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覆せぬ差をどうせよと
どうか君には幸いな日々を
しおりを挟む三
「千穿、どうしたの」
目を開けると、至近に子どもの顔があった。眠っていたのか。心配げに見つめる眼差しに不意におかしくなって、千穿は口端を上げる。
『来い』
返事も聞かないうちに千穿は子どもの腕を引く。倒れこんでくる温度を抱きしめてみて、ああやはり、と思った。
「ど、どっ」
どうしたの、と言いたかったのだろう、どもる子どもになんでもない、と返す。この行為に、別に大意はない。
『ただ、お前に謝らなければいけないと思ったのだ』
子どもに当てつけ、はじめて明確になった自分の本心。
条件反射。
それでは今までの自分はどうだった。人間を厭うて見かければいびり殺していた自分は、
本当に、人間を憎んでいたのだろうか。
『違ったんだ、私は決して、そうではなかった』
ではなぜ泣いた。自分が殺した者たちを見て、あんなにも苦しくなったのはなぜ。
自分も目を逸らしていただけではないのか。
『もう愛してくれないことが哀しかったんだ。私は愛しているのに、同じように愛してくれないことがたまらなかったんだ』
慈しむ瞳を、もう受け取ることはないことを。それがたまらなく辛くて。
母を殺されて、もう恨むしかないと思った。愛しているものが、同じように千穿が愛するものを殺すから。どちらをも今までのように好きだと言うことはできない。
けれど母のためにと振るった手は、結局として千穿が愛していないものを絶つことしかしない。たとえ目を逸らし続けても、本当は誰よりよく知っている。
子どもがこの町にきて、思い知らされた。なにより自分に近い子どもが、目の前で千穿と同じように心にもないことを叫ぶから。
「千穿も、刹貴と同じことを言うのね」
『あいつも、そう言ったか』
「言ったよ。大好きだ、て。ほんとはずっと、大好きだった、て」
首肯に、千穿はちいさく笑み零した。吐息に交じりそうなほどの声音で、呟く。
『そうか、
私も、そうだったんだよ』
気に入らなくて、当てつけで言ったはずだったのだがな。
そのことで自分自身が知らしめられるなんて。
抱き寄せている子どもの肩に額をつけて、千穿は目を閉じた。流れ込んでくる体温が心地いい。そう、この子どもは嫌ではない。
きっとこれからも人間を厭うことに変わりはないのだろう。けれど、千穿を見て好悪を分けてくれるなら。それはきっと愛してもいいものだ。
空や、子どものように。
千穿はようやく、自分が空を排除しなかった理由に気づいた。
怖いくせに子どもが黙って縋らせてくれているので、ありがたいと思う。
この子には自分とは違う幸福な未来が訪れればいい、千穿はそう切に願っている。
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