上 下
22 / 41
It's a new world I start, but I don't need you anymore.

3

しおりを挟む

 庭園を突っ切ると階段があり、その上が校舎である。白い日干し砂でできた校舎は荘厳で美しい。こちらもまた完璧な左右対称で、こだわりと粋を集められた芸術作品のようなのであった。

 幼年学校という通称で呼ばれる国立校で入学可能年齢は八歳から十四歳まで。モモセはぎりぎりでその基準に引っかかったのだった。そこから卒業までは履修を早めない限り通常六年。学生たちは身分や立場の違いによって知的水準に著しく差があり、そのため早々に卒業をしていくものも多い。最もそのほとんどが貴族階級以上の子息たちなのだったが。

 市民階級以下に解放された一般枠の学費は基本的に全免除で、一年に四回募集がかかる。その倍率はすさまじくなかなかスラム出にその枠が回ってくることはない。

 必要であれば寮も無償で提供されているので、運よく入学にこぎつけたスラム出の仔どもたちにはまさに天国のような場所なのだった。少なくとも毎期の試験に合格すれば、六か年の衣食住は保証されているのである。

 しかし誰もが同じ扱いを受けられるわけではない。ここでも、身分の差は歴然と存在した。授業内容は同じであったが、貴族階級とその他は教室も寮もすべて区別されている。そして市民階級と隷属階級とでも、住み分けはきっちりとなされていた。

 なぜウルドがあえてこの学校にモモセを入れたかと言えば、民間の学校と異なり、基礎教育の他にベゼルを扱うための英才教育を行っていたからである。幼年学校は軍事士官学校に至るための前過程で、軍事士官学校から上にいくにはある程度ベゼルが使えなければ話にならない。

 基本的にここを卒業した後は、士官学校に入るのが普通なのだ。

「って言っても、必ず入れるわけじゃないんだけどね」

 そう説明するヒタキは今、校舎内を案内してくれていた。今歩いているのは二階の学習棟である。

 先ほど鐘が鳴り、ヒタキ以外の仔どもたちはそれぞれの教室へ帰っていっていた。聞けばこれは昼時の鐘ではないのだと言う。授業の始まりと終わりには鐘がなるらしい。よくよく聞いてみれば、確かに聞き慣れているものとは音階が異なる。彼らより年長だったヒタキはちょうど授業に空きがあるらしく、そのまま案内を続けてくれた。

 建物の内部も白を基調としているらしく、清潔感に溢れている。廊下には窓といったものはなく、開放されていた。近年建てられ始めた金を掛けられた建物以外には通常の建物にも窓などは入っていないものの、モモセはこの広さにはやはり慣れず、居心地の悪い思いをしなければならなかった。馴染む日は果たして来るのか、怪しいところだ。近い内に通うようになるのに、実感はほとんどない。

 学校、本当に想像もしたこともなかった世界だ。

「まあ、オレは軍人になるけど。スラムに帰っても録な仕事ないし。最悪死んじゃうしね。同じ死ぬでも、無意味に死ぬのと軍人として死ぬのとでは大違いだ。大洗流なんて物騒なもんあるし」

 モモセはふと足を止めた。

「……大洗流、」

 呟く声にヒタキはしまった、とでも言うような顔を作った。

 それにモモセはきょとんとする。

「ごめん! 嫌なこと思い出させちゃった? モモセも大洗流で捕まったんでしょ?」
「……そう、」

 膨れるスラムを潰すために、国は不定期にスラムを蹂躙する。それはいつも唐突で逃げられるかどうかは完全に運なのだった。情報が流れてきたときは、幸運だ。

 そしてその隙を浚うように奴隷商に捕まり、研究資材として売られそうになった。――いや、売られたこと自体は変わっていない。買ったのがウルドだっただけの話だ。

 それがどれだけの違いだっただろうとモモセは思う。

 そういうことか、とモモセは分かった。ヒタキはモモセの、思い出したくない過去に触れてしまったと思ったのだ。

「ここにいるってことはホヅミさんのところに取り上げられたね。あの人は色んなルートを持ってるから」

 ホヅミ、荒々しい雰囲気を持つ男の名を、口内で転がす。モモセははっと顔を上げた。初めてヒタキを見かけたときに脳内にちらついた顔が鮮明に浮き上がった。

「――クテイ、」
「クテイ? ――ああ、」

 ――のことか。少しの間のあと合点がいったのか、ヒタキは頷いた。

「あの仔を知ってるの?」
「助けてもらった。――多分」

 クテイがウルドを呼んでくれた。ホヅミはウルドに売る気はなかった。

「助けて? さすが、あの仔だ。いつもそうだ。めちゃくちゃ怖がりで怯えてばっかのくせに、そうやって誰かを助けようとするんだ。オレとあの仔は同族でさ、分かるだろ?」

 はたりとヒタキは尻尾を揺らす。

「ずっと一緒にいて、一緒に大洗流にあって、一緒にホヅミさんのところに連れていかれた。三年前だよ、そこでウルドに逢ったんだ。そこにいたベゼルを使える仔たちはみんなこの学校に連れてこられたけど、あの仔は、」

 明るく喋っていたヒタキはそこで不意に口調を落とした。軽快に鳴っていた足音が潜められる。

「――そこまで才能がなかったから」

 ヒタキの肩が震える。泣くのか、と身構えたモモセだったが、ヒタキは笑った。

「いや、もしかしたら入学できたかもしれないんだけど。ホヅミさんがあの仔はダメだって。あの仔、ナイフがうまくてね。はじめてホヅミさんにあったとき、刺そうとしたんだ。失敗したけど。それで、変に気に入られちゃったんだな」

 気に入る、あれが。
 そもそも、刺されそうになって気に入るという根性がまずもってモモセには理解できない。

「でも元気ならよかった。ホヅミさんのとこにいるのは知ってたけど、やっぱり気になってたから。どこにいるのか分かんなくて、逢えてないんだ」

 モモセは瞬いた。

 元気そう。――元気そう、だろうか。あれは虐げられていたわけではないのだろうか。

 ――――きっと、そうだった。クテイの歪められた瞳を、モモセはちゃんと覚えている。自分が初めて誰かに伸ばした手を、ホヅミによって阻まれたことも。

「うん、元気、……だったよ」

 けれど安心したと笑うヒタキに、モモセが何を言えると言うのだろう。彼を苦しめることになる。

 そのためモモセはそれ以上を語ることは出来ず曖昧に微笑み、話題を変えた。ヒタキは気にした様子もなく、その話題に乗ってくる。

 共通の話題といえばスラムでのことだったが、それを持ち出して互いに慰め合うような情けないことはしたくなかった。そうして残されたのが、ウルドのことしかなかったのは、哀しかったが。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート魔王はつまらない。

碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王 ─────────── ~あらすじ~ 優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。 その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。 そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。 しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。 そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──? ─────────── 何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*) 最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`) ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※感想、質問大歓迎です!!

インバーション・カース 〜異世界へ飛ばされた僕が獣人彼氏に堕ちるまでの話〜

月咲やまな
BL
 ルプス王国に、王子として“孕み子(繁栄を内に孕む者)”と呼ばれる者が産まれた。孕み子は内に秘めた強大な魔力と、大いなる者からの祝福をもって国に繁栄をもたらす事が約束されている。だがその者は、同時に呪われてもいた。  呪いを克服しなければ、繁栄は訪れない。  呪いを封じ込める事が出来る者は、この世界には居ない。そう、この世界には——  アルバイトの帰り道。九十九柊也(つくもとうや)は公園でキツネみたいな姿をしたおかしな生き物を拾った。「腹が減ったから何か寄越せ」とせっつかれ、家まで連れて行き、食べ物をあげたらあげたで今度は「お礼をしてあげる」と、柊也は望まずして異世界へ飛ばされてしまった。 「無理です!能無しの僕に世界なんか救えませんって!ゲームじゃあるまいし!」  言いたい事は山の様にあれども、柊也はルプス王国の領土内にある森で助けてくれた狐耳の生えた獣人・ルナールという青年と共に、逢った事も無い王子の呪いを解除する為、時々モブキャラ化しながらも奔走することとなるのだった。  ○獣耳ありお兄さんと、異世界転移者のお話です。  ○執着系・体格差・BL作品 【R18】作品ですのでご注意下さい。 【関連作品】  『古書店の精霊』 【第7回BL小説大賞:397位】 ※2019/11/10にタイトルを『インバーション・カース』から変更しました。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった

佐伯亜美
BL
 この世界は獣人と人間が共生している。  それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。  その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。  その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。 「なんで……嘘つくんですか?」  今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

銀色の精霊族と鬼の騎士団長

BL
 スイは義兄に狂った愛情を注がれ、屋敷に監禁される日々を送っていた。そんなスイを救い出したのが王国最強の騎士団長エリトだった。スイはエリトに溺愛されて一緒に暮らしていたが、とある理由でエリトの前から姿を消した。  それから四年。スイは遠く離れた町で結界をはる仕事をして生計を立てていたが、どうやらエリトはまだ自分を探しているらしい。なのに仕事の都合で騎士団のいる王都に異動になってしまった!見つかったら今度こそ逃げられない。全力で逃げなくては。  捕まえたい執着美形攻めと、逃げたい訳ありきれいめ受けの攻防戦。 ※流血表現あり。エリトは鬼族(吸血鬼)なので主人公の血を好みます。 ※予告なく性描写が入ります。 ※一部メイン攻め以外との性描写あり。総受け気味。 ※シリアスもありますが基本的に明るめのお話です。 ※ムーンライトノベルスにも掲載しています。

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

捨てられ子供は愛される

やらぎはら響
BL
奴隷のリッカはある日富豪のセルフィルトに出会い買われた。 リッカの愛され生活が始まる。 タイトルを【奴隷の子供は愛される】から改題しました。

処理中です...