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ゼドの狂気に触れた
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「派手にやりましたね。リディア様、跡になってもおかしくありませんよ。これ」
リディアは少し休んでからアランを呼びに行った。
地下に来たアランは驚いたもののすぐに状況を察して、ゼドを上まで運んでくれた。
今はゼドを寝室のベッドを眠らせて、リディアは傍の椅子に座って首の傷の手当を受けていた。
「アランは知っていたんだね。こいつの性癖」
「身も蓋もないですね……はい。小さい頃からゼド様のことは知っていますから。ただ、知っていただけで、実際に誰かを襲ったり、このようになっているところは見たことはありませんでした。地下室にも入ったことはないですしね。この意味がわかりますか?」
「いや、さっぱり」
「……ゼド様は幼い頃からずっと貴方一筋なんですよ」
「へぇ。殺したいほどに、ねぇ」
リディアはアランを皮肉な顔で睨んだ。
ゼドがリディアを見るその瞳は、確かにいつもまっすぐだ。たとえサーベルを向けているときでさえも、リディアを慕う、甘く焦がれるような切ない感情が見え隠れしていた。
思い出してリディアは目を伏せた。
ああ、ゼドの恋情が、本当に世に祝福されるような穏やかなものだったら良かったのに。なんて愚かな狂気的な恋になってしまったのだろうか。
リディアは首元の傷を触りながら、眠るゼドを哀れに見つめた。
「それでは、私はこれで。また何かあればお呼びください」
「わかったよ。ありがとう」
アランが部屋を出て行って、ぼんやりゼドの顔を見つめているとしばらくしてから彼が目を覚ました。
「どうも。調子はどう?」
「どうもこうも。まだ痺れててよくわからないっていうか…あれ? なんで俺、簀巻きにされてるのかな…」
ゼドは身体をロープでぐるぐるに巻かれて横たわっていた。
「は? まさか自分がしたこと忘れたの? 私が巻いたの。当たり前だろ、変態殺人男」
「はは。素敵な時間だったよ」
満足そうに笑うゼドが腹立たしい。リディアは一発殴ってやろうかと思った。
「あんた、手加減したでしょう。本気だせば、私のことなんか簡単に殺せた。どうして?」
結果的にリディアはゼドに殺されずに済んだが、彼が本気を出せば、動ける間にリディアを殺せたはずだ。そうじゃくても、彼はリディアに死んでほしがっていた。ならば、あの時リディアが自決しようとしたときに止めたのはなぜ?
その真意を探るように、リディアはゼドを覗き込んだ。
彼はいつの間にロープから出したのか、包帯の巻かれたリディアの首筋を愛おしそうに撫でた。
「ねぇ、首に跡、残ってくれるかな」
「質問に答えろ」
「別に簡単なことだよ。俺はあの時君を殺すつもりなんて本当はなかった」
「はぁ?」
「それなのに、君が本気で首を切ろうとしてたから、本当に焦ったよ。君は首の皮だけで済まそうと思ってたみたいだけど一歩間違えたら、死んでしまってた」
ゼドの言う通り、リディアは首の皮一枚だけならいいや、仕方ないくらいの思いだったが、実際に切ってみると思ったより傷になっていた。
それでも訳分からずゼドに殺されるよりはマシだが。
「意味分かんない。あんた私を殺したかったんじゃないの? 私の死ぬところが見たいんじゃないの?」
「殺したいよ。でもその辺の快楽殺人鬼と同じにしてもらっちゃ、困る。俺は君が好きだ。愛してる。リディア。俺は君に望まれて殺したいんだ。一方的な殺しじゃなくて。君が俺に殺されたいと思ってくれないと、駄目だ」
ゼドはリディアの頬を両手で包むと、わずかに頬を染めて、彼女をまっすぐ見つめた。
「リディア。俺を望んでくれ。心の底から、俺を好きになってほしい。君からの『愛してる』が欲しい」
「……ッ!」
ゾッとした。
ゼドの独善的すぎる酷い愛の言葉にも。
その言葉に心臓を掴まれた気がした自分にも。
リディアは、ゼドの手を払いのけて、後ずさった。
「何で私を好きになったのよ。他にも殺せる女の子なんてあんたの周りにたくさんいるだろ」
「言っただろ。初めて会ったときの、君の生きる姿の輝きが俺の心臓を捉えて離さないんだ。生と死は表裏一体だ。君の生きる姿が輝くたびに、同時に君は死に近づく。生死のどちらの雰囲気も併せ持つ君の、曖昧で、混沌とした魅力が俺を離さないんだよ。あんなにも輝く「生」の君が、ついぞ「死」の君になる瞬間だけを夢見てきた」
リディアは育ちのせいか、死ぬことだって一つの手段としか見ていない。
嫌なことがあれば最悪死ねばいいと思うし、誰よりも溌剌としているのに生への執着がない。
ゼドに襲われ、首を切った時でさえ、「死んだら死んだでまぁいいか」くらいにしか考えていない。
光り輝く生命力を持ちながら、一方で鬱々とした暗い死を漂わせているリディアの振る舞いは、まるでマーブル模様の流線が描く美しい波紋のようで、惹かれずにはいられない。
危険とわかっていながら薬物に手を出すように、誘惑にのるように、死に興味を持ち始めたゼドを呆気なく狂わせた。
「想像するだけでも愛おしい、君の死に姿。想像でこれ、なんだ。本当に君が死ぬときは、どんな表情をして、何を俺に語り、どんな姿で死んでゆくのかな」
今まで、そんなこと考えながらこの一ヶ月リディアと接してきたのか。
正気じゃない。倫理観がぶっ壊れている。
(そのぶっ壊れた彼の倫理観をさらにぐちゃぐちゃにしたのは、私か)
恐ろしい事実に気づいてリディアの背筋に冷や汗が伝った。
ゼドは立ち尽くすリディアの袖を引っ張ると、熱っぽく上目で見ながら、リディアの指先に唇を這わせて、強く噛んだ。
「いっ……た…」
血が滲む。ゼドの舌が赤く染まった。
「お願いだ、リディア。君のすべてが欲しい。『愛してる』って言って」
彼につけられた傷から、甘く痺れる毒が広がって、身体の中からすべて腐っていく気がした。
「……よく今まで人を殺さないでいられたものね」
「当たり前だ、ずっと君だけだもの。リディアだけが欲しい。一生に一度の恋だよ」
何かおかしなことでも?
とゼドが首を傾げたところで、リディアの精神の限界がきた。
頭が痛い。瞼が重い。
椅子にどかりと腰をおろして天井を仰ぐ。
「リディア?」
「……少し、考えさせて」
疲労と混乱で使い物にならなくなった身体が、強制的に眠っていくのを感じながら、リディアは目を閉じた。
リディアは少し休んでからアランを呼びに行った。
地下に来たアランは驚いたもののすぐに状況を察して、ゼドを上まで運んでくれた。
今はゼドを寝室のベッドを眠らせて、リディアは傍の椅子に座って首の傷の手当を受けていた。
「アランは知っていたんだね。こいつの性癖」
「身も蓋もないですね……はい。小さい頃からゼド様のことは知っていますから。ただ、知っていただけで、実際に誰かを襲ったり、このようになっているところは見たことはありませんでした。地下室にも入ったことはないですしね。この意味がわかりますか?」
「いや、さっぱり」
「……ゼド様は幼い頃からずっと貴方一筋なんですよ」
「へぇ。殺したいほどに、ねぇ」
リディアはアランを皮肉な顔で睨んだ。
ゼドがリディアを見るその瞳は、確かにいつもまっすぐだ。たとえサーベルを向けているときでさえも、リディアを慕う、甘く焦がれるような切ない感情が見え隠れしていた。
思い出してリディアは目を伏せた。
ああ、ゼドの恋情が、本当に世に祝福されるような穏やかなものだったら良かったのに。なんて愚かな狂気的な恋になってしまったのだろうか。
リディアは首元の傷を触りながら、眠るゼドを哀れに見つめた。
「それでは、私はこれで。また何かあればお呼びください」
「わかったよ。ありがとう」
アランが部屋を出て行って、ぼんやりゼドの顔を見つめているとしばらくしてから彼が目を覚ました。
「どうも。調子はどう?」
「どうもこうも。まだ痺れててよくわからないっていうか…あれ? なんで俺、簀巻きにされてるのかな…」
ゼドは身体をロープでぐるぐるに巻かれて横たわっていた。
「は? まさか自分がしたこと忘れたの? 私が巻いたの。当たり前だろ、変態殺人男」
「はは。素敵な時間だったよ」
満足そうに笑うゼドが腹立たしい。リディアは一発殴ってやろうかと思った。
「あんた、手加減したでしょう。本気だせば、私のことなんか簡単に殺せた。どうして?」
結果的にリディアはゼドに殺されずに済んだが、彼が本気を出せば、動ける間にリディアを殺せたはずだ。そうじゃくても、彼はリディアに死んでほしがっていた。ならば、あの時リディアが自決しようとしたときに止めたのはなぜ?
その真意を探るように、リディアはゼドを覗き込んだ。
彼はいつの間にロープから出したのか、包帯の巻かれたリディアの首筋を愛おしそうに撫でた。
「ねぇ、首に跡、残ってくれるかな」
「質問に答えろ」
「別に簡単なことだよ。俺はあの時君を殺すつもりなんて本当はなかった」
「はぁ?」
「それなのに、君が本気で首を切ろうとしてたから、本当に焦ったよ。君は首の皮だけで済まそうと思ってたみたいだけど一歩間違えたら、死んでしまってた」
ゼドの言う通り、リディアは首の皮一枚だけならいいや、仕方ないくらいの思いだったが、実際に切ってみると思ったより傷になっていた。
それでも訳分からずゼドに殺されるよりはマシだが。
「意味分かんない。あんた私を殺したかったんじゃないの? 私の死ぬところが見たいんじゃないの?」
「殺したいよ。でもその辺の快楽殺人鬼と同じにしてもらっちゃ、困る。俺は君が好きだ。愛してる。リディア。俺は君に望まれて殺したいんだ。一方的な殺しじゃなくて。君が俺に殺されたいと思ってくれないと、駄目だ」
ゼドはリディアの頬を両手で包むと、わずかに頬を染めて、彼女をまっすぐ見つめた。
「リディア。俺を望んでくれ。心の底から、俺を好きになってほしい。君からの『愛してる』が欲しい」
「……ッ!」
ゾッとした。
ゼドの独善的すぎる酷い愛の言葉にも。
その言葉に心臓を掴まれた気がした自分にも。
リディアは、ゼドの手を払いのけて、後ずさった。
「何で私を好きになったのよ。他にも殺せる女の子なんてあんたの周りにたくさんいるだろ」
「言っただろ。初めて会ったときの、君の生きる姿の輝きが俺の心臓を捉えて離さないんだ。生と死は表裏一体だ。君の生きる姿が輝くたびに、同時に君は死に近づく。生死のどちらの雰囲気も併せ持つ君の、曖昧で、混沌とした魅力が俺を離さないんだよ。あんなにも輝く「生」の君が、ついぞ「死」の君になる瞬間だけを夢見てきた」
リディアは育ちのせいか、死ぬことだって一つの手段としか見ていない。
嫌なことがあれば最悪死ねばいいと思うし、誰よりも溌剌としているのに生への執着がない。
ゼドに襲われ、首を切った時でさえ、「死んだら死んだでまぁいいか」くらいにしか考えていない。
光り輝く生命力を持ちながら、一方で鬱々とした暗い死を漂わせているリディアの振る舞いは、まるでマーブル模様の流線が描く美しい波紋のようで、惹かれずにはいられない。
危険とわかっていながら薬物に手を出すように、誘惑にのるように、死に興味を持ち始めたゼドを呆気なく狂わせた。
「想像するだけでも愛おしい、君の死に姿。想像でこれ、なんだ。本当に君が死ぬときは、どんな表情をして、何を俺に語り、どんな姿で死んでゆくのかな」
今まで、そんなこと考えながらこの一ヶ月リディアと接してきたのか。
正気じゃない。倫理観がぶっ壊れている。
(そのぶっ壊れた彼の倫理観をさらにぐちゃぐちゃにしたのは、私か)
恐ろしい事実に気づいてリディアの背筋に冷や汗が伝った。
ゼドは立ち尽くすリディアの袖を引っ張ると、熱っぽく上目で見ながら、リディアの指先に唇を這わせて、強く噛んだ。
「いっ……た…」
血が滲む。ゼドの舌が赤く染まった。
「お願いだ、リディア。君のすべてが欲しい。『愛してる』って言って」
彼につけられた傷から、甘く痺れる毒が広がって、身体の中からすべて腐っていく気がした。
「……よく今まで人を殺さないでいられたものね」
「当たり前だ、ずっと君だけだもの。リディアだけが欲しい。一生に一度の恋だよ」
何かおかしなことでも?
とゼドが首を傾げたところで、リディアの精神の限界がきた。
頭が痛い。瞼が重い。
椅子にどかりと腰をおろして天井を仰ぐ。
「リディア?」
「……少し、考えさせて」
疲労と混乱で使い物にならなくなった身体が、強制的に眠っていくのを感じながら、リディアは目を閉じた。
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