上 下
37 / 74
覆せぬ差をどうせよと

かくしごと

しおりを挟む

 
          二


 千穿ちせんは山に囲まれた盆地にあるちいさな農村で、そうとは知らぬまま人間と妖モノの相の仔として生まれた。

 母は種族を隠し、父の妻になったという。ふらりと訪ねた、ただそれだけの何の変哲のない村で母は父に恋をして、そうして仔を成した。

 生まれてきた千穿は、人間の姿をして見えた。本当は尾も耳も生まれた時からついていたし、人と獣が混じった歪な姿で、毛並みも黒ではなく金だった。

 しかしそこは母が幻術を得意としていたことが幸いした。人間とそっくりに見えるよう村中に幻術をかけ、偽りに囲われて千穿はよっつまでその村で過ごした。

 檻を壊してしまったのは、千穿があさはかだった故。守られていたことも知らずに、千穿は言ってはならない言葉を口にした。

 母があたりにかけた幻術は、ゆっくりゆっくり、千穿が成長するのに合わせてゆっくりと、そのひずみを深めていっていた。



『みな、尻尾はどこに隠しているのだ』

 幼い千穿はお気に入りであるふさふさの丸みを帯びた尻尾を身体の前で抱え込んで、首を傾げて隣人である大人に訊いた。これはかねてから幼仔おさなごが誰かに訊ねてみたかったことで、最近家に籠ってばかりな母の隙を盗んで、こうして隣家を訪れたのだった。

 母はこのことを口に出すことを嫌っていたので、こっそり訊かないといつまでたっても解決できない。気づかれないのならば母を不快にさせることもないと、ちいさいながらに気を使った結果だった。

「尻尾」

 不思議そうに語尾を上げたあと、その大人はひどく愉快そうに笑った。笑い混じりに千穿を諭そうと膝を折る。冗談だとでも思ったのだろう。

「お前さんのどこに尻尾があるんだね」

 千穿はますます首を傾げて、彼にもよく見えるように抱えていた尻尾をさらに引っ張って彼の眼前に突き出した。老人に片足を突っ込んだような人だったから、おそらく目が悪くてよく見えないのだと勘違いをしてしまったのだ。

『ほら、尻尾だ。こんなに大きいのに、みなどうやって着物の中に仕舞っているのだろう』

 それなのにこの期に及んでまだ大人は尻尾などないと繰り返す。それでもしつこく食い下がっていたが、果てはいつまでも大人をからかうなと怒り出されてしまって、千穿はいよいよわけが分からなくなるままに言葉を次いだ。

『ほら、よく見てみろ、ちゃんと尻尾だ。黄色くて、ふわふわだ。母ちゃんだって、いつもは仕舞ってるけどきれいな尻尾、ちゃんと持ってたっ』

 そのときだった。血相を変えた母が、隣家へ飛び込んできた。そんな表情の母を千穿は生まれて初めて見たものだから驚いて、引き寄せられるままに母の胸へ倒れこんだ。それでも我に返ってぎゅうと胸に押さえつけられた頬を、両腕を突っ張って引きはがし、詰問きつもん口調で母に問うた。

『か、母ちゃん、どういうことだ。他のみんなに尻尾はないのか。私と、母ちゃんだけが持っているのか。それともおじちゃんがいじわるを言うのか』

 自分の見ている世界とその他大勢の見ている世界は違う。どうやらそうであるらしいと気づいて、千穿は困惑していた。確かなものがどれであるのか、見当もつかない。

『知らんくて、ええ。訊くなと言ったやろう。せやのに、どういて』

 絞り出すような声で母は呻いた。隣家の親父を見やり、取り繕うようなお愛想をその白い面に乗せる。『ほんにね、このちびは最近ものがたりに夢中で』

 母のその言い訳は、もう何の効果ももたらさなかった。

 ぴしりと何かにひびが入るような、軋んだ音が千穿の耳に届いた。それは母がかけていた幻術が崩壊する音で、いままで過ごしてきた穏やかな日常が瓦解がかいする音だった。

 千穿はその音を耳にして、ようやく。
 自分が言ってしまったことが、どれだけ自分たちを危険に導くものなのかを悟った。

「何、だ。何だ。それは、」

 親父を見やると、彼は驚愕に目を見開いて、戦慄く指先で千穿を指差した。その奇異な姿をした仔どもを。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】【累計2万4千PV超】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

琵琶のほとりのクリスティ

石田ノドカ
キャラ文芸
 舞台は滋賀県、近江八幡市。水路の町。  そこへ引っ越して来た大学生の妹尾雫は、ふと立ち寄った喫茶店で、ふんわり穏やかな若店主・来栖汐里と出会う。  まったり穏やかな雰囲気ながら、彼女のあだ名はクリスティ。なんでも昔、常連から『クリスの喫茶店やからクリスティやな』とダジャレを言われたことがきっかけなのだそうだが……どうやら、その名前に負けず劣らず、物事を見抜く力と観察眼、知識量には定評があるのだとか。  そんな雫は、ある出来事をきっかけに、その喫茶店『淡海』でアルバイトとして雇われることになる。  緊張や不安、様々な感情を覚えていた雫だったが、ふんわりぽかぽか、穏やかに優しく流れる時間、心地良い雰囲気に触れる内、やりがいや楽しさを見出してゆく。  ……しかしてここは、クリスの喫茶店。  日々持ち込まれる難題に直面する雫の日常は、ただ穏やかなばかりのものではなく……?  それでもやはり、クリスティ。  ふんわり優しく、包み込むように謎を解きます。  時に楽しく、時に寂しく。  時に笑って、時に泣いて。  そんな、何でもない日々の一ページ。  どうぞ気軽にお立ち寄りくださいな。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...