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一章、終わりのはじまり編

1-3.

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「ローズに会いたい・・・。」


 風邪の完治していない老人の身体はとても重く、壁にもたれかかりながら少しづつ廊下を進んだ。

 わずかしかいない城の従者達は視界に入った私を汚物を見るような目で見ると、関わりたくないという風に無視をして私の横を素通りしていく。

 従者に疎まれている私が何処に行こうと何とも思われない。
 むしろ私の存在など消えて欲しいと思っているだろう。


「ローズ、風邪が治ったら2人で何処かに行こう。君が行きたいと言っていた北の辺境の街でもいい、一緒にこの城を出よう・・・。」


 お飾りで名ばかりで役立たずの老人の王が居なくなった所で誰も気にしない。

 なら、ローズと2人この城を出て残りの人生を旅をしながら穏やかに過ごしたい。
 ローズと本当の夫婦になりたい。


「ここ、が?なんだこの扉は・・・。」


 城の一番端にある書庫の扉は城内にある部屋の一つにしてはボロボロでとても古く傷んでいた。
 傷んでいる上に、何度も蹴られた靴の跡と刃物か何かでたくさんの傷を付けられた扉は、入るのに躊躇する程の酷い見た目だった。

 王太子の時代に2、3回しか城の端まで来たことは無かったが、以前通りかかった時にはこんなボロボロな扉では無かった様な気がした。

 この扉の様子から書庫の幽霊王妃などと呼ばれていたローズの扱いが私が思っていたよりも酷かったのではないかと思った。


「ローズ?」


 書庫の扉には鍵がかかっておらず、ギィギィと不快な音を立てながら扉は開いた。

 初めて入った書庫は扉を開けると直ぐに目の前が本棚の壁だった。
 縦にも横にも大量の古い本がギッシリと本棚に敷き詰められており、目の前にある本棚の後ろにも同じく大量の本がある本棚がいくつも列を成していた。
 部屋の奥行きに沿って長く本棚は伸びており、暗く先が見えなかった。

 書庫は想像以上に広く私は圧倒された。

 そして、本棚と本棚の間はとても狭く、人間1人分が通れるスペースしか無かった。
 本だらけの狭い通路の空間は人間の部屋として使うには圧迫感があり、あまり慣れてない人間には長時間いられないと感じた。
 まるで本の迷宮に迷いこんだようだと、初めて入った書庫に私は目眩がしそうだった。

 ローズからあらかじめ書庫はとても広いとは聞いていたがここまでとは・・・城の図書館も広いが図書館は明るく快適な空間となっていた。

 だが、ここは違う。

 酷く息苦しい空間だった。

 本の迷宮のような書庫は全体的に薄暗く、古くなった本の臭いとカビの臭いが混ざって不快な臭いについ顔をしかめてしまう。


「この書庫の何処でローズは生活をしているのだ?まさか本棚と本棚の狭い通路の間で日々寝たり起きたりをして過ごしているのか?地下牢よりはマシなだけで人として住むような場所ではないではないか!」

 人が、ましては愛するローズがこんな酷い場所に長年監禁されていたことに私は怒った。

だが、こんな場所に愛するローズを閉じ込め続けたのは愚かな私自身だ。


「何も考えず自分の欲だけのためにローズをこの部屋に監禁した私には怒る資格は無いのに・・・。」


 ローズを不幸にした本人がまるで他人事のようにローズを哀れみその境遇に怒りを感じるなど・・・私は最低な人間だ。

 自分の愚かさに吐き気を感じながら私はローズに会いたい気持ちから書庫の奥へ奥へと進んで行った。

 進んで行くとやっと動きやすい小さな空間に出た。

 その空間には窓があり窓際には簡素なベッド、部屋の中心には小さなテーブル1つに小さな椅子が2つあった。
 そして窓際にあるベッドを見下ろすように立っている背の高い後ろ姿のメイドの女が立っていた。
 
 その後ろ姿でローズから聞いていた特徴からメイドのアンだとわかった。
 女性にしては背が高く、歳をとっているのに不思議なくらいに黒々としている長い黒髪を一つに結いでいる、ローズと同い歳くらいのメイド、というローズが言っていたままの特徴の女がそこにはいた。
 

「ローズはいったい何処にいる?最近ローズが私の部屋を訪れないので心配で来たのだ。風邪など引いていないだろうか?」

 女にしては背の高い老女のメイドは私の声でゆっくり振り向いた。
 その目は私を見ているようで見ていない空虚を見つめたように暗くどんよりとしていた。


「天使になりました。」

「は?」


 何を言っている?

 口が聞けないと言われていたメイドが話せた事を気にするよりも、メイドが言った言葉が理解出来なかった、というよりも理解したくなかった。


「私の愛しいローズ様は天使になり天国へ旅立たれました。ローズ様はやっとこの汚れた世界から解き放されやっと自由になれたのです。今頃ローズ様は天国でのびのびと「何を言っている!?何を言っているんだッ!!」

「・・・お亡くなりになられました。アンタのせいで。」


 亡くなった?

 ローズが?

 ローズが?

 亡くなった?

 嘘だ。


「嘘だ!嘘だ!嘘だ!ローズが死ぬなんて嘘だぁ!」

「あの日、アンタの部屋から帰ってきて直ぐに亡くなられた。ねぇ・・・なんでなんだ?なんでローズ様を早く解放しなかったんだ?あの人はこんな所で一生を終えていい人じゃない。何故あんな素晴らしい人をこんなとこに長年閉じ込めて飼い殺しにした?」


 メイドの言葉一つ一つが私に突き刺さる。


「違う、違う、止めてくれ・・・。」


 これ以上何も聞きたくない
 

「お前の願った通り、ローズ様は書庫で死んでしまった。アンタはさぞ満足だろうね。」


 私はそんなこと願ってなんか


「あの方を苦しめてきたアンタなんか苦しんで孤独に死ねばいいんだ。」


 私はローズを幸せにしたいと
 

『あんな女など地下牢にでも入れておけ。そうすれば早く死ぬだろう。忌々しい女の存在など早く消えて無くなればいいのだ。』
『地下牢に反対の者が多い?ふむ・・・なら書庫にでも押し込んでおけ。奴を王族として扱うなど気に食わぬ。塔は王族のための牢なのだ。まともな部屋など与えてなるものか。』
『ほう、奴は城の皆から書庫の幽霊王妃などと呼ばれているのか!傑作だな!』


 私のせいだ

 全部

 ローズの不幸を願ったから


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛なんで!!なんで私はぁッ!!ローズゥウウウウ!!」


 私は書庫から出て走って霊廟に向かった。
 途中で倒れて足を挫いたが痛みをきにすることなく走って向かった。
 

「私は、ただ!ただ!」


 霊廟の中心に新しく石で出来た棺があった

 棺にはローズ・ボアルネ王妃と文字が彫ってあった。

 
 






































「そんな事もあったな。」

「殿下今なんとおっしゃいましたか?」


 今俺は馬車に揺られとある場所へ向かっていた。


「いや、何でもない。」


 俺の正面には信頼している護衛の騎士のカイルが座って俺を見つめている。

 信頼はしているが若い癖に遊びを知らない堅物で真面目過ぎるカイルとの馬車の空間に少し息が詰まる思いでいた。

 王子と言えどもたかだか10歳の子どもしか目の前にいないのだ、もう少し気を抜いて馬車に揺られればいいのにと目の前の若い騎士に精神年齢がジジイの俺は思ってしまう。

 今の俺は精神年齢は78歳の年寄りだが、見た目は10歳のただの子どもだ。

 俺はあの後、人生をやり直しローズと幸せになるべくメイドのアンと協力し、とある方法で人生をやり直した。
 
 そして今日は待ちに待ったローズと初対面の日。

 今日という日をどんなに待ったことか。


「殿下が時間をかけて選んだプレゼントをきっとボアルネ嬢は気にいるでしょう!」

「だと良いがな・・・。」


 ローズとの初対面の日は、ローズの誕生日会と俺との婚約発表会の同時に開かれるとてもめでたい日なのだ。

 1回目の人生の時、初対面の時から俺はローズに酷い言葉を投げつけローズの心を傷付けた。

 その後のパーティーは俺の言葉に傷付き泣くのを堪えるローズに更に追い討ちをかけるように悲しませる行為をした。
 ローズが気に入らなかった俺はローズの妹を使ってローズの婚約者としてのプライドを傷付ける事で憂さ晴らしをしたかったのだ。   
 婚約者のローズを雑に扱い妹を使ってコケにするなど許されないことをした。

 ローズの大切な誕生日に俺はなんて事をしたんだとあの時の事を思い出しては自分を何度も殺したくなる。
 自分への嫌悪感と後悔で何度も死にたくなったが、2回目の人生はローズを誰よりも大切にし幸せにすると決めたのだ。

 せっかくやり直せた人生なのだ、ローズとの関係をやり直したい。

 だから今日という日はローズが幸せだと思う最高の記念日にしようと、人生をやり直した時からずっと考えていた。


「ボアルネ邸に着いたようです。」


 馬車を降りてボアルネ邸へと入ると、美しい広間に一際輝く髪と同じ真っ赤なフリルのドレスを着た小さな薔薇を連想させる可憐な少女の後ろ姿が目に入った。


「ローズ・・・。」


 後ろ姿だけで分かる。

 鮮やかな髪の色だけでローズだと分かるが、着ていたドレスが1回目の出会いの時と同じだったので確実に彼女だと解った。


「やっと会えた。」


 走り寄って抱きしめたい気持ちを抑えて俺は小さい箱のプレゼントを持ってローズに向かって歩いていった。


 ここから始まるんだ。

 ここから全てやり直すんだ。

 愛するローズと共に。







next→2.地獄に1番近い場所
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