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The sweet little thing that everyone has a hunger to have
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狭い室内に突き飛ばされた。後ろ手にされた手枷に加え、足枷もされていたせいで身体を支えることが出来ず、強かに肩を床にぶつけた。呻き声が口を次いで出、息を吸い込んだとたん部屋のあまりの埃っぽさに咳き込む。掃除などこの数年されてこなかったに違いない。周囲には砂ぼこりが舞い、床にもそれなりの量が蓄積している。停滞し続けていた空気は重く薄い。
備え付けられた窓は小さく、申し訳程度の陽光がぼんやりと埃を光らせている。高い位置にあるそれは鉄の格子がはめ込まれており、空気は入れども十分な期待できそうにない心もとなさであった。そして同時にそれはこの部屋から逃げ出せないことも示していた。
モモセは唯一の出入り口を塞いでいる男たちを、なけなしの矜持をもって睨みつけた。その反抗を見世物でも見る眼差しで彼らは見下ろす。本当は、ひどく怯えていることが分かっているからだ。隠そうにも人間よりも余程強く感情を表すように造られた耳は細かく震え、尻尾の毛も逆立っている。
「大洗流様々だな」
ニヤリと卑下た笑みを浮かべ、ひとりの大柄な男がモモセの顎を掴んだ。肌は浅黒く髭面で、反対に剃っているのか髪は一本もない。
「何てこたないスラムの一掃だってのに、こんな上玉がタダで手に入るんだからな」
「ッ触んな!」
手を使うことができないので、頭を振ってモモセは振り払おうとした。しかしそれよりも強い力が指先に加えられ、頬に食い込む。
「旬は些か過ぎてるみたいだが、それでも欲しいっつー金持ちのヘンタイ色ボケジジイは幾らでも居るからな。上手く逃げ回ってたんだろうが、ツイてねえな」
「マァ、奴隷商人に捕まったのが運のツキってな。精々可愛い顔利用して可愛がってもらえ」
嫌らしい哂い声が弾ける。モモセを掴む男と、逃げだせないように入り口を固める二人の男から。
このまだ骨格も十分にできていない幼い少年の、あられもない痴態を想像したのだろう。彼らの発する言葉に、モモセは震えあがった。男たちはモモセを性的な愛玩道具として、売り払おうというのだ。
「カワイソーな話だよ。<神の血統>なんざ基本神殿でしかお目に掛かれねえ希少種だってのに。スラムに追いやられて? こんなとこで売られるなんてよ」
モモセの衣服とも呼べない襤褸布を見、男は嗤笑する。
モモセは乱暴に首を振って、今度こそ男の手を跳ねのけた。男はそれに不快感を閃かせ、モモセの銀糸の髪を掴む。手荒に顎を反らされ、痛みに顔が歪んだ。
「奴隷階級に堕ちた獣種ごときが商人様にそんな態度取っていいと思ってんのか? 売っ払う前に犯してやってもいいんだぜ?」
至近距離から覗きこみ、男はねっとりと絡まる声を出した。優位を確信した声だ。
階級制度は絶対である。商人が含まれるのは平民階級でありスラムに住む奴隷とはたったひとつしかその差はないが、それだけの違いがこのアルムレンシスでは非常に大きな格差だった。
「おい」
新しく響いた声に、振り返る男たちと一緒にモモセも目を遣った。
――髭面たちとは違う。目にした瞬間にそれが分かった。
冷たい空気が周囲に凝り、モモセは浅く喘いだ。
開けられた扉から顔を覗かせていたのは背の高い男だった。黄色のガラスが入った四角いフレームのサングラスをかけ、黒いロングコートを身に着けていた。それらは近年になってこの国に入ってきた異国の品だ。後ろに撫でつけられたこげ茶の髪、唇には煙草が咥えられており、わざわざ室内に煙を吐き出すせいでせいぜい大人が五人も詰め込まれれば窮屈を感じるだろう狭い室内は、すぐに空気が薄くなり代わりに濁った白で満たされた。
「それが、」
モモセに目線を向け、短く問う彼に男たちは慌てて頷いた。塞いでいたわけでもないのに扉から退き、丁寧な物腰で咥え煙草は室内に通された。モモセには髭面たちよりも咥え煙草の方が幾分か年少に見えたが、男たちのその態度から、彼の立場が窺える。俊敏すぎる動作で手を離され、モモセは軽くだが咳き込んだ。一歩でモモセの前に立った彼は高次からサングラス越しに仔どもを見下ろし、ふと何かに気づいたように眉間に深い皺を刻んだ。
「俺は<神の血統>が手に入ったと聞いたがな。――このベゼルの波紋、」
モモセの持つ黒い眼球を見、煙と一緒に男は確実に不機嫌を底辺に刻み込んだ声を発した。
「奴らの瞳は黒だったか……?」
口調は殆どそのことを否定しており、実際男はその直後にそう口にした。
「否、金だ。髪は銀、六尾」
呟きながら男は無造作にモモセを蹴り飛ばした。音もなく辺りには動揺が広がる。
モモセも声を上げることは出来なかった。痛みは遅れてやってきた。打ちつけた左肩と蹴られた右肩、じんわりと熱が広がる。
目の前に晒された尾に、そこは冷静に男が言った。
「二本切りだな」
直後、男は衣から出ている尾を踏みつけた。
「うあ……っ」
モモセは痛む肩を縮め反射的に尾を取り戻そうとしたが、貧しい暮らしをしていても損なわれることのなかった美しい毛並みはいやに質のいい皮靴に無残にも床に押し付けられていた。
「い、た……」
モモセは唇を噛んだが、堪え切れない悲鳴が小さく口を次いで出た。涙が目尻に溜まっていき、痩せた頬を滑る。モモセは縋るように己の纏う襤褸の背を握りしめた。咥え煙草は尾に負荷を与え続け、靴先で抉られるたびにモモセの躯には痺れるような痛みが走った。
「はな、ぁッ」
離して、と言いかけた台詞は痛みに意識を取られたせいで、喉元で掠れて消える。
「あんまり乱暴に扱うもんじゃ……、商品ですぜ」
「ショウヒィ―――ン?」
ヒステリックな女の裏声に近い声で唸って、男はモモセを解放するや、視線を髭面に向けた。鋭い視線に曝され、彼は身体をこわばらせる。
尾を襤褸の中に抱え込み、次に来るかもしれない制裁にモモセは最大限に身を縮めた。しかし、男は忌々しげに舌打ちしただけだった。
「毛が銀ってだけで<神の血統>なんざ思うんじゃねェ。ベゼルの波紋も読めねェのか。ついでに目の色も違うだろうが? あ? 希少種が、そりゃスラムにもいるよなァ。――マザリモノ、の不可触民!」
モモセは顔を蒼褪めさせ、腕を持ち上げようとした。耳を塞ぐつもりだったのだろうか。けれど仔どもの手首は短い鎖で縛められていて、金属のザラついた音を鳴らすばかりでしかもそれは男の声を掻き消すには足りない。
モモセはただ凍りついた瞳で目の前の男を見上げるばかりだった。
「手! 手ェ洗ってきやす!」
そんなモモセを停滞する思考から引き吊り上げたのは、咥え煙草に忠言した髭面だった。
「不可触民かよ!」
モモセに触れた手を持て余し気味に前に掲げ、彼は慌ただしく狭い廊下に飛び出していく。その後に、顔を蒼褪めさせた二人の男たちも。モモセはその様子を見ることはせず、足音が彼の耳を持ってしても聞こえなくなった頃にようやく肘と腰を使って身を起こした。
項垂れて坐り込むモモセに、頭上からまったりとした生ぬるい声が降らされる。
「どうするかなァ」
含むものがある人間は何故こうも絡みつくような、ゆるい声を出すのだろう。モモセは身震いして痛みが濃く残る尾を股の間に抱えた。
「クテイ」
副流煙を撒き散らしながら、男は後ろを振り返った。入口に隠れるようにして、そこにはモモセと背格好の似た少年が縮こまるように立っていた。
備え付けられた窓は小さく、申し訳程度の陽光がぼんやりと埃を光らせている。高い位置にあるそれは鉄の格子がはめ込まれており、空気は入れども十分な期待できそうにない心もとなさであった。そして同時にそれはこの部屋から逃げ出せないことも示していた。
モモセは唯一の出入り口を塞いでいる男たちを、なけなしの矜持をもって睨みつけた。その反抗を見世物でも見る眼差しで彼らは見下ろす。本当は、ひどく怯えていることが分かっているからだ。隠そうにも人間よりも余程強く感情を表すように造られた耳は細かく震え、尻尾の毛も逆立っている。
「大洗流様々だな」
ニヤリと卑下た笑みを浮かべ、ひとりの大柄な男がモモセの顎を掴んだ。肌は浅黒く髭面で、反対に剃っているのか髪は一本もない。
「何てこたないスラムの一掃だってのに、こんな上玉がタダで手に入るんだからな」
「ッ触んな!」
手を使うことができないので、頭を振ってモモセは振り払おうとした。しかしそれよりも強い力が指先に加えられ、頬に食い込む。
「旬は些か過ぎてるみたいだが、それでも欲しいっつー金持ちのヘンタイ色ボケジジイは幾らでも居るからな。上手く逃げ回ってたんだろうが、ツイてねえな」
「マァ、奴隷商人に捕まったのが運のツキってな。精々可愛い顔利用して可愛がってもらえ」
嫌らしい哂い声が弾ける。モモセを掴む男と、逃げだせないように入り口を固める二人の男から。
このまだ骨格も十分にできていない幼い少年の、あられもない痴態を想像したのだろう。彼らの発する言葉に、モモセは震えあがった。男たちはモモセを性的な愛玩道具として、売り払おうというのだ。
「カワイソーな話だよ。<神の血統>なんざ基本神殿でしかお目に掛かれねえ希少種だってのに。スラムに追いやられて? こんなとこで売られるなんてよ」
モモセの衣服とも呼べない襤褸布を見、男は嗤笑する。
モモセは乱暴に首を振って、今度こそ男の手を跳ねのけた。男はそれに不快感を閃かせ、モモセの銀糸の髪を掴む。手荒に顎を反らされ、痛みに顔が歪んだ。
「奴隷階級に堕ちた獣種ごときが商人様にそんな態度取っていいと思ってんのか? 売っ払う前に犯してやってもいいんだぜ?」
至近距離から覗きこみ、男はねっとりと絡まる声を出した。優位を確信した声だ。
階級制度は絶対である。商人が含まれるのは平民階級でありスラムに住む奴隷とはたったひとつしかその差はないが、それだけの違いがこのアルムレンシスでは非常に大きな格差だった。
「おい」
新しく響いた声に、振り返る男たちと一緒にモモセも目を遣った。
――髭面たちとは違う。目にした瞬間にそれが分かった。
冷たい空気が周囲に凝り、モモセは浅く喘いだ。
開けられた扉から顔を覗かせていたのは背の高い男だった。黄色のガラスが入った四角いフレームのサングラスをかけ、黒いロングコートを身に着けていた。それらは近年になってこの国に入ってきた異国の品だ。後ろに撫でつけられたこげ茶の髪、唇には煙草が咥えられており、わざわざ室内に煙を吐き出すせいでせいぜい大人が五人も詰め込まれれば窮屈を感じるだろう狭い室内は、すぐに空気が薄くなり代わりに濁った白で満たされた。
「それが、」
モモセに目線を向け、短く問う彼に男たちは慌てて頷いた。塞いでいたわけでもないのに扉から退き、丁寧な物腰で咥え煙草は室内に通された。モモセには髭面たちよりも咥え煙草の方が幾分か年少に見えたが、男たちのその態度から、彼の立場が窺える。俊敏すぎる動作で手を離され、モモセは軽くだが咳き込んだ。一歩でモモセの前に立った彼は高次からサングラス越しに仔どもを見下ろし、ふと何かに気づいたように眉間に深い皺を刻んだ。
「俺は<神の血統>が手に入ったと聞いたがな。――このベゼルの波紋、」
モモセの持つ黒い眼球を見、煙と一緒に男は確実に不機嫌を底辺に刻み込んだ声を発した。
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口調は殆どそのことを否定しており、実際男はその直後にそう口にした。
「否、金だ。髪は銀、六尾」
呟きながら男は無造作にモモセを蹴り飛ばした。音もなく辺りには動揺が広がる。
モモセも声を上げることは出来なかった。痛みは遅れてやってきた。打ちつけた左肩と蹴られた右肩、じんわりと熱が広がる。
目の前に晒された尾に、そこは冷静に男が言った。
「二本切りだな」
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「うあ……っ」
モモセは痛む肩を縮め反射的に尾を取り戻そうとしたが、貧しい暮らしをしていても損なわれることのなかった美しい毛並みはいやに質のいい皮靴に無残にも床に押し付けられていた。
「い、た……」
モモセは唇を噛んだが、堪え切れない悲鳴が小さく口を次いで出た。涙が目尻に溜まっていき、痩せた頬を滑る。モモセは縋るように己の纏う襤褸の背を握りしめた。咥え煙草は尾に負荷を与え続け、靴先で抉られるたびにモモセの躯には痺れるような痛みが走った。
「はな、ぁッ」
離して、と言いかけた台詞は痛みに意識を取られたせいで、喉元で掠れて消える。
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ヒステリックな女の裏声に近い声で唸って、男はモモセを解放するや、視線を髭面に向けた。鋭い視線に曝され、彼は身体をこわばらせる。
尾を襤褸の中に抱え込み、次に来るかもしれない制裁にモモセは最大限に身を縮めた。しかし、男は忌々しげに舌打ちしただけだった。
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モモセは顔を蒼褪めさせ、腕を持ち上げようとした。耳を塞ぐつもりだったのだろうか。けれど仔どもの手首は短い鎖で縛められていて、金属のザラついた音を鳴らすばかりでしかもそれは男の声を掻き消すには足りない。
モモセはただ凍りついた瞳で目の前の男を見上げるばかりだった。
「手! 手ェ洗ってきやす!」
そんなモモセを停滞する思考から引き吊り上げたのは、咥え煙草に忠言した髭面だった。
「不可触民かよ!」
モモセに触れた手を持て余し気味に前に掲げ、彼は慌ただしく狭い廊下に飛び出していく。その後に、顔を蒼褪めさせた二人の男たちも。モモセはその様子を見ることはせず、足音が彼の耳を持ってしても聞こえなくなった頃にようやく肘と腰を使って身を起こした。
項垂れて坐り込むモモセに、頭上からまったりとした生ぬるい声が降らされる。
「どうするかなァ」
含むものがある人間は何故こうも絡みつくような、ゆるい声を出すのだろう。モモセは身震いして痛みが濃く残る尾を股の間に抱えた。
「クテイ」
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