書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。

鈴木べにこ

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一章、終わりのはじまり編

1-2.

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 ローズは言った通り次の日もお見舞いと称して私に物語りを聞かせてくれた。
 そして、昼頃に物語を聞かせ始めたのに今回もあっという間に夜になっていた。
 ローズが書庫に帰ろうとした時、私は明日もまた物語を聞かせて欲しいと言葉を出しかけたが・・・。
 自分はローズに散々酷いことをしておいて、そのような権利は無いと思い言葉に出すのは躊躇した。

 だがローズは私の気持ちを察したのか

「明日もお見舞いに来てよろしいですか?」

 と、言った。

 まさかの彼女からの言葉に私は目を見開き固まった。


「・・・・・・・・。」

「陛下?」

「す、すまん、なんでもない・・・ああ、明日も来てくれ。」


 驚いて固まっていたが意識を戻してローズに返事を返した。
 するとローズはにっこりと可愛らしく笑った。


「はい、明日も来ます。」


 まさか、嬉しいという感情を再び味わえるなんて思わなかった。
 この寂しく孤独に病床に伏している私に嬉しいと感じる出来事が起こるなんて・・・。

 ローズは次の日も、その次の日も、またその次の日も来て、私の許可を得ずとも毎日見舞いと称し物語を聞かせてくれた。

    ローズが私の元へ通うようになって10日程経った頃だった。


「君は普段書庫でどのように過ごしているんだ?」


 ふと気になった質問だったが、その質問をした瞬間に失敗したと後悔した。

 書庫に無理矢理追いやった本人が脳天気にそんなこと聞くなんて腹立たしい事だと自分でも思ってしまった。

 原因からの酷いとも思える質問をした私は、彼女が怒ってもう来なくなるのではないかと不安になったが、そんな私にローズはにっこりと笑って質問に答えてくれた。


「書庫にある本を読んだり、メイドのアンと本についての感想を言い合ったりしてます。言い合うといっても、アンは口が聞けないのでアンからの会話は筆談になりますが。」


 その答えを聞いた時、何故か私はホッとしてしまった。

 その時は何故そのように思ったのか分からなかったがホッとしたと同時にチクリと胸に何かが刺さった気がした。


「(今の胸の痛みは寿命の終わりが近いことを指しているのだろうか?)」


  そしてその日から私はローズと雑談もするようになり、徐々に会話を増やし色んな事を話すようになった。

 婚約者の時に何度も会っていたのにも関わらず私はまともにローズと会話をしたことがなかったのだが、ローズとの会話はとても楽しくずっと話ていたいと思える程だった。
 
 私はローズのことを何も知らなかった。
 知ろうともしなかった。
 好きな食べ物、好きな音楽、好きな動物、好きな物語、大好きなメイドのアンの事、苦手な物や事・・・そんなローズの事を今更たくさん知った。

 だけど楽しそうに話す彼女に胸が痛くなった。

 そしてローズが行きたい場所・・・つまり私のせいで行けなかった場所の話題になるとさらに胸が痛く感じた。

 ローズは北の辺境にある街に行きたいといっていた。

 その街は真っ赤で大きな鮮やかな薔薇が名産物として有名で、自分の名前と同じ花が一面に咲いてるのを見たいと言った後に「歳だから北の辺境に行くのは無理ですよね。」と困ったように笑った。

 私は困ったように笑うローズに何も言えなかった。

 何を言えばいいか分からず口をパクパクしている私にローズは「陛下はどこに旅行に行ったことがありますの?」と聞いて来たので、自分が今まで行った場所について細かく語るとローズは嬉しそうに耳を傾けてくれた。
 私はさらに嬉しくなりさらに色んな場所についてその日は語った。

 ローズは毎日通い、丁度1ヶ月が経った頃。
 私はローズに完全に心を許し、愚痴や不満までも彼女に話していた。

 すっかりローズに心を許していた私は、王を継いだのに誰も王として私を見ないこと。
 かつて愛していた側妃のあの女が私の地位だけが目当てで側近達とも関係を持っていたこと。
 名ばかりの王とされ信頼していた者たちに利用され笑われていたこと。
 王太子と血が繋がっていないことなど・・・自らの恥となることすらもローズに打ち明けていた。

 そして私の目から大量の涙が溢れ出た。


「陛下、大丈夫ですか?」


 ローズは古いハンカチで私の溢れ出る涙を優しく拭ってくれる。

 そのローズの優しい行動にいつものように胸が痛くなった。

 そして私は気付いてしまった。

 私の胸の痛みは、ローズを大切にすれば良かったと後悔から来る痛みだということを・・・。


「すまない、すまない、すまなかった・・・すまなかった、すまなかった。」

「陛下?」


 婚約者としてローズと出会った10歳の頃から私はローズに冷たく、わざとローズの心を傷付ける言動ばかり取っていた。

 ローズが私に何かをした訳ではないのに、既に決められた婚約者という存在が気に入らなかっただけでローズに酷いことをして来たのだ。

 そんな酷いことをする婚約者の私をローズは慕って常に好意を示してくれたのに・・・。

 最終的に家同士の繋がりで婚約破棄できなかった事実に腹を立てた私はローズを書庫に60年も閉じ込めて、彼女の輝かしい人生を奪った。

 私はつくづく最低な男だ。

 そんな私に今こうして癒しを与えてくれるのが、私に常に人生を奪われ続けたローズだというのに・・・。
 
 何故、何故私はつまらない意地でローズを傷つけ辛く当たっていたのか・・・過去の自分を殺したくなる程の罪悪感と嫌悪感で吐き気がした。

 もっと大切にすれば、もっと優しくすれば、もっと愛すれば、ローズと私を中心に子ども達や孫に囲まれて幸せな人生を今頃送れただろう。

 そもそも私の婚約者じゃなければローズは今頃・・・。


「ローズ、私はそなたに酷いことばかりをしてきた。すまなかった、すまなかった、許しておくれ・・・。」

「陛下。」


 ローズは私の手を優しく握って微笑んだ。


「陛下のお決めになったことに間違いはありません、だから謝らないでください。何故なら陛下はこの国で1番尊きお方、この国の王なのですから。」


 こんな私を、ローズは王と呼んでくれた。

 この国の誰もが私を愚王とあざけ笑い、馬鹿にしているような男を王と呼びローズは敬意を示してくれる。

 私が誰よりも傷付けたローズだけが唯一。
 
 唯一、ローズだけが。


「すまないすまないローズ!」


 再び私の目から涙が溢れた。


「泣かないでくださいませ陛下。」


 この日は私はずっと泣き続けローズが私をあやかすように声をかけ続けていた。
 ローズは私が泣き疲れて寝てしまった頃に部屋に戻ったようだった。
 
 次の日になると私はいつも通りに病気でベッドから動くことが出来ない身体でローズを待っていた。
 昨日ローズの前で子どものように泣いてしまった事からローズに会うのが恥ずかしく感じていた。
 でも気持ちは早くローズに会いたくてしかたなかった。

 だがその日、私の部屋にローズが訪れることはなかった。


 ローズは私が泣いた次の日から来なくなった。

 ローズは私がみっともなく泣いて、今更赦しをこう私の姿に怒りを覚えたのかもしれない。
 ローズに嫌われてしまったかもしれないという不安で気持ちは落ち着かなかった。
 
 私がたくさん傷付けて人生を奪われてしまっても、私に優しく物語を説き話しかけてくれる聖母のような人。
 こんな愚王と呼ばれ皆から見捨てられた名ばかりの王に、唯一の敬意を持って国の王として接してくれた素晴らしく誰よりも愛しい人。
 ローズの聖母のような素晴らしい人柄を知ってしまった今、彼女に見捨てられる事が私には何よりも辛いことに思えた。

 虫のいい話だが、私はローズを愛してしまった。

 この歳になって本当の真実の愛に目覚めたのだ。

 かつてあの女に熱をあげローズを卒業パーティーで断罪し婚約破棄を突きつけたあの日も、私は愚かにも真実の愛を語っていたがあの時とは違うとわかる。
 
 孤独な私を癒し敬意を払ってくれるローズを誰よりも大切にして愛したいと思うこの想いこそが、真実の愛なのだと。

 だからローズが私の部屋に訪れなくなると、不安から1日がとても長く感じた。
 ローズと再会する前の孤独に過ごしていた時よりもそれは長く感じた。


「もしかして私の風邪が移ったのか?」


 ローズが訪れなくなって10日が経った時、その様な考えが浮かんだ。

 ローズは私と同じ77歳の高齢だ。突然体調を崩して風邪が長引いても不思議ではない。


「今度は、私が君を見舞いに行こう。」


   まだ風邪が完治していなかったが、ローズのおかげで気力が戻り少し元気になった。

 私は久しぶりにベッドから身体を起こして歩き出した。


 
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