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それは永遠の秘めごと

アヤカシ談義

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          六 

 苦虫を噛み締めた顔をしていた才津は、子どもが消えたのを見届けるとすぐさまその表情を変えた。

『なかなかの役者ぶりだな』

 多少の非難を込めて刹貴が言ってやれば、才津はにやりと口角を上げ『どこぞの座にでも弟子にしてもらうか』と軽口を叩く。

『空はああ言われるのがとみに嫌いでな。どうやらおんな顔なのを気にしておるらしく、最近じゃからかったあとには部屋で暴れたりしとる』

『分かっているのなら止めてやれ、あわれな』

『今回は仕方がなかろう。子ども諸共追い出す必要があったんだからな。ああ、あとからあれの機嫌取りをするのかと思うと涙が禁じえん』
『自業自得だ』

 涙を拭う振りをする才津を刹貴はばっさりと切って棄てる。

『お前を慮ってやったのだぞ。江戸はどこもひとが多いゆえ、住処の方が気安かろう』

『気遣いには感謝するが、それで坊主を怒らせるでは目覚めが悪くてかなわん』

『都合よくあんな格好をしとるあれが悪い』

『で、主人たちはあれらを追い出していったい何がしたかったのです』

 饅頭の残りを口に放り込みながら、千穿は主題へと舵を取る。才津は千穿に視線を投げ、事も無げに言った。

『別に、お前も空を追いかけてくれてよかったぞ』『言ってくれますね。いつまでもそんなだったらいずれ空から愛想を尽かされますよ』

 それに千穿は嫌みったらしく言い返した。才津は片眉を上げ、大袈裟にさも驚いたといった表情を面に浮かべてみせる。

『あれにか』

 ひと欠片だって空が才津を見限る可能性を考えていないように、才津は笑った。

『それはあるまいよ。なにがあろうと』
『ああ、さいで』

 才津の考えなしな軽口で、どれだけそのちいさなこころを痛めているか、知っているくせに。そしてその原因を作ってしまったことが申し訳なくて、千穿は罪悪感にずきずきと胸が痛い。

 女だったらよかったな、なんて、空に対する冒涜だ。

 しかもそもそものところは子どもを庵から追い出すためだというのだから、よっぽど才津は悪辣だった。

 よっぽどあげつらってやりたかったが、諦めて千穿は話題を打ち切った。才津にこれ以上逆らうことなど考えたくもなかったし、どっちにしろ、主人が反省などしようはずがないのだ。

『では、話を戻してもらおうか。子どもがいないうちに』

 千穿の雰囲気を巧妙に感じとり、刹貴は本題に目を向けるよう促した。実際のところ千穿の憤りは少しばかり的を外していたのだが、それは詮無いことである。

『そうだな、娘のことが先決、時間がない』

 畳の上に胡座をかき、才津は本腰を入れて話を始める態勢になった。二匹もそれに倣って腰を落ち着ける。

 江戸裏もその傍らの世も、もうすぐと夕暮れが近い。しかしその刻限が、最も江戸裏が明るくなる時刻であった。地平をぼんやり染める黄金に反して、一層濃くなった闇が室内には凝っている。才津が吐き出す煙管の煙ばかりが、その場に彩度の低い色彩を残す。

 暗がりに生きる妖モノたちはとりわけ明かりも必要とはしないために、一切の光源もそこにはなかった。

『結局あの娘が名を思い出す気配はなく、だが帰らない限りにはただいたずらに朽ちるのを待つのみだ。時間はそう残されてはおらぬゆえ、根本を改善するが必定。  刹貴、』

『なんだ』

 仔どもの飼い主への呼び声に応じるのは、どこまでも抑揚の存在しない声である。

『お前、娘が持ってきた風鈴は手元にあるか』
『無論』
『あれを娘の手元に戻せば、名前を思い出すのではないか。あの風鈴、死んだ母親の記憶が入っとろう』
『そうだな』

 肯定しながらも、だが、と刹貴はその口許に淡い笑みを浮かべた。諦念ていねんがそこににじんでいるのを、刹貴とひとひとり分の寿命ほどの付き合いを重ねた才津は認める。

『それならば、あの仔どもはそれこそずっと、あの風鈴を抱いて生きていたのだ。母の記憶に触れないほうがおかしい。けれども決してそうはならなかった。
 子どもが何もかも信じてはいなかったからだ』

 愛してと、子どものこころが叫ぶのを聞いた、ひたすらに、一途に。しかし叫びながら子ども諦めてもいたのだ。

 こんなバケモノと呼び称されるものが、例え生みの母といえども愛されたりなどするものか。

『信じられぬうちには何も見えぬし、聞こえぬよ。返したとしても意味はあるまい。子どもはどこに行けばいいのかも分からず途方に暮れるだけ。死に場所を求めてさまようが関の山だ』

『家に帰ろうとは思わないのか、あのムスメは。死ぬと分かってなお』

 千穿の質問に、刹貴ははっきりと首を横に振る。

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