命を言い渡された直後のロイドの絶望した表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。
あの絶望に染まるロイドの表情からは、愛する婚約者と引き離された絶望の深さが伺えた。
それを思い出す度にサラは自分の身に起きたように胸が痛くなった。
ロイドが王命を言い渡されたのはたった5日前の事。
そして愛する婚約者と別れさせられて5日しか経ってないのに新しく婚約させられた別の女性と一緒に暮らすなんて急過ぎて気持ちの整理がつかないだろう。
サラはマリーベルの味方だがロイドに同情していた。
だがそれも仕方のない事だ。
王都から遠く離れた地方の修道院の平民の出で幼い頃から王宮に住んでいたマリーベルには実家という物が無い。
そして今まで第二王子の婚約者だったから王妃様により王宮に住む事が許されていたマリーベルを、第二王子が妹の様に目をかけているという理由からロイドは無理矢理婚約させられた女性を自身の屋敷に住まわすしかなかったのだ。
「(ハーレン様が1番可哀想だけど、聖女様も可哀想よね・・・。)」
サラは王宮でのギルフォードとマリーベルの言い争いのような会話を廊下で待機している時に聞いていた。(廊下で待機していた数人の侍女達全員がギルフォードの発言にドン引きだった。)
ギルフォードはマリーベルがロイドと結婚すれば幸せになると思ってこんな馬鹿げた方法を考えたらしいが、いくら絶世の美女であるマリーベルといえども、元婚約者の愛する人がロイドの心の中にいる限りマリーベルとロイドは幸せになる事はないだろうとサラは思った。
「(私が聖女様を支えなくては!)」
これからの事を考えるとサラは不安になったが、自分以上に不安であろうマリーベルをサラは支えようと思った。
「(私は聖女マリーベル様に家族を救ってくださった恩があります!だから私は殿下(第二王子)に頼んで聖女様に付いて来ました!私はどこまでも聖女様に付いて行きますよ!)」
サラはこれから嫌な事が起こる予感がしていた。
それはただの予感であって欲しいと願いながら決心を新たにした。
そうこうしているうちに馬車がハーレン家の屋敷に到着した。
屋敷の前ではたくさんの使用人達が出迎えてくれた。
馬車のドアが開きハーレン家の執事のと思われる中年男性が手を差し出したのでマリーベルはその手を取り優雅にエスコートされながら馬車から降りた。
「ようこそ聖女様。我々使用人一同、我が主人の新しい婚約者様をお待ちしておりました。」
丁寧にお辞儀をする執事の後ろで横一列に綺麗に並んだ男女の使用人達も一斉に頭を下げた。
「私は代々ハーレン家にお仕えしている執事のヴァントと申します。未来の奥様になられる聖女マリーベル様にも精一杯お仕えしたいと思いますので末永くよろしくお願い致します。」
優しい口調で歓迎し微笑んでいるように見える執事のヴァントだったが、一瞬目を細め冷たくマリーベルを見据えた。
表面上は丁寧に優しく取り繕っていても執事からはマリーベルに対する怒りや嫌悪感が滲み出ていた。
それは執事の後ろで頭を下げている使用人達からもマリーベルやサラにも伝わっていた。
「(そうよね、歓迎される訳ないわよね。むしろ最初から分かりやすくて良かったわ。愛する主人とその恋人の仲を引き裂いた憎き悪女の私を心から歓迎する方があり得ないし気持ち悪いし。)」
そして憎き相手である自分に対して我慢しながらも表面上は丁寧に優しく接している執事にマリーベルはプロ意識を感じ関心した。
「よろしくお願いしますわ。ヴァント様。」
マリーベルは王妃に習った笑顔でにっこりと綺麗に微笑んだ。
すると執事は一瞬鋭くマリーベルを睨んだが次の瞬間には柔和な笑みを浮かべ微笑み返した。
「ハハハ、未来の奥様になるお方が私を様付けで呼んではなりません。気軽にヴァントとお呼びください。」
「わかりましたわ。ヴァント。」
キッと執事は一瞬睨んだがまた柔和な笑顔に戻った。
「(私に呼び捨てにされるのが嫌なら自分から言わなきゃいいのに。)」
言葉とは裏腹に態度に出やすい執事にマリーベルは心の中でため息をついた。
「ではこちらへ。」
マリーベルとサラは執事に連れられ屋敷の中へと入っていった。
屋敷の中へ入ると出迎えてくれた使用人達の中にいた年配の侍女と20代半ばくらいのメイドの2人がマリーベルの前へで出た。
「わたくしが侍女頭のラナとこちらがメイド長のカルラです。わからない事がありましたらお気軽に私共をお呼びください。」
「なんなりとお申し付けくださいませ聖女様。」
無表情で頭を下げる侍女頭とメイド長。
「そして私共の名前は覚えなくて結構です。使用人達は数が多いので他の使用人達の名前も覚えなくて結構です。どうか私共の事は『侍女頭』『メイド長』とお呼びください。」
分かりやすく壁を作る侍女頭の発言にマリーベルの笑顔が引き攣りそうになった。
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