42 / 74
覆せぬ差をどうせよと
どうか君には幸いな日々を
しおりを挟む三
「千穿、どうしたの」
目を開けると、至近に子どもの顔があった。眠っていたのか。心配げに見つめる眼差しに不意におかしくなって、千穿は口端を上げる。
『来い』
返事も聞かないうちに千穿は子どもの腕を引く。倒れこんでくる温度を抱きしめてみて、ああやはり、と思った。
「ど、どっ」
どうしたの、と言いたかったのだろう、どもる子どもになんでもない、と返す。この行為に、別に大意はない。
『ただ、お前に謝らなければいけないと思ったのだ』
子どもに当てつけ、はじめて明確になった自分の本心。
条件反射。
それでは今までの自分はどうだった。人間を厭うて見かければいびり殺していた自分は、
本当に、人間を憎んでいたのだろうか。
『違ったんだ、私は決して、そうではなかった』
ではなぜ泣いた。自分が殺した者たちを見て、あんなにも苦しくなったのはなぜ。
自分も目を逸らしていただけではないのか。
『もう愛してくれないことが哀しかったんだ。私は愛しているのに、同じように愛してくれないことがたまらなかったんだ』
慈しむ瞳を、もう受け取ることはないことを。それがたまらなく辛くて。
母を殺されて、もう恨むしかないと思った。愛しているものが、同じように千穿が愛するものを殺すから。どちらをも今までのように好きだと言うことはできない。
けれど母のためにと振るった手は、結局として千穿が愛していないものを絶つことしかしない。たとえ目を逸らし続けても、本当は誰よりよく知っている。
子どもがこの町にきて、思い知らされた。なにより自分に近い子どもが、目の前で千穿と同じように心にもないことを叫ぶから。
「千穿も、刹貴と同じことを言うのね」
『あいつも、そう言ったか』
「言ったよ。大好きだ、て。ほんとはずっと、大好きだった、て」
首肯に、千穿はちいさく笑み零した。吐息に交じりそうなほどの声音で、呟く。
『そうか、
私も、そうだったんだよ』
気に入らなくて、当てつけで言ったはずだったのだがな。
そのことで自分自身が知らしめられるなんて。
抱き寄せている子どもの肩に額をつけて、千穿は目を閉じた。流れ込んでくる体温が心地いい。そう、この子どもは嫌ではない。
きっとこれからも人間を厭うことに変わりはないのだろう。けれど、千穿を見て好悪を分けてくれるなら。それはきっと愛してもいいものだ。
空や、子どものように。
千穿はようやく、自分が空を排除しなかった理由に気づいた。
怖いくせに子どもが黙って縋らせてくれているので、ありがたいと思う。
この子には自分とは違う幸福な未来が訪れればいい、千穿はそう切に願っている。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる