18 / 74
遅すぎた日々が巡って
それは希望ではないけれど
しおりを挟む言葉を発することができず、ただ呆と仔どもはその言葉を聞いた。
『己《おれ》は、構わぬ』
突然割り込んできた刹貴に、さらに冷や水を浴びせられた気になる。仔どもはまた間違えた。刹貴をまた、傷つけたのだ。
『もとよりこの子どもは己に助けを乞《こ 》うたわけでもないのだから。己が勝手に拾ったのだ』
じわじわと浸透した言の葉が、別の感情を由来として身体を震わせる。恐怖ではなく、悲しみで。
「だとしても、」
空は長息して首を振る。
「 知っていますよ。あなたが構わないことくらい。でも、それでも聞いているこちらは哀しいし、歯がゆいものです」
静かないい口。彼は仔どもを見て、困ったような顔をした。
「すみません、あなたを怯えさせるつもりはなかった。ですがどうしておれがここにいるのか、考えてくれると嬉しいです。刹貴殿が信用に足る人物ではないのに、あなたと関係のなかったおれが着物なんて持ってくるわけがないでしょう」
ぽんと頭に置かれる手のひら。刹貴もよくする仕草。彼らは仔どもに触れることに、なんの躊躇も見せることがない。そのためらいのなさに対する喜びと、刷り込まれた反射が働こうとするのを奥歯を噛んで堪える。
まなうらで明滅する過去と、この少年はまったく異なるものだ。問題は、それを心も身体も納得できないことにある。
俯いて、仔どもは緩慢にこくりと頷いた。
「 、ごめんなさい 、」
零れ落ちるまま、謝罪する。その声が風鈴の音に掻き消えてしまいそうなほど頼りないのは、自分のふがいなさの表れだ。
空はいいえ、と首を振った。震えないように肩を押さえ付けている子どもの、決して交わることなく自身の膝がしらへ落とされた視線が痛ましくて彼は唇を噛む。
太陽を知れないイキモノたちよりも、なお白く蒼褪《ざ》めた肌や。至るところに認められる傷。
これが、人間に虐《しいた》げられてきた果ての姿。
「 いいえ、」
妖《アヤカシ》モノと共に生きる、姿形だけならまったくの人間に違いない空は、ただそう呟くしかない。
彼だとて、察せないほど愚鈍《ぐどん》ではないのだ。だから言い過ぎたと思っている。でも当たり前に差し出されるべきいたわりすら疑われるのはいささか堪えた。怒りすら湧いて、 けれどそれを向けるべきはこの傷つき果てたこの子ではなかったのに。
この子はそこまで蝕《むしば》まれ、ここまで流れてこざるを得なかったのだ。
「でしゃばったまねをしたのはおれです。謝らなければならないのであればこちらでしょう。申し訳なかった」
仔どもは頭《かぶり》をふって否定する。空はやっと目元をゆるめた。
「ありがとうございます。ではもしそういう風に思っていただけるなら、あなたもどうか謝らないで。刹貴殿にお礼を。余程そちらのほうが嬉しい。そういうものですよ」
「うれ しい」
「ええ」
「うれしい」
仔どもの短い生の中で、あまりにも意味を持たなかった感情。誰かに差し出せる機会のなかったもの。それが。 それが。
「さつき、に」
0
お読みいただきありがとうございます。感想等、お寄せいただければ嬉しいです!
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜
長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。
朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。
禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。
――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。
不思議な言葉を残して立ち去った男。
その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。
※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜
沙耶味茜
キャラ文芸
村の土地神に生贄として差し出された娘が向かった先は邪神が潜む沼だった。生きたまま沼にしずみ死にかけた娘は龍の姿をした水神に命を救われる。
水神と贄の娘が関わって紐解かれていく過去の記憶や事件をどうか見ていただけると嬉しいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
蛇のおよずれ
深山なずな
キャラ文芸
平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。
ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる