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ゼドの秘密に触れる 2

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 ゼドはサーベルを抜くとその切っ先をリディアに向けた。
 とっさに後ろ手に地下室の扉を開けようと試みるけれど、内側から鍵がかけられているせいか扉はびくともしない。
 逃げ場がない。

「その扉はさっき俺が鍵をかけた。やっと。この日を待ち続けたんだ。みすみす君を逃がすなんて真似するかよ」
 ゼドは地面を蹴ると、サーベルを勢いよく振り下ろした。
 リディアは咄嗟に太ももに隠しておいた小型ナイフでサーベルを受けとめる。金属同士が擦れ合う不快な音が響いた。

「くっ…う…クソ!」
「どうしたの? そのナイフ」
「っそりゃあ砦の貴族の娘だからね。いつも持ち歩いてんの!」

 サーベルの一振り一振りの威力が重い。ナイフじゃその内力負けしてしまう。
 今は狂った男でもゼドは表向き完璧超人を貫いてきたのだ。当然剣術も抜きんでている。リディアだってブルームバーグの生まれで、幼いころから剣術は得意な方だけど、いかんせん手持ちがナイフしかない。そのうえ、王城で騎士たちと常に訓練してきた彼と長時間拮抗できるような代物でもない。

 横目で部屋を見渡しても、ゼドをすぐに無力化できるような武器はない。
 どうする!?
 考える間にもゼドは絶え間なく、サーベルを打ち込んでくる。

「愛してるよ。愛してる。君の死を俺は生涯愛そう」
「……っ! この、暴走変態男! 了承してないッ!」
「ぐっ…」

 リディアはゼドの剣をよけながら腹を思い切り蹴って距離を取る。といっても狭い部屋なのでサーベルの間合いから逃れる程度で、彼は勢いで壁に激突する。

「ふぅー。アランを教育係にして本当に良かった。体幹鍛えられたもの」
 リディアは剣術よりも体術の方が得意だ。だがこの部屋では動きづらくてかなわない。
 このままではゼドになぶり殺されて終いだ。

 何か、立場が逆転するような手はないか。

「……」
 リディアは少し考えて、構えていたナイフを自分の首に持っていくと、ぴたりと脈に当てた。
 ゼドはわずかに焦りを見せた。

「どういうつもり。そんなことして」
「どうって…あんたに殺されるくらいなら、自分で首切って死んでやろうかと思って。これならあんたの私を殺したいって願いを裏切ることもできる。どーよ?」
 少し強く押し当ててやれば、日頃から手入れしているナイフが簡単に皮を切る。リディアの首から一筋の血が流れた。

「それは駄目だ! リディア!」
 ゼドの集中が乱された。
 今だ!
 リディアは素早くゼドの懐に飛び込んでふとももにナイフを突き立てた。

「くっ……」
 ゼドが痛みに強い超人じゃなくて良かった。すぐにリディアにサーベルを振り下ろしたが痛みのせいで動きが鈍る。リディアは難なくそれを逃れて、またゼドとの距離を取った。
 本当はもう一方の足もいっときたかったけれど、さすがに反応が早い。国王なだけある。

 ゼドは再びリディアに突っ込んで来ようとしたが、踏み出したとたん、片膝をついてその場に崩れ落ちた。
「…は…?」
 そのまま床に倒れこんだ彼は理解不能な顔でリディアを見つめた。
「リディア?」
「勝負ありってとこね。動けないでしょ」
「ど、うして」
「ローランタンの毒だよ。ナイフの刃先にたっぷり塗ってあるから。効くでしょ? 森の狼だって失神レベルのものだもん」

 ローランタンはリディアがいつも持ち歩いている毒物だ。駄菓子に似た子どもっぽい甘い香りと、頬紅のような小さく丸い花を咲かせる花『ローランタン』の根っこから取れる毒で、強力で瞬間的、それに加えて収穫しやすい。ブルームバーグ領では昔からローランタンの根は食べないようにと家庭で言い聞かせられているくらいだ。
 ただ「早い、強い、安い」の三拍子揃ったローランタンは利便性が高いがあまり有名ではない。効力が三時間ほどで消えてしまう上に、その毒に殺傷性がないから。神経を麻痺させて失神させることができるが、大ダメージを与えることはできない。

 リディアとしてはこのローランタンの毒はとても扱いやすく、持ち歩くナイフすべてに塗ってある。これでいつ狸親父に危険に合わされても、準備はばっちりだ。

「な…るほど……これは油断しすぎたかな」
「少し寝てくれる? 起きたらまた話しましょ」
「そう、だね…」

 ゼドは目を閉じて気を失った。
 リディアはため息をついた。
「このバカ、どうしよう……くっ、うっ。まずいな。私にも毒が回ってきた」
 頭がぐらりと揺れてその場でしゃがむ。首に手を当てると、生温かい血で手の平が汚れた。
 思っている以上に切れてるらしい。
 ローランタンの毒はナイフの切っ先の方に塗っていたから自分は大丈夫と踏んでいたけど、腹にも少しついていたのか、傷からじんわりと痺れが広がっていく。

 この後はゼドを担いで上がるつもりだったが、こんな身体じゃあ無理だ。
 リディアはため息をついて、アランを呼ぶことにした。
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