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遅すぎた日々が巡って
それが誰にとってもこうふくでしょう
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何もかもが停滞したのではと錯覚するほど重い沈黙のあと、千穿は返答を寄越した。
『否』
その響きには、僅かながら軽蔑も含まれていた。考え違いをする、仔どもへの。
『誰が、貴様のような人間の願いなど叶えてやるものか。私は人間が怯えるのを見るのが好きだ。命乞いをするさまを見るのが好きなのだ。私は、人間、貴様らを心底、恨んでいる。だから貴様のような死にたがり、自らを差し出すものを喰らったところで、なんとする。それでは私の加虐心は満たされぬ。死を願うのならば他をあたるがいいムスメ。手助けをするつもりなど私には毛頭ないのだよ』
一気にそう言いきって、千穿はまた黙り込む。
落胆を隠し切れない沈んだ口調で、仔どもはそっか、と呟いた。折角死に場所を見つけたと思ったのに、千穿もやはりあてにはならなかった。
ここにいるのでは誰も彼も痛いだけなのにな。
どうしようかと考えて、仔どもは後ろを振り返った。別に、そこに答えがあるわけではないのだけれど。ただ、なんとなく。振り返ると刹貴以外の、ふたり分の視線が仔どもに注がれていた。そのひとつは、とても困惑した眼差し。
「死にたいのですか」
掠れた声で、空はその言葉を口にすること自体なし難いといった様子だ。
どうしてそこまで躊躇う必要があるのかと仔どもは内心で首を傾げて、臆面なく首を縦に振った。
「どうして」
「苦しく、なくなる」
ああまた。刹貴だけでなく、この少年までも自分は傷つけてしまったのだと、仔どもはそう思った。温かなひとは皆、仔どもに関わることで傷を抱えることになる。そう言うとまた怒られるかもしれないけれど、心を砕いてもらっても返せるものなど何ひとつ持っていない仔どもなのだ。
だのにこのような感情を与えさせてしまうことが、仔どもには重たかった。感謝すら満足に伝えられないのに。苦しさなんて、そんなもの自分のせいで抱いて欲しくない。そんなものは自分だけでいい。全部ぜんぶ、持っていくから、ゆるしてほしい。
それがひどく利己的な感情であることは朧気ながら理解していたけれど。それに深く蓋をして仔どもは、自分にとって最も安心できる回答のみを導き出すのだ。
それを黙って眺めていた才津は、薄く笑んで仔どもに言った。空と同じ問いを、空とは異なる軽薄な口調で。
『死にたいのか、娘』
「うん」
答えを聞いて、ますます才津は笑みを深めた。それは決して温かいものではなく、どこか薄ら寒さを感じるような類だ。
『その望み、もうすぐ叶うだろうさ。あえて千穿に頼まずともいずれお前は死ねるだろう』
驚きで声を上げたのは、仔どもではなかった。
空はどういうことかと口調を荒げ、才津に向かった。なんでもないような言い方で、空の動揺をものともせずに才津はただ事実をそのままに示す。
『この娘からはもう、人の匂いが薄れてきている。今の状態はそうさな、生霊とでもいったところか。
娘、今のお前は魂の身で江戸裏に迷い込んでいる。肉体は現世でまだ息をしている。しかしそれも長くは持つまい。その状態が続くならば近いうちにお前のその魂は肉体との縁を失い、消えてなくなるだろうよ』
要するに、それは。
『否』
その響きには、僅かながら軽蔑も含まれていた。考え違いをする、仔どもへの。
『誰が、貴様のような人間の願いなど叶えてやるものか。私は人間が怯えるのを見るのが好きだ。命乞いをするさまを見るのが好きなのだ。私は、人間、貴様らを心底、恨んでいる。だから貴様のような死にたがり、自らを差し出すものを喰らったところで、なんとする。それでは私の加虐心は満たされぬ。死を願うのならば他をあたるがいいムスメ。手助けをするつもりなど私には毛頭ないのだよ』
一気にそう言いきって、千穿はまた黙り込む。
落胆を隠し切れない沈んだ口調で、仔どもはそっか、と呟いた。折角死に場所を見つけたと思ったのに、千穿もやはりあてにはならなかった。
ここにいるのでは誰も彼も痛いだけなのにな。
どうしようかと考えて、仔どもは後ろを振り返った。別に、そこに答えがあるわけではないのだけれど。ただ、なんとなく。振り返ると刹貴以外の、ふたり分の視線が仔どもに注がれていた。そのひとつは、とても困惑した眼差し。
「死にたいのですか」
掠れた声で、空はその言葉を口にすること自体なし難いといった様子だ。
どうしてそこまで躊躇う必要があるのかと仔どもは内心で首を傾げて、臆面なく首を縦に振った。
「どうして」
「苦しく、なくなる」
ああまた。刹貴だけでなく、この少年までも自分は傷つけてしまったのだと、仔どもはそう思った。温かなひとは皆、仔どもに関わることで傷を抱えることになる。そう言うとまた怒られるかもしれないけれど、心を砕いてもらっても返せるものなど何ひとつ持っていない仔どもなのだ。
だのにこのような感情を与えさせてしまうことが、仔どもには重たかった。感謝すら満足に伝えられないのに。苦しさなんて、そんなもの自分のせいで抱いて欲しくない。そんなものは自分だけでいい。全部ぜんぶ、持っていくから、ゆるしてほしい。
それがひどく利己的な感情であることは朧気ながら理解していたけれど。それに深く蓋をして仔どもは、自分にとって最も安心できる回答のみを導き出すのだ。
それを黙って眺めていた才津は、薄く笑んで仔どもに言った。空と同じ問いを、空とは異なる軽薄な口調で。
『死にたいのか、娘』
「うん」
答えを聞いて、ますます才津は笑みを深めた。それは決して温かいものではなく、どこか薄ら寒さを感じるような類だ。
『その望み、もうすぐ叶うだろうさ。あえて千穿に頼まずともいずれお前は死ねるだろう』
驚きで声を上げたのは、仔どもではなかった。
空はどういうことかと口調を荒げ、才津に向かった。なんでもないような言い方で、空の動揺をものともせずに才津はただ事実をそのままに示す。
『この娘からはもう、人の匂いが薄れてきている。今の状態はそうさな、生霊とでもいったところか。
娘、今のお前は魂の身で江戸裏に迷い込んでいる。肉体は現世でまだ息をしている。しかしそれも長くは持つまい。その状態が続くならば近いうちにお前のその魂は肉体との縁を失い、消えてなくなるだろうよ』
要するに、それは。
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