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覆せぬ差をどうせよと
かくしごと
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千穿は山に囲まれた盆地にあるちいさな農村で、そうとは知らぬまま人間と妖モノの相の仔として生まれた。
母は種族を隠し、父の妻になったという。ふらりと訪ねた、ただそれだけの何の変哲のない村で母は父に恋をして、そうして仔を成した。
生まれてきた千穿は、人間の姿をして見えた。本当は尾も耳も生まれた時からついていたし、人と獣が混じった歪な姿で、毛並みも黒ではなく金だった。
しかしそこは母が幻術を得意としていたことが幸いした。人間とそっくりに見えるよう村中に幻術をかけ、偽りに囲われて千穿はよっつまでその村で過ごした。
檻を壊してしまったのは、千穿があさはかだった故。守られていたことも知らずに、千穿は言ってはならない言葉を口にした。
母があたりにかけた幻術は、ゆっくりゆっくり、千穿が成長するのに合わせてゆっくりと、そのひずみを深めていっていた。
『みな、尻尾はどこに隠しているのだ』
幼い千穿はお気に入りであるふさふさの丸みを帯びた尻尾を身体の前で抱え込んで、首を傾げて隣人である大人に訊いた。これはかねてから幼仔が誰かに訊ねてみたかったことで、最近家に籠ってばかりな母の隙を盗んで、こうして隣家を訪れたのだった。
母はこのことを口に出すことを嫌っていたので、こっそり訊かないといつまでたっても解決できない。気づかれないのならば母を不快にさせることもないと、ちいさいながらに気を使った結果だった。
「尻尾」
不思議そうに語尾を上げたあと、その大人はひどく愉快そうに笑った。笑い混じりに千穿を諭そうと膝を折る。冗談だとでも思ったのだろう。
「お前さんのどこに尻尾があるんだね」
千穿はますます首を傾げて、彼にもよく見えるように抱えていた尻尾をさらに引っ張って彼の眼前に突き出した。老人に片足を突っ込んだような人だったから、おそらく目が悪くてよく見えないのだと勘違いをしてしまったのだ。
『ほら、尻尾だ。こんなに大きいのに、みなどうやって着物の中に仕舞っているのだろう』
それなのにこの期に及んでまだ大人は尻尾などないと繰り返す。それでもしつこく食い下がっていたが、果てはいつまでも大人をからかうなと怒り出されてしまって、千穿はいよいよわけが分からなくなるままに言葉を次いだ。
『ほら、よく見てみろ、ちゃんと尻尾だ。黄色くて、ふわふわだ。母ちゃんだって、いつもは仕舞ってるけどきれいな尻尾、ちゃんと持ってたっ』
そのときだった。血相を変えた母が、隣家へ飛び込んできた。そんな表情の母を千穿は生まれて初めて見たものだから驚いて、引き寄せられるままに母の胸へ倒れこんだ。それでも我に返ってぎゅうと胸に押さえつけられた頬を、両腕を突っ張って引きはがし、詰問口調で母に問うた。
『か、母ちゃん、どういうことだ。他のみんなに尻尾はないのか。私と、母ちゃんだけが持っているのか。それともおじちゃんがいじわるを言うのか』
自分の見ている世界とその他大勢の見ている世界は違う。どうやらそうであるらしいと気づいて、千穿は困惑していた。確かなものがどれであるのか、見当もつかない。
『知らんくて、ええ。訊くなと言ったやろう。せやのに、どういて』
絞り出すような声で母は呻いた。隣家の親父を見やり、取り繕うようなお愛想をその白い面に乗せる。『ほんにね、このちびは最近ものがたりに夢中で』
母のその言い訳は、もう何の効果ももたらさなかった。
ぴしりと何かにひびが入るような、軋んだ音が千穿の耳に届いた。それは母がかけていた幻術が崩壊する音で、いままで過ごしてきた穏やかな日常が瓦解する音だった。
千穿はその音を耳にして、ようやく。
自分が言ってしまったことが、どれだけ自分たちを危険に導くものなのかを悟った。
「何、だ。何だ。それは、」
親父を見やると、彼は驚愕に目を見開いて、戦慄く指先で千穿を指差した。その奇異な姿をした仔どもを。
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