市民に転生したけど新しい人生なんて歩めるわけが無い─浮気された俺は新たな愛を求める─

1章

10話(あんぱん)

皿を洗いながら先程のことを思い出す。リディは酷く嬉しそうに俺の昼食を食べてくれた。彼は優しいからあまり美味しくなくても気を使ってしまうのでは.......と思っていたが、本当に美味しいといった表情なので安心だ。何ひとつとして残さず平らげてくれた。

キュッ、と蛇口を捻る。冷めた手を擦り合わせながら、俺は調理室を後にした。


＊＊＊
「えっと...食事も終わったし、晩御飯までこの国やリディについて教えて貰ってもいいかな...？」
「ああ。そうしよう。お前も...かなり不安だろう、異国に取り残されて」

表情を暗くして言ったリディに俺は笑う。

「まあ...確かに不安だけど、リディに出会えたから少しは安心出来たよ。こんなに良くしてもらって、申し訳ないくらい」

それは本心だった。
最初出会った時は身なりの違う俺は殺されてしまうのではと恐れ戦いたが、それは杞憂に過ぎなかった。リディは優しい。ふと翳った表情を見せる時もあるが、それすらも彼の魅力のひとつに思える。

リディは寝室の本棚から、ひとつ、分厚い本を取りだし俺に見せた。それは.......英語のようで、そうでは無いような.......理解できない言語が書かれていた。きっと、この国の言葉なのだろう。
リディは羽根ペンを取り出して、図の書かれたページに丸をつけた。

「ここが、この国.......ソレール王国だ」

海に囲まれた小さな国だった。歩いている時はとても広く、広大だと思ったが、案外そういう訳では無いらしい。
そして、リディはもうひとつの国にも丸印をつけた。

「......この国は.......ソレール王国と対立している国なんだ。今にでも戦争が勃発しそうなくらい、な」

深く困ったような顔をする。戦争が起これば、俺自身もリディもどうなるか分かったもんじゃないだろう。なんとなく怖くなってちらりとリディを一瞥すると、リディはとても優しい目をして微笑んだ。