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それは永遠の秘めごと

優しさと現実

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『まさか。そうするくらいならここで死ぬことを選ぶだろう、あれは。あれにとって家に帰ることは恐怖でしかない。母はおれの造った風鈴に喰われてとうに亡く、帰ったところであれの父親が待っているのだぞ。叔母殿も守り切れずにあのさまだ』

『  座敷牢か』

 低く才津さいつは唸った。

 暗い昏いあの蔵。入れたのは子どもを守るため、それ以外の何の理由もありはしなかったが、事実あれは牢であった。その境遇は根深く子どもに陰を落としている。

 それが改善されないままに、もう一度戻れと言うのは余りにも酷すぎてできたものではない。

『ではやはり、父親をどうにかするほかあるまいな。空を帰らせて正解だった』
 ため息を吐きつつ才津が言ったのを、千穿ちせんは聞き咎めた。
『どういうことです』
『荒療治だ』

 才津に代わって答えたのはさつだった。
 はあ、と声を傾けた千穿だったが、見事に無視されて終わる。

『子どもにはキツいやもしれん。されど避けては通れず。他者の悪意すらも呑み込めぬまま、どうして常世を生きられようか』

 それでもいいの、と子どもは悟りきったことを言うかもしれない。けれどそのこころと刹貴を見上げる視線ばかりは飢えを隠せずにいじましくすがるのだ。

 きらわないで、傍にいて、あたしを見て。
 あたしに触れて。

『子どもの父親のところに先ぶれを頼めるか、才津殿』

『よかろう。誰を行かそうか、千穿を使ってもいいぞ。ああ、だがそとくらいはまとものほうがよいか』

『ちょ、ちょっと待ってくれ、待って下さい。意味がよく掴めないのだ。私が、何なのです』

 千穿は慌てて勝手に合点して頷きあっている二匹を引き留めた。何も理解せぬままに先へ進まれでもしたらたまらない。

 才津が面倒くさそうな視線をくれたが、千穿は負けじと食い下がった。

『つまりだな、刹貴が言う、そのままの意味だ。
 荒療治。俺たちから見れば話し合いだな。子どもと父親を引き合わる』

 絶句して、千穿は二の句が繋げず、無意味に口を開閉させた。
『っな、』

 あまりのことに分断されそうになる思考を強制的に律する。

『ばっ、莫迦かお二方ッ。そんな、自分を拒絶する父親にあって、ムスメが平気でいるとそう思うのか』

 才津は顔を盛大にしかめ、背けた。辛うじて見えた口元が、面倒くさい奴だと文句を象る。『めっ、』

 才津が主人だということを一瞬彼方へと吹き飛ばし、千穿は思わず食ってかかりかけた。しかしそれよりも早く、彼は千穿から強制的に発言権を奪う。

『折角説教をされぬよう空をみせに帰したのに、代わりにお前がそれを言うのか。では訊こうか、千穿。他にどんな方法がある』

 向けられた冷たい眼差しとは異にして柔らかな口調で才津は言う。

『教えておいてやろう、可愛い千穿。過ぎた優しさは破滅しか招かない』
『主人、』

 消え入りそうになる声で、千穿は訴えるようにそう呼んだ。

 けれど最早続けるべき言葉、続けたかったはずの言葉は見つからずに、着物を握り締めて皺にすることしかできない。

『子どもにはそれはつらいだろう。だが子どもを連れて行かねばどうにもならぬことくらい、すこし考えれば分かるだろう。第一父親から姿は見えん』

 加えられた刹貴の台詞に、千穿は追い討ちをかけられたような気になった。

『あれはどこまでも頑なだ。父親はもうお前に手出しせぬと伝えたところで納得などするものか。その場で信じさせることが重要だ。傷つけるやもなどと考えるときではすでにない。これ以上いたずらに時を重ねれば子どもは否応なしに死へと傾くのだ』

 刹貴はサトリで、短い時間の中でも子どもと一等に時を過ごしていて、子どもを毛嫌い横目で睥睨へいげいしかしなかった千穿とは比べものにならないくらいに子どものことを知っている。そんな彼の言うことだ、頷くのが正しいのだろう。このまま代替案を出せない限り、千穿はいたずらに子どもの寿命を縮めるだけの女だ。

『ムスメが泣いたら刹貴、お前ちゃんと慰めてやれよ。サトリなんだから、いくら風鈴があってもムスメの欲しい言葉くらい分かるのだろう』
『お前、清々しいほど最初と違って娘大好きだな』

 不貞腐れて刹貴を睨み据えた言葉を聞いて、才津は呆れた顔をした。

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