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感憤な女伯爵
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詰所についた途端、緊張が切れたのかルグランジュは気を失った。アクリュスが彼の手を引いて小部屋を出た瞬間のことだったため、自分より背の高いルグランジュが倒れてきた彼女は上手く受け止められず下敷きになってしまったのは言うまでもない。その上運悪く左手首を捻ってしまった。
普段であれば魔法で身体強化をしてルグランジュを押し退けることなど容易いことだ。しかし、不幸にも今のアクリュスには魔力がほぼ残っていない。もし少しでも魔力を使えば、魔力枯渇で死ぬだろう。成人男性一人分の体重に顔をしかめることしかできないでいると、階下から音を聞き付けたらしいデイモスが階段を掛け上がってきた。
「何があった……って、アクリュスなら問題ありませんね」
ルグランジュの下敷きになっているアクリュスを見た彼は特に問題なかったと踵を返そうとする。確かに普段のアクリュスなら問題ないのだが、今の彼女は問題大有りだ。
「待て! ルグランジュを仮眠室まで運んでやってくれ。私にはもう魔力が残っていない」
ルグランジュの下から呻くようにデイモスを呼び止める。彼女にしては珍しい切実な声にデイモスは驚きながらも駆け寄った。指先の動きだけでルグランジュを浮かせると、アクリュスが立ち上がるのに手を貸す。痛みのない右手で彼の手を掴んだ彼女は立ち上がると、先程捻ったばかりの左手首を見た。
「あぁ……」
赤く腫れ上がり熱を帯びた手首を見て彼女は落胆した。仮にも貴族女性として目に見える箇所に傷を作らないように心がけていた彼女にとって、この捻挫はよろしくない。
「まったく……。例え死神と言われようともアクリュスはあくまで女性ですからね。こういうことには気をつけてください! ほら、小官が治しますから手を出して」
オカンがいた。
アクリュスの腫れた手首を目ざとく見つけたデイモスはルグランジュを浮かせたまま彼女に詰め寄った。まるで決めどころのように眼鏡がキラーンと光っているが、言っていることはただのオカンである。
特に断る必要もないためアクリュスは大人しく手を差し出した。すぐに患部が淡い光に包まれ、赤みが引き、元通り乳白色の肌へと戻った。
「助かった。恩に切る」
ふっと微笑んでみせた彼女に、デイモスは先ほどから気になっていたことを尋ねた。
「魔力がほとんどないのでしょう? なぜ声が元に戻っていないんです?」
彼の主張通り彼女は魔力が残り少なく、身体強化さえままならないのにも関わらず、魔導具を使って声を変えていた。一瞬キョトンとしたアクリュスだったが、そんなことか、と苦笑する。
「これは特別製でな。あらかじめ魔石に魔力を込めてある」
彼女は軽くイヤーカフに触れる。セバスがオークションで競り落としたあの鉱石は、魔石と呼ばれる類いの珍しい代物である。それの半分を惜しみ無く使用して作られたこの変声の魔導具は、ただでさえ特別と言われるセバスモデルの中でも特別製であった。
驚きのあまり言葉が出ないデイモスに後を任せ、彼女は着替えるために小部屋へと戻っていった。
翌日、アクリュスはルグランジュが療養のためフロイト侯爵家に預けられたことを聞かされた。フロイト侯爵家はタナトスの家である。あの老(自分では否定しているが)隊長はフロイト侯爵家当主でもあった。因みにタナトスには既に成人した子供が四人おり、孫も三人いる。立派なおじいちゃんなのであった。
そんなことはさておき、アクリュスはルグランジュのことが気がかりだった。昨夜、帰りの馬車の中で彼女は自分の初任務のことを思い出していた。
当時錯乱し気絶した後、タナトスによって詰所に戻された彼女は、すぐにセレスティナとしてフラウデン家へと帰された。セバスの判断により筆頭侍女のソリスとジェラルドを王都に残し、セレスティナはセバスによってフラウデン伯爵領へと移される。セバスのこの判断は正しかった。伯爵領の屋敷で意識を取り戻したセレスティナは、まるで壊れた人形のようだったとセバスは記憶している。もちろんセレスティナ自身は知らないが。
目が覚めている間はずっと何かを探すようの血走った目でしきりに辺りを見回し、小さく掠れた声でお父様お母様どこ、と繰り返す。かと思えば幻覚でも見えたかのように急に目をあらんかぎりに見開き、来ないで! と叫んでは気絶したり吐いたりする。やっとのことで寝ついたと思えばすぐに大量の汗をかき、悪夢にうなされすぐに目覚めてしまう。
しかし、彼女の場合は常にセバスが側についてくれて懸命に世話をしてくれた。そのお陰で一ヶ月ほどで立ち直れたのだ。それに彼女の初任務の暗殺対象は恐怖を浮かべただけで、知人でもなければすがり付いてくることもなかった。それに比べてルグランジュはどうだろうか。当時のセレスティナはまだ七歳だったがルグランジュは十九歳。成人してはいるが、相手が相手だ。どれほどのショックを受けたかは分からない。一応タナトスから見舞いに来てほしいと言われているため、後日伺うつもりだ。
「第十三番隊アクリュス、皇帝陛下の令に従い御前、参上いたしました」
扉の前にいた衛兵に召喚状を手渡し、玉座の間に入った彼女ははっきりと到着を告げた。いつも通り赤いビロード張りの玉座に足を組んで座っているルグドラシュに跪く。
「面を上げよ。人払いはしてある。普段であれば報告はもっと遅いそなたが報告を急いたとなると、何かあったのだろう?」
鷹揚に尋ねるルグドラシュの瞳は鈍く煌めいている。これからアクリュスの口から語られるであろう重要なことに嫌な予感がしていた。
「陛下、恐れながら申し上げます。奴等はまだ存在しております」
憎しみが圧し殺しきれていない彼女の口から出てきた言葉に、ルグドラシュはこれ以上ないほど忌々しげに顔を歪めた。皇帝としてあるまじき行為だ。しかし、今回は事が事である。アクリュスの口ら告げられた『奴等』。それは彼女が先日全滅させたはずの裏組織であった。
「……続けろ」
そのことが意味するのは、彼女の復讐が終わっていないこと。そして……。
「先日の暗殺対象が手に持っていた文書に使われていた暗号、そして捺印されていた紋章。間違いなく奴等のものです。十中八九、後ろに公爵家程度の権力がついているかと」
国の裏までも支配しているはずの皇帝ルグドラシュでさえ、組織が壊滅したと思わされていた。それは詰まるところ、皇帝でさえも欺くことができる程の権力が組織のバックについているということを意味する。証拠がそろえば、確実に国家反逆罪で即一族郎党処刑である。
「だろうな……」
ルグドラシュは深くため息をついて頭を抱えた。せっかくアクリュスの復讐が終わったと思ったと安堵した途端、これだ。しかも次は事態が大きくなってしまっている。これはもはや国家存亡に関わるかもしれない、由々しき事態である。
「ただ、私は復讐が終わっていないと分かったため、復讐を再開します。一度始めた以上、最後までやらなければなりません。アクリュスとセレスティナが同一人物であるということの公表は先延ばしにいたします」
赤や金を基調とした荘厳な空間の中で大きな意志を宿したアイスブルーの双眸に、ルグドラシュにはもはや止めることはかなわない。アクリュスの言葉を使うなら、一度認めた以上、最後まで見届けなければならないのだ。
「ああ、止めはしない。だが無理だけはするな。そして自分の命を粗末にするな。両親が体を張って護った命だ。あの組織の後ろに権力がついているとするなら、あの事件も私怨だけでないかもしれん。こちらも調査に出る。分かったことがあればそなたに伝えよう。……ところでセレスティナ。先日の帝国会議では不愉快な思いをさせたな。公爵がすまなかった」
話を変えようと、ルグドラシュは先日の帝国会議のことを謝罪した。とあるポンコツな公爵がフラウデン伯爵家を貶した件だ。前々から事あるごとに絡んできて面倒だったため、セレスティナ自身は清々していたのだが、ルグドラシュは気にしていたらしい。
「謝罪だなんて。ルグドラシュ様の責任ではございませんのに。それに、あなた様はわたくしを庇ってくださったではありませんか。お礼は言えども、謝罪されるようなことはございませんわ。ルグドラシュ様、あの時はありがとうございました」
ふわりと優しい笑顔を浮かべ、美しいカーテシーをした彼女にルグドラシュは眉を下げた。
(これだからそなたに甘えてしまうし、ますます惹かれてしまうのだ……)
恋い焦がれる初々しい39歳の皇帝の心などいざ知らず、アクリュスはすぐに話題をルグランジュに移した。
「そういえば、ルグランジュですが……。正直、危ういです。前々からずいぶんと兄想いな弟君だとは思っていましたが、兄のためというだけで人殺しまでできてしまう。暗殺対象へとどめをさす前に何と言ったと思います?」
アクリュスの真剣な声に、ルグドラシュは甘い気持ちがすぐに吹き飛んだ。
「分からんな。何だ?」
「『貴様のような人間など兄上の帝国には不要だ』ですよ。さすがの私でも戦きました」
アクリュスの言葉を聞いてルグドラシュは明後日の方を見やった。兄想いな弟は好きだが、まさかここまでになっているとは予想もしていなかったのだ。
「まあ、なんだ。……そのうち想い人でもできればなんとかなるだろう」
「ではそれができるよう、兄であるあなた様が早く相手を見つけなければなりませんね。頑張ってください」
苦し紛れに適当なことを言うルグドラシュは、アクリュスに上手く切り返された。しかも自分は全く関係ないと言わんばかりの口調。ルグドラシュは黙りこむことしかできなかった。
玉座の間を後にしたアクリュスが詰所に戻ると、静かに怒りを湛えた彼女を見て、レージュたちが驚いていた。彼らがどうしたのかと尋ねる暇もなく、自分を見る彼らにアクリュスは一言だけいい放った。
「復讐は終わっていなかった」
忌々しげに言い捨てた彼女は他部隊が使用している訓練所へ向かった。
訓練所では第十一、十二番隊が訓練をしていたのだが、第十三番隊隊員の飛び入り参加となり、もの凄く歓迎された。が、すぐにその歓迎は恐怖に変わる。アクリュスは鬱憤を晴らすように数人相手に大鎌を振るっていた。
後日、第十一、十二番隊の中で«仮面の死神»は死神だったとよく分からない噂が流れたのはまた別の話。
普段であれば魔法で身体強化をしてルグランジュを押し退けることなど容易いことだ。しかし、不幸にも今のアクリュスには魔力がほぼ残っていない。もし少しでも魔力を使えば、魔力枯渇で死ぬだろう。成人男性一人分の体重に顔をしかめることしかできないでいると、階下から音を聞き付けたらしいデイモスが階段を掛け上がってきた。
「何があった……って、アクリュスなら問題ありませんね」
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「待て! ルグランジュを仮眠室まで運んでやってくれ。私にはもう魔力が残っていない」
ルグランジュの下から呻くようにデイモスを呼び止める。彼女にしては珍しい切実な声にデイモスは驚きながらも駆け寄った。指先の動きだけでルグランジュを浮かせると、アクリュスが立ち上がるのに手を貸す。痛みのない右手で彼の手を掴んだ彼女は立ち上がると、先程捻ったばかりの左手首を見た。
「あぁ……」
赤く腫れ上がり熱を帯びた手首を見て彼女は落胆した。仮にも貴族女性として目に見える箇所に傷を作らないように心がけていた彼女にとって、この捻挫はよろしくない。
「まったく……。例え死神と言われようともアクリュスはあくまで女性ですからね。こういうことには気をつけてください! ほら、小官が治しますから手を出して」
オカンがいた。
アクリュスの腫れた手首を目ざとく見つけたデイモスはルグランジュを浮かせたまま彼女に詰め寄った。まるで決めどころのように眼鏡がキラーンと光っているが、言っていることはただのオカンである。
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翌日、アクリュスはルグランジュが療養のためフロイト侯爵家に預けられたことを聞かされた。フロイト侯爵家はタナトスの家である。あの老(自分では否定しているが)隊長はフロイト侯爵家当主でもあった。因みにタナトスには既に成人した子供が四人おり、孫も三人いる。立派なおじいちゃんなのであった。
そんなことはさておき、アクリュスはルグランジュのことが気がかりだった。昨夜、帰りの馬車の中で彼女は自分の初任務のことを思い出していた。
当時錯乱し気絶した後、タナトスによって詰所に戻された彼女は、すぐにセレスティナとしてフラウデン家へと帰された。セバスの判断により筆頭侍女のソリスとジェラルドを王都に残し、セレスティナはセバスによってフラウデン伯爵領へと移される。セバスのこの判断は正しかった。伯爵領の屋敷で意識を取り戻したセレスティナは、まるで壊れた人形のようだったとセバスは記憶している。もちろんセレスティナ自身は知らないが。
目が覚めている間はずっと何かを探すようの血走った目でしきりに辺りを見回し、小さく掠れた声でお父様お母様どこ、と繰り返す。かと思えば幻覚でも見えたかのように急に目をあらんかぎりに見開き、来ないで! と叫んでは気絶したり吐いたりする。やっとのことで寝ついたと思えばすぐに大量の汗をかき、悪夢にうなされすぐに目覚めてしまう。
しかし、彼女の場合は常にセバスが側についてくれて懸命に世話をしてくれた。そのお陰で一ヶ月ほどで立ち直れたのだ。それに彼女の初任務の暗殺対象は恐怖を浮かべただけで、知人でもなければすがり付いてくることもなかった。それに比べてルグランジュはどうだろうか。当時のセレスティナはまだ七歳だったがルグランジュは十九歳。成人してはいるが、相手が相手だ。どれほどのショックを受けたかは分からない。一応タナトスから見舞いに来てほしいと言われているため、後日伺うつもりだ。
「第十三番隊アクリュス、皇帝陛下の令に従い御前、参上いたしました」
扉の前にいた衛兵に召喚状を手渡し、玉座の間に入った彼女ははっきりと到着を告げた。いつも通り赤いビロード張りの玉座に足を組んで座っているルグドラシュに跪く。
「面を上げよ。人払いはしてある。普段であれば報告はもっと遅いそなたが報告を急いたとなると、何かあったのだろう?」
鷹揚に尋ねるルグドラシュの瞳は鈍く煌めいている。これからアクリュスの口から語られるであろう重要なことに嫌な予感がしていた。
「陛下、恐れながら申し上げます。奴等はまだ存在しております」
憎しみが圧し殺しきれていない彼女の口から出てきた言葉に、ルグドラシュはこれ以上ないほど忌々しげに顔を歪めた。皇帝としてあるまじき行為だ。しかし、今回は事が事である。アクリュスの口ら告げられた『奴等』。それは彼女が先日全滅させたはずの裏組織であった。
「……続けろ」
そのことが意味するのは、彼女の復讐が終わっていないこと。そして……。
「先日の暗殺対象が手に持っていた文書に使われていた暗号、そして捺印されていた紋章。間違いなく奴等のものです。十中八九、後ろに公爵家程度の権力がついているかと」
国の裏までも支配しているはずの皇帝ルグドラシュでさえ、組織が壊滅したと思わされていた。それは詰まるところ、皇帝でさえも欺くことができる程の権力が組織のバックについているということを意味する。証拠がそろえば、確実に国家反逆罪で即一族郎党処刑である。
「だろうな……」
ルグドラシュは深くため息をついて頭を抱えた。せっかくアクリュスの復讐が終わったと思ったと安堵した途端、これだ。しかも次は事態が大きくなってしまっている。これはもはや国家存亡に関わるかもしれない、由々しき事態である。
「ただ、私は復讐が終わっていないと分かったため、復讐を再開します。一度始めた以上、最後までやらなければなりません。アクリュスとセレスティナが同一人物であるということの公表は先延ばしにいたします」
赤や金を基調とした荘厳な空間の中で大きな意志を宿したアイスブルーの双眸に、ルグドラシュにはもはや止めることはかなわない。アクリュスの言葉を使うなら、一度認めた以上、最後まで見届けなければならないのだ。
「ああ、止めはしない。だが無理だけはするな。そして自分の命を粗末にするな。両親が体を張って護った命だ。あの組織の後ろに権力がついているとするなら、あの事件も私怨だけでないかもしれん。こちらも調査に出る。分かったことがあればそなたに伝えよう。……ところでセレスティナ。先日の帝国会議では不愉快な思いをさせたな。公爵がすまなかった」
話を変えようと、ルグドラシュは先日の帝国会議のことを謝罪した。とあるポンコツな公爵がフラウデン伯爵家を貶した件だ。前々から事あるごとに絡んできて面倒だったため、セレスティナ自身は清々していたのだが、ルグドラシュは気にしていたらしい。
「謝罪だなんて。ルグドラシュ様の責任ではございませんのに。それに、あなた様はわたくしを庇ってくださったではありませんか。お礼は言えども、謝罪されるようなことはございませんわ。ルグドラシュ様、あの時はありがとうございました」
ふわりと優しい笑顔を浮かべ、美しいカーテシーをした彼女にルグドラシュは眉を下げた。
(これだからそなたに甘えてしまうし、ますます惹かれてしまうのだ……)
恋い焦がれる初々しい39歳の皇帝の心などいざ知らず、アクリュスはすぐに話題をルグランジュに移した。
「そういえば、ルグランジュですが……。正直、危ういです。前々からずいぶんと兄想いな弟君だとは思っていましたが、兄のためというだけで人殺しまでできてしまう。暗殺対象へとどめをさす前に何と言ったと思います?」
アクリュスの真剣な声に、ルグドラシュは甘い気持ちがすぐに吹き飛んだ。
「分からんな。何だ?」
「『貴様のような人間など兄上の帝国には不要だ』ですよ。さすがの私でも戦きました」
アクリュスの言葉を聞いてルグドラシュは明後日の方を見やった。兄想いな弟は好きだが、まさかここまでになっているとは予想もしていなかったのだ。
「まあ、なんだ。……そのうち想い人でもできればなんとかなるだろう」
「ではそれができるよう、兄であるあなた様が早く相手を見つけなければなりませんね。頑張ってください」
苦し紛れに適当なことを言うルグドラシュは、アクリュスに上手く切り返された。しかも自分は全く関係ないと言わんばかりの口調。ルグドラシュは黙りこむことしかできなかった。
玉座の間を後にしたアクリュスが詰所に戻ると、静かに怒りを湛えた彼女を見て、レージュたちが驚いていた。彼らがどうしたのかと尋ねる暇もなく、自分を見る彼らにアクリュスは一言だけいい放った。
「復讐は終わっていなかった」
忌々しげに言い捨てた彼女は他部隊が使用している訓練所へ向かった。
訓練所では第十一、十二番隊が訓練をしていたのだが、第十三番隊隊員の飛び入り参加となり、もの凄く歓迎された。が、すぐにその歓迎は恐怖に変わる。アクリュスは鬱憤を晴らすように数人相手に大鎌を振るっていた。
後日、第十一、十二番隊の中で«仮面の死神»は死神だったとよく分からない噂が流れたのはまた別の話。
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