44 / 74
それは永遠の秘めごと
その人のことを仔どもは知らない
しおりを挟む二
何の説明も与えられずに連れ出された刹貴は、ただ黙って才津の気配を追う。射すような日の光が暑くてしょうがない。人間の町だからだ。笠を深くかぶりなおし、刹貴はため息をついた。思念の多いところは、嫌いだ。しっかりと風鈴を握っていないと気持ちが悪くて吐きそうになる。かつて自分が望んで得た能力だとはいえ、こういうところでは無駄だと言わざるをえない。
『才津殿、そろそろどこに行くのか教えてくれても良さそうなものだが』
恨みがましく声を上げれば、む、と唸った才津の足音が止まるのを聞いた。
『ひょっとはて』『はあ』
ちょっと待て、と言ったのだろうと予想して、また吐きそうになる溜息を押し込める。才津が示したちょっと、を待っているあいだに、彼はひたすら何かを食べているらしい。
勝手に答えを探ることはできるが、漏れ聞こえているわけでもないものを、わざわざ好んで覚る必要はない。
『それはいつ、買ったんだ』
『買ったんじゃない、もらったんだ。向こうの団子屋の姉ちゃんにな。お前も食うか』『遠慮する』
才津のどこまでも自由人なふるまいに、刹貴は自分のこめかみが疼くのを感じた。己はいま、果てしなく時間を無駄にしているのではないか、そんな思いが頭をもたげる。喉元で主張し始めた溜息を、今度はあえて抑えなかった。
『己は、あれのところへ帰りたいのだが』
『だから、行くんだろう』
才津の言った意味をとらえ損ねて、刹貴はない眼を眇めた。
『なに、』
漏れた声音は平時よりなお低い。
『そう怖い声をだすな』
笑い混じりに飄々と、煙に巻くように才津は言った。
流石、高位の妖狐を父に持つ半妖であるだけはある。自身の位もいかばかりだったか。刹貴は努めて冷静に先を促した。
『あの娘、肉体との連結をぶった切って来ただろう。ならば本体はどこかにあるはずだ。お前が探してくれ言ったのだろう』
よもや忘れていたのかと呆れた口ぶりの才津に、躊躇ったあげく刹貴は頷いた。
失念、していたのだ。本当に。衣服の世話を願ったときに、共に頼んでおいたのだった。
傷が癒えたら風鈴を返そう、どこへなりとも行けばいいと。
そう確かに、刹貴は子どもと約束していたのだった。
もう傷は癒えかけて、片付けなければならない問題も残っていたが、今に子どもに風鈴を返してやれる。子どもの受けていた愛情を知らせてやれる。けれどそれを、刹貴は別離と結んではおらず、幾ばくか、刹貴はそれを淋しいと思った。
『で、だ』
語気を強めて才津が刹貴の意識を自分に向けさせた。
『あの娘が持つ風鈴、求めたのは娘の母だっただろう。覚えているか。お前を紹介したのは俺だしな。帳簿やら探って、魅櫨に調べさせたら、出てきた』
魅櫨というのは才津が抱える妖モノのうちの一匹だ。
その魅櫨が寄越した報せを、才津は懐から取り出した。
『あの娘、それなりにいいところの出らしいな。武家のご息女だとさ』
ひらりと半紙を振りながら、才津は面白くない口調で毒を吐く。
『まあ、あの娘の扱われ方を見るに、程度は知れたものだがな。
刹貴、こちらだ。すぐに着くぞ』
刹貴は才津に先導され、細い路に入った。しばらく行くと才津は立ち止まる。そこには既に何者かの気配が佇んでいた。才津はそれに近づいていく。
なじみのない雰囲気の持ち主は、彼らより先に口を開いた。静かな、憂くような色の声だった。
「才津殿と、お見受けいたします」
『ああ、俺が才津だ。後ろのは刹貴という。そちらの姫を預かっている。いきなり約束を取り付けてすまなかった』
女はゆっくりと首を振った。
「いいえ、我が姪に関わることならば、何の苦労も惜しみますまい」
才津が家人を使って捜し出したのは、仔どもの世話をしている女だった。仔どもの母の妹にあたり、仔どもにとっては叔母であった。嫁ぎ先で夫を亡くし、子もなかったため出戻ってきた。仔どもの父は入り婿であった。
「どうぞ」
女は裏の木戸を開け、促すように先を示した。
『家主の許可を取らずともよかったのか。勝手に邪魔をしても』
才津の質問にくすりと女は笑い声を立てた。酷薄で、さびしげな笑いかただった。重い声音で彼女は繰り返す。
「許可。
必要ありませんわ、わたくし誰にも知らせるつもりはないのです」
母屋から離れたところに建っている古びた蔵に女は足を進める。閂をあげ軋む扉を引き、入口を譲り、顔を伏せた彼女はか細い声で告げた。
「我が姪はこの中に」
0
お読みいただきありがとうございます。感想等、お寄せいただければ嬉しいです!
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。


愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる