25 / 41
It's a new world I start, but I don't need you anymore.
6
しおりを挟む理事室を出、ウルドはため息をついて首を鳴らした。息が詰まる。理事はモモセを受け入れてくれたが、本心ではあまりよく思っていないことは知っていた。もとよりウルドの特権を利用したごり押し入学である。無試験入学は貴族階級と同等の扱いだ。もっともこれまでのモモセの実力を鑑みれば、それは妥当だと判断できるのだったが。
もし次の一般枠での入学となると、しばらく待たねばならない。それでは遅すぎる。無理を言った自覚はあったが、曲げられない道理というほどでもない。その分の見返りなら、十分になしている。
身分に関係なく軍人になることを是とする、これが真実受け入れられるようになったのは、聖典に明文化されてからずっと後、ほんの二十五年ばかり前のことだ。七十余を数える高齢な理事は、未だにスラム出や、そこの獣が校内にいることを納得できていないらしい。
それまでも隷属身分であっても軍人になるものはいるにはいたが、公の場での教育は行われていなかった。大抵は買われた先で教師なりをつけてもらうのが一般的だったのだ。モモセに家に籠るしかなくなるそのやり方は致命的に向かないし、ウルドにも向いていない。この国では少年を教えるのに女性の教師は決してつけられないし、そうなると選択肢は男以外にない。モモセは自分に触れるものなどウルド以外にいない、と言ったが、それは自己認識の致命的な誤りだ。あれほど綺麗な仔どももウルドは知らない。そも神が粋を集めて創ったという生き物が<神の血統>なのであって、その寵愛を一身に浴びた種族の血を引く仔どもがたとえ不可触民と言えども美しくないはずがないのだった。しかも残りの半分の血が王族となれば、それは保証されたも同然である。
もし不可触民であっても教えることに偏見を持たないのであれば、万一が起こってもおかしくはないのだ。ウルドは自分自身を信じていないように、ほかのどの男もこの件では信じていない。
結果として選択肢はこの学校しかなかったのだ。
理事にモモセのことを話すとき、素性は伏せた。不可触民などと言えば流石に表面上は穏やかな理事も黙ってはいないはずだった。不可触民はあらゆる意味で別格だ。自分がとんでもないことをしようとしている自覚はあった。ウルドとて馬鹿ではない。ばれたらどうなるか、分からないほど性能に劣る脳を持っていた覚えはなかった。
外に出さなければ、平穏は保障されていたというのに……。
――――いや、考えても詮ないことだ。
ウルドは何度も繰り返した考えを捨て、思考を切り替えて幼い仔どものことに神経を集中させた。日がな一日嫌がられながらも触れあって過ごし続けてきたため、モモセにはウルドのベゼルが移っている。馬車のなかでも、たっぷり上書きした。誰から見てもモモセからは所有を主張するウルドの意思が感じられるだろう。辿るのは容易い。
足を踏み出したとき、馴染み深いベゼルの気配を感じてウルドは眉を跳ねた。左手の角から姿を見せたのは、いるはずもないホヅミだった。
「――何でお前がこんなとこにいるんだ」
懐疑心に満ちた声が喉から洩れる。何せ彼には前科がある。実のところウルドはホヅミに、<神の血統>との雑ざりものが見つかったらすぐにでも連絡しろと言ってあったのだ。クテイのお陰で何とかことなきを得たとはいえ、それが彼の信頼回復に繋がるわけではない。クテイは心優しい子どもだった。ホヅミはいい部下を持った。それだけだ。
ホヅミはひょいと肩を竦め、口端を持ち上げた。
「挨拶だな、ウルド。母校に来ちゃ悪ィか」
「お前が利益にならんことをするはずがない」
「買いかぶりすぎだ、そりゃ。俺だって感傷に浸りたくなるときくらいある」
「頭でも沸いたか」
ホヅミが感傷などという殊勝な感情を持っているはずがない。そもそもそんな単語を知っていたことが奇跡だとウルドは目を眇めた。第一あれは褒め言葉ではない。返答からしてもホヅミがいかに図太いかが窺える。
こうして話していれば常に嫌みの応酬になることは幼年学校時代から承知していることだったので、ウルドは早々に話を元に戻した。思えば長い付き合いである。
「で、お前は何でここにいるんだ」
「あのガキとは別行動か。お前さんの気配がふたつあったせいでどっちへ行こうか迷った」
「……よくこっちだと分かったな」
疲労が二倍増しで双肩に圧し掛かってくるのを感じつつ、ウルドは律儀に応えてやる。ホヅミは自分の関心ごとしか喋らない。そのためよく会話が食い違うが、これはこちらが相手に合わせてやるしか解決法はないのだった。
「俺をそこらの馬鹿と一緒にするんじゃねェよ。ちょいと探ってみりゃ一目瞭然だ。ついでにお前さんがいかにべたべたひっつきまわってるかもな」
ウルドは辟易し、口をつぐんだ。
そこまで分かるくらいなら相応の職につけばよかったものを、ホヅミは何を好き好んでか奴隷商人だ。才能もあり、人を惹きつける魅力もある。その求心力が誤った方向に使われた結果が、今の彼だ。階級も申し分ない男だった。なにせ神官階級である。階級ではウルドを越えるのだ。神学校では手が付けられず、それならばと放り込まれた幼年学校で、ウルドと出会った。その後士官学校まで進んだあげく、そこをも飛び出し、スラムで商売を始めた。
それが今のホヅミ、スラム内で一番の勢力を誇る男。
各業界に太いパイプを持っており、その最大の一本が、ウルドだ。しがない部署に身を置く准将とはいえ、ウルドに楯突ける者はそう多くはない。
全く違った道を選んだにも拘らず、だからこそいまだに友好が続いており、役に立つ。ホヅミにとってもそれは同じだ。持ちつ持たれつ。
ウルドは額を押さえていた手を振った。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
チート魔王はつまらない。
碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王
───────────
~あらすじ~
優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。
その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。
そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。
しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。
そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──?
───────────
何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*)
最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`)
※BLove様でも掲載中の作品です。
※感想、質問大歓迎です!!
インバーション・カース 〜異世界へ飛ばされた僕が獣人彼氏に堕ちるまでの話〜
月咲やまな
BL
ルプス王国に、王子として“孕み子(繁栄を内に孕む者)”と呼ばれる者が産まれた。孕み子は内に秘めた強大な魔力と、大いなる者からの祝福をもって国に繁栄をもたらす事が約束されている。だがその者は、同時に呪われてもいた。
呪いを克服しなければ、繁栄は訪れない。
呪いを封じ込める事が出来る者は、この世界には居ない。そう、この世界には——
アルバイトの帰り道。九十九柊也(つくもとうや)は公園でキツネみたいな姿をしたおかしな生き物を拾った。「腹が減ったから何か寄越せ」とせっつかれ、家まで連れて行き、食べ物をあげたらあげたで今度は「お礼をしてあげる」と、柊也は望まずして異世界へ飛ばされてしまった。
「無理です!能無しの僕に世界なんか救えませんって!ゲームじゃあるまいし!」
言いたい事は山の様にあれども、柊也はルプス王国の領土内にある森で助けてくれた狐耳の生えた獣人・ルナールという青年と共に、逢った事も無い王子の呪いを解除する為、時々モブキャラ化しながらも奔走することとなるのだった。
○獣耳ありお兄さんと、異世界転移者のお話です。
○執着系・体格差・BL作品
【R18】作品ですのでご注意下さい。
【関連作品】
『古書店の精霊』
【第7回BL小説大賞:397位】
※2019/11/10にタイトルを『インバーション・カース』から変更しました。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった
佐伯亜美
BL
この世界は獣人と人間が共生している。
それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。
その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。
その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。
「なんで……嘘つくんですか?」
今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。
銀色の精霊族と鬼の騎士団長
柊
BL
スイは義兄に狂った愛情を注がれ、屋敷に監禁される日々を送っていた。そんなスイを救い出したのが王国最強の騎士団長エリトだった。スイはエリトに溺愛されて一緒に暮らしていたが、とある理由でエリトの前から姿を消した。
それから四年。スイは遠く離れた町で結界をはる仕事をして生計を立てていたが、どうやらエリトはまだ自分を探しているらしい。なのに仕事の都合で騎士団のいる王都に異動になってしまった!見つかったら今度こそ逃げられない。全力で逃げなくては。
捕まえたい執着美形攻めと、逃げたい訳ありきれいめ受けの攻防戦。
※流血表現あり。エリトは鬼族(吸血鬼)なので主人公の血を好みます。
※予告なく性描写が入ります。
※一部メイン攻め以外との性描写あり。総受け気味。
※シリアスもありますが基本的に明るめのお話です。
※ムーンライトノベルスにも掲載しています。
異世界に転移したショタは森でスローライフ中
ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。
ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。
仲良しの二人のほのぼのストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる