傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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遅すぎた日々が巡って

それは希望ではないけれど

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 言葉を発することができず、ただ呆と仔どもはその言葉を聞いた。

『己《おれ》は、構わぬ』

 突然割り込んできた刹貴に、さらに冷や水を浴びせられた気になる。仔どもはまた間違えた。刹貴をまた、傷つけたのだ。

『もとよりこの子どもは己に助けを乞《こ 》うたわけでもないのだから。己が勝手に拾ったのだ』

 じわじわと浸透した言の葉が、別の感情を由来として身体を震わせる。恐怖ではなく、悲しみで。

「だとしても、」

 空は長息して首を振る。

「  知っていますよ。あなたが構わないことくらい。でも、それでも聞いているこちらは哀しいし、歯がゆいものです」

 静かないい口。彼は仔どもを見て、困ったような顔をした。

「すみません、あなたを怯えさせるつもりはなかった。ですがどうしておれがここにいるのか、考えてくれると嬉しいです。刹貴殿が信用に足る人物ではないのに、あなたと関係のなかったおれが着物なんて持ってくるわけがないでしょう」

 ぽんと頭に置かれる手のひら。刹貴もよくする仕草。彼らは仔どもに触れることに、なんの躊躇も見せることがない。そのためらいのなさに対する喜びと、刷り込まれた反射が働こうとするのを奥歯を噛んで堪える。

 まなうらで明滅する過去と、この少年はまったく異なるものだ。問題は、それを心も身体も納得できないことにある。

 俯いて、仔どもは緩慢にこくりと頷いた。
「 、ごめんなさい  、」

 零れ落ちるまま、謝罪する。その声が風鈴の音に掻き消えてしまいそうなほど頼りないのは、自分のふがいなさの表れだ。

 空はいいえ、と首を振った。震えないように肩を押さえ付けている子どもの、決して交わることなく自身の膝がしらへ落とされた視線が痛ましくて彼は唇を噛む。

 太陽を知れないイキモノたちよりも、なお白く蒼褪《ざ》めた肌や。至るところに認められる傷。


 これが、人間に虐《しいた》げられてきた果ての姿。


「  いいえ、」

 妖《アヤカシ》モノと共に生きる、姿形だけならまったくの人間に違いない空は、ただそう呟くしかない。

 彼だとて、察せないほど愚鈍《ぐどん》ではないのだ。だから言い過ぎたと思っている。でも当たり前に差し出されるべきいたわりすら疑われるのはいささか堪えた。怒りすら湧いて、      けれどそれを向けるべきはこの傷つき果てたこの子ではなかったのに。

 この子はそこまで蝕《むしば》まれ、ここまで流れてこざるを得なかったのだ。

「でしゃばったまねをしたのはおれです。謝らなければならないのであればこちらでしょう。申し訳なかった」

 仔どもは頭《かぶり》をふって否定する。空はやっと目元をゆるめた。

「ありがとうございます。ではもしそういう風に思っていただけるなら、あなたもどうか謝らないで。刹貴殿にお礼を。余程そちらのほうが嬉しい。そういうものですよ」

「うれ しい」

「ええ」

「うれしい」

 仔どもの短い生の中で、あまりにも意味を持たなかった感情。誰かに差し出せる機会のなかったもの。それが。  それが。

「さつき、に」


        
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