上 下
1 / 74
明日なんてのぞまない

腹を裂きてミるまぼろし 壱

しおりを挟む
  
                      ああそうだ、  死んでしまえばいい。


      一


 ふと気づけばあかね射す大路おおじのまんなかに、ぽつねんとどもは立っていた。

 まったく覚えのない場所である。その奇怪さに仔どもは茫洋ぼうようとした 瞳をゆるくまたたかせ、確かにそれがうつつであると知る。

 きっかけは一体何だっただろう。

 仔どもはふら、と歩を進めながら、そのはじまりについて考える。

 きっと、痛くなくなるには、さみしくなくなるには、どうしたらいいのだろうかなんて思ってしまったのがいけなかった。
 後悔なんて欠片かけらもしていないのだけれど、きっと家のひとは大騒ぎをするだろうから。

 いや、もしかしたら少しもしないのかな、厄介者がひとり減って清々せいせいするのかなあなんて、つらつらと考えてみながら仔どもは歩いている。

 どちらにせよ、仔どもは誰にも構われなくなって久しかったからだ。

 はじめに切ったのは腕だった。そうしたらただ痛いだけでうまく死ぬことが出来なかったので、次は腹に刀を突き刺した。痛くていたくてたまらなかったけれどこっちのほうは成功したようで、ああ、がんばったかいがあったと思う。でも身体中がずきずきと痛くて、それがすこし辛かった。慣れていたはずだけれど、やっぱり痛いのは嫌いだ。

 なのに死ぬためにつけた傷ははじめからなかったかのように消えていた。その代わりみたいに現れた傷が、大げさではないわりにゆっくりと仔どもをさいなんでいる。身体のどこかしら、命を削るように血を流す。

 あれ、でももう死んでいたんだっけ。

 どうだったんだっけ、とふわふわ漂う思考を集めて、結局まあいいか、と仔どもは諦めた。莫迦ばかが何かを考えたところで意味なんてない。

 あの場所からいなくなれたのなら、これくらいは許されていい。

 拍子抜けした気がした。随分あっさりと、死んでしまえた。仔どもはいろいろなことに制限を受けていたから、死ぬとことすら自由ではないのではないかと不安だったのだ。

 でももうそのかせはなくなって、どんなに歩いていこうととがめるひともいやしない。この点では、死ぬって素敵なことなのだな、と仔どもは考えて、歩いている。

 仔どもは捨て仔だった。少なくともそう、仔どもは思っていた。家族と同じ屋敷では暮らしていたのだけれど、仔どもだけは二人の兄よりも邪険じゃけんに扱われて、与えられたのは狭い小部屋と、身の回りの世話をしてくれるひとがひとり。

 誰もが自由に屋敷を行き来するなかで、仔どもが存在をゆるされたのは光もとぼしいそこだけだった。
 部屋からほとんど出ずに暮らしていた幾ばくかの年月、やがて仔どもに雑言ぞうごんをぶつけるものさえいなくなる。ほんの数人を除き、仔どもを視界に入れることすらもうなかった。

 いつしか仔どもは小部屋さえも追われて、雑多ざったなものにまみれた蔵に押し込められた。そこには内からは決して開けることが叶わない、じょうが落とされていた。

 その錠の閉まる音を聞いたとき、仔どもははっきりと悟ったのだ。自分がどれほど、周囲にとっての不純物であったのか。

 要らないんだね。自分をそのように納得することは案外と容易で、反面それはとてもとても哀しいことのようで、あやふやな自身の立ち位置をころりと影へと転がすことになんの感慨かんがいもありはしない。

 消えてしまえばいい、と思ったのだ。

 挙句の果ての顛末てんまつが広がる視界に、ただ漫然まんぜんとした安堵感あんどかんだけが胸中に残っている。

 持ってきたものは、ずうっとむかし、一度だけ会いにきてくれた母が渡してくれた風鈴だけ。
 贈り物のゆえは今も分からないままだ。そのまま一度もまみえることなく、彼女は息をうしなったから。

 一度だけでも優しくされた、風鈴はその象徴みたいなものだった。それで想われていた、なんて自分勝手はしないけれど、それでもこの風鈴を仔どもはとても大切にしていた。

 だから死ぬときにはしっかりと抱いていた。それで共にゆけるなんて、信じていたわけではなかったのに。それでもやっぱり嬉しくなって、暮れゆく空に向かってカランと揺らした。青銅せいどう輪郭りんかくが闇を含んだ光を受けて、ほんの少し、眩しくなった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あやかし学園

盛平
キャラ文芸
十三歳になった亜子は親元を離れ、学園に通う事になった。その学園はあやかしと人間の子供が通うあやかし学園だった。亜子は天狗の父親と人間の母親との間に生まれた半妖だ。亜子の通うあやかし学園は、亜子と同じ半妖の子供たちがいた。猫またの半妖の美少女に人魚の半妖の美少女、狼になる獣人と、個性的なクラスメートばかり。学園に襲い来る陰陽師と戦ったりと、毎日忙しい。亜子は無事学園生活を送る事ができるだろうか。

【台本置き場】珠姫が紡(つむ)ぐ物語

珠姫
キャラ文芸
セリフ初心者の、珠姫が書いた声劇台本ばっかり載せております。 裏劇で使用する際は、報告などは要りません。 一人称・語尾改変は大丈夫です。 少しであればアドリブ改変なども大丈夫ですが、世界観が崩れるような大まかなセリフ改変は、しないで下さい。 著作権(ちょさくけん)フリーですが、自作しました!!などの扱いは厳禁(げんきん)です!!! あくまで珠姫が書いたものを、配信や個人的にセリフ練習などで使ってほしい為です。 配信でご使用される場合は、もしよろしければ【Twitter@tamahime_1124】に、ご一報ください。 ライブ履歴など音源が残る場合なども同様です。 覗きに行かせて頂きたいと思っております。 特に規約(きやく)はあるようで無いものですが、例えば舞台など…劇の公演(有料)で使いたい場合や、配信での高額の収益(配信者にリアルマネー5000円くらいのバック)が出た場合は、少しご相談いただけますと幸いです。 無断での商用利用(しょうようりよう)は固くお断りいたします。 何卒よろしくお願い申し上げます!!

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

Strain:Cavity

Ak!La
キャラ文芸
 生まれつき右目のない青年、ルチアーノ。  家族から虐げられる生活を送っていた、そんなある日。薄ら笑いの月夜に、窓から謎の白い男が転がり込んできた。  ────それが、全てのはじまりだった。  Strain本編から30年前を舞台にしたスピンオフ、シリーズ4作目。  蛇たちと冥王の物語。  小説家になろうにて2023年1月より連載開始。不定期更新。 https://ncode.syosetu.com/n0074ib/

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

処理中です...