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I am a living thing which kneels down to you.

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 公用語の読み書きすら満足に出来ない状態からのスタートであったので、モモセの学校生活は至難を極めた。ベゼルをコントロールする練習の傍ら、モモセはラシャードの教室で読み書きを習っていた。

 モモセの入学は受け入れ期間外で、少しばかり早くに入った学生たちと机を並べるにはモモセはかなり知識が足りない。
 彼らに追いつくべくモモセを鍛えるため、ラシャードは本来彼が受け持っている授業時間外の多くを割かなければならなくなった。

 ラシャードは相変わらず神経質そうな面のままであったが、モモセを教えること自体に否やはないようだった。
 モモセははっきり言ってあまり優秀な生徒とは言い難い、という自負はあったがそれに対してラシャードが何かを言ったことはない。
 彼にしてみれば、それよりもむしろウルドのことが一等に許せないらしく怒りの矛先は常にそちらを向いていた。

 ベゼルのコントロールと言語学習、そのまったく初めてのふたつのことを、モモセは赤ん坊のように知恵熱を出しそうになりながら何とかこなしていた。

 ただし、モモセはあまり上等な頭脳の持ち主ではなかったらしいことが、残念だ。でも難しいが、学ぶということは何もかも新鮮で、楽しい。

「おれ、ベゼル支配のやり方がよく分からない」

 授業が終わり、迎えに来てくれたヒタキと共に廊下を歩きながら、モモセはぼやいた。

 ベゼルが世界を構成する流素だということは、モモセだとて最初から知っている。ありとあらゆるものは、流素ベゼルからなる。生き物も、無機物も。何物にもなる前のベゼルは、無固定のまま世界を漂っている。それが天の意を享けて寄り集まり組み合わさって、様々な物の姿へと分岐していく。

 けれどその組み合わせには良い組み合わせと、悪い組み合わせがあるものだ。
 生き物としてベゼルが形を作るとき、それは決まってしまう。それがこの世界を貫く階級制度だ。

 階級が高い生き物ほど体内に流れるベゼルの量も多く、その波長も快い。
 ベゼルは目には見えないが、その感覚を捉えて、生き物は相手の身分や強さを測るのだ。

 言うなれば、纏う気配や雰囲気といったもの。自分の円環ハルファを見つけ出し、具現化させられるほど高次元にベゼルへの理解を深められれば、攻撃や防御、それ以外にも様々なことに応用が利く。

 しかしながらモモセは当然まだその段階には至っておらず、自分の体内のベゼルの制御が優先された。それには身体に流れているベゼルの存在を掴まなくてはいけない。

 生まれ持った姿は固定化されているから、何もしなくてもよほどのことがなければ形が崩れることはまずない。
 生まれたときには四つ脚の獣種でも、年齢を重ねるごとに自然とある程度はヒト型を取れるようになっていくものだ。
 
 けれど隷属階級と呼ばれる身分の者たちは、完全なヒト型を会得できないままでいるものも多い。
 あえてコントロールして獣の特徴を隠す必要があるから、それほどベゼルに干渉する力を持たない彼らにとっては、自然のままでいる方が楽なのだ。

 けれどモモセが学園に籍を置くならば、できませんは通用しない。獣種がその特徴を隠すことができるのは、ベゼルを制御することが可能であることを示すわかりやすい指標だ。為せなければこの学園に住まわせる、この国にとっての意味がないのだ。

 なのにモモセはいまだに獣型の制御が全くできずにいる。他者のそれのように、自分のベゼルを感じることは可能だ。けれどそれを自分の意識化に置くとなると、とたんにべセルの気配は霧散する。手ごたえがない。

 二度ばかり暴走させてしまったときには確かに躯を流れるベゼルの感触があったというのに、今では欠片も覚えていなかった。

 体内のベゼルを制御し、ヒト型になるのは強い獣にとって初歩的なことだった。それを、無意識に行ったままでいることのできる獣だっているくらいだ。モモセは決して弱くない。出来るはずだった。このままでは神世の言語ルフタアーラムッラを習得し、円環ハルファを探すまでにも時間が掛かる。円環ハルファは、結局確かな形を造り出すことが出来ずに卒業していくものも多いのだ。モモセが不安になるのも当然だった。

(おれが不可触民だから……神さまに愛されない仔どもだから、ベゼルも応えてくれないんだろうか……)

 幼年学校の門は広く開かれているが、大手を振って卒業していくものは少ない。円環ハルファを得て軍人になるのが最も羨望されるエリートコースだが、叶わずに学識だけを得て六ヶ年を終えてしまうのもよく見られる例だ。

 もちろんそこから更なる知識を求めて高等学校へと進むのならば話は別だが…… 円環ハルファを持たなければ軍人として出世していくことは難しい。

 神世の言語ルフタアーラムッラの辞書や筆記用具、それらと一緒にヒタキの手に収められている羊皮紙を横目で見て、モモセは唇を引き結ぶ。そこには 円環ハルファの図案が描き込まれていた。

 モモセのため息を受けて、ヒタキは首を竦めた。

「獣型制御のこと? まだ始めたばっかりじゃん。そう焦ることもないよ」
「始めたばっかりって言っても、もう八日も経った」

 モモセは垂れた二尾を床に擦りつける。

 早苗月の十八日だった。

 モモセは放課後もベゼルの制御を成功させようと努力を怠ることをしなかったと思う。字の復習も勿論した。予習もした。消灯が来るまで図書室で頑張ったし、消灯が過ぎれば部屋でベゼル制御の稽古。出来うることを全て、やったつもりだ。けれど文字の勉強はともかく、そっちに至れば何も身についた気がしないのだ。

 項垂れているモモセに、ヒタキは呆れた顔をした。

「まだ、八日だよ。まだ。俺はもっと何年もやってるんだよ? モモセは変に気負いすぎ。ウルドの補佐官に指名されてるからって最初から頑張り過ぎる必要ないよ。やり過ぎたら倒れちゃうって。モモセはモモセのペースがあるでしょ」

「でも、」「そんな悠長なこと言ってると、六年なんてあっという間だぜ?」

 心中を言い当てたかのような的確な言葉が背後から聞こえ、モモセはぎくりと肩を跳ねさせた。わざと意地悪くした口調。隣のヒタキが露骨に嫌な顔をした。
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