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The sweet little thing that everyone has a hunger to have
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しおりを挟むモモセの足元から出現していた環は、ホヅミが四方に打ち立てた結界に阻まれ消失していた。彼はそのまま防御から攻勢へと転換し、モモセの肉体を強制的に睡眠へと叩き込む。それが事実物理攻撃ではなかったのが、幸いといえばそうなのだろう。
モモセが作り出したものとは違う灰色に発光する円環を閉じ、ホヅミはぼそりと呟く。
「――まかりなりにも<神の血統>、か」
それは返答するものを必要としない独り言にすぎなかったのだが、クテイはそれに律儀に反応して自身を引き寄せている男を見上げた。
初めはクテイがホヅミの腕を引く形だった。しかしモモセの環が弾ける直前、ホヅミはクテイを庇うような仕草をしてみせたのだった。
「ベゼルの潜在能力は十分らしいな」
ホヅミはクテイの視線には気づかず、モモセに目を向けたまま続ける。
クテイは目を見張り、そして量の多い睫毛を震わせ、顎を俯けた。クテイの黒い耳は、ぴんと立っているのが常であるが、今は伏せられてしまっている。尻尾も同じくしおしおと垂れて床を擦った。
ホヅミにはおそらく他意はなかったであろうが、今しがた彼が口にした台詞はクテイにとっては禁句にも等しい。いや、クテイのみならず、弱い獣であれば皆そうか。
人型になるだけの才能を持って産まれた獣種は、種族がなんであれベゼルという能力を行使できる存在であることを公言しているのも同意である。
ベゼル、とは、世界を構築する流素であり、それを用いた術の総称だ。
獣であるという誇りを持つ種族や、個でなければ、大抵の獣は体内を循環するベゼルを上手く調節し、特徴的な耳と尾などは隠す。それが強い力を持つ証明だからだ。肉体を造り変え、流れるベゼルを上手に扱えない個ほど、細部の獣の名残は現れたままになる。
モモセら<神の血統>も、本来は銀狼と呼ばれる種族だ。ベゼル濃度が他の獣種と比べて極めて高いという理由も含め、彼らにはその尊称が与えられていた。彼らは世界を循環するベゼルを自由自在に操れる。もちろん自身の体内を流れるベゼルも制御できないはずはないが、<神の血統>と呼ばれる自身らへの自負のため、獣の特徴を有するどの部位も隠すことはなかった。
ベゼルは神から授かった力、というのが、この国の基本理念だ。
神はベゼルを用い、世界と、ありとあらゆる種の生き物を造った。そして神は人と同じ姿をしていたという神話から他種族からの人間に対する憧憬は深く、獣が人型に執着するのはそこから由来してきてもいた。
クテイは黒犬という種であり、モモセのような銀狼ならばいざ知らず極めて凡庸な種族の一で、取り立てて獣であることに意義を感じてはいない。クテイ自身も奴隷階級に産まれ、ホヅミの庇護下に入るまでは常に搾取される側として卑屈に生きてきていた。出自への矜持も、自身への矜持も、とても持てたものではない。
つまるところそうであるのにクテイが耳を仕舞えていないのは、ベゼルを操る能力が低い証に他ならなかった。
ホヅミは今回においてはそのことでクテイを揶揄するためにあの台詞を発したわけではないことは底辺に感嘆を含ませていた彼の口調から窺えたが、クテイは思わず自嘲せずにはいられないのだった。
そも素直な賞賛こそが、常に他者を下に見る傾向があるホヅミにとってはひどく珍しいことなのだ。それはそれなりの関心がモモセに芽生えたという証左に他ならず、クテイは小さな焦燥が胸の奥に湧くのを感じていた。
「――ホヅミ、さん」
無意識に頼りなげな声が唇から落ち、クテイは声帯を震わせたその己の声に驚いて身体を強張らせた。
そこでようやっとホヅミはクテイの存在を再認識したらしく、クテイの痩せた腰を掴んだ手に一瞬力を込める。
「――クテイ、」
そこは純粋に、他意のない声でクテイは名前を呼ばれた。
言うや、支えた手を放されて、クテイは若干よろめきつつも身体を支える。まともな食事をとれるようになった今でも骨格の出来上がっていない身体は華奢で肉付きが悪く、不健康だった。
再度、おどおどとクテイはホヅミを見上げた。そのときのホヅミの瞳には一瞬間の内に取り戻された暗い愉悦が漂っていた。彼お得意の表情。
はい、とクテイがそれだけの返事すら満足に出来ずにいると、ホヅミは取り繕ったような真顔で訊ねてきた。
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