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偵察中な暗殺者たち⑵
しおりを挟む「この度はこのような所までご足労いただきありがとうございます、セレスティナ様」
セレスティナたちが応接間に入ると、中で待っていたオクタヴィアが立ち上がって出迎えた。伯爵としてではなく«社交界の花»として来ているため、家名ではなくファーストネームで呼ばれる。鮮やかなプリンセスブルーの髪を緩やかに纏めた彼女は、伯爵令嬢らしく綺麗な礼をした。しかし、その美しさはセレスティナが先程見たルグランジュのものとは比べ物にならない(比べてはいけないのだろうが)。オクタヴィアの礼にはセレスティナの中で及第点がつけられた。
「こちらこそ急な申し出に快く答えていただき感謝しておりますわ。今日はよろしくお願いしますわね、オクタヴィア嬢」
目が覚めるような華麗な礼を返すセレスティナに、オクタヴィアは息を呑む。社交場であまり彼女たちに接点はないかった。オクタヴィアは一介の伯爵令嬢であり、«社交界の花»のように自分とは次元の違う人たちを遠目に見ることしかしてこなかった。その«社交界の花»が目の前で自分に対して挨拶をしているという状況は、彼女にとって夢のように感じられる。
「ブレンドティーをご用意いたしましたわ。どうぞ、おくつろぎくださいませ」
侍女が紅茶を運んくる。同じポットから目の前でカップに注ぎ分けられた以上、紅茶自体に毒物などの危険はない。まずオクタヴィアがそのようなことをすることはないと分かっているが、ここにはあのセグルク伯も滞在しているため、用心するに越したことはない。
たわいもない話をした後、頃合いも良いだろうとセレスティナは本題に移ることにした。
「オクタヴィア嬢、お願いしてもよろしいかしら」
何をとはあえて口にしないが、それを理解したオクタヴィアはすぐに人払いを行う。ルグランジュとセバスはセレスティナ付きであり、たとえ場所がオクタヴィアの屋敷であったとしても彼女より身分の低いオクタヴィアが指示を出すことはできない。
「セバスは外へ。ルーク、あなたは残ってちょうだい」
セレスティナは車内で決まったルグランジュの偽名で彼を呼ぶ。
セバスが退出し、三人になったところでセレスティナがゆっくりと口を開いた。
「この度、皇帝陛下があなたの一時的な保護をわたくしに託したこと、あなたはご存知かしら?」
単刀直入に尋ねるセレスティナに、オクタヴィアは虚をつかれた顔になる。どうやら知らなかったようだ。
(自分勝手にも限度があるのよ。わきまえてくれないかしら?!)
セレスティナは心の中でルグドラシュを盛大に罵る。ここにタナトスがいたならばそれを感じ取って白けていただろうが、生憎ルグランジュとオクタヴィアは皇帝の身勝手な行動に悩まされたことがなかったため、セレスティナの胸中に気が付かない。
「申し訳ございませんわ。そのようなことは全て兄からお聞きしているつもりなのですけれど……」
兄であるクローディスに訊け、という風にもとれる言い方に、セレスティナは少しイラついた。どちらかと言うとプライドの高い彼女は、このような言い方をされるのが好きではない。だが、同時に思慮深い彼女はそれを表に出すこともないし、オクタヴィアがそういう意味で言っているわけではないことも分かっている。オクタヴィアは本当のことをありのままに伝えただけなのだ。ここは要改善だと心に留めたセレスティナは話を続ける。
「では、今わたくしがお伝えいたしましたわ。後程兄君からも内密にお話があると思います。滞在期間等は兄君にお尋ねくださいませ。そこで、フラウデン邸にいらっしゃる際、荷物がおありでしょう? それを運び出すのにわたくしの方から人員を出しますわ。申し訳ありませんけれど、信用できませんもの」
あえてなぜ、誰をとは口にしないセレスティナに、オクタヴィアは困ったように笑った。セレスティナには及ばないものの、オクタヴィアは仮にも伯爵令嬢である。すぐにことの次第を理解した。
「では、その方に中を案内させればよろしいのですね」
オクタヴィアはほんのりと頬を染めてルークの方に目を向けた。あながち間違ってはいない彼女の言葉にセレスティナは苦笑する。
「結果的にはそうなりますけれど……。彼にイノデス伯爵家の執事服を貸していただけませんこと? 万が一にもこちらにいらっしゃるセグルク伯に感付かれてはこまりますもの」
セレスティナの申し出を受け入れたオクタヴィアは手元のベルを鳴らし外にいた執事を呼ぶ。そしてルークに執事服を貸すように伝えると、その執事に案内されてルークは部屋を出ていった。
(これで偵察はまんべんなくできるはずよ。さて、わたくしも案内していただこうかしら)
ルークを見送った後、セレスティナはオクタヴィアに入ってくるときに見た庭が美しかったと伝えた。するとオクタヴィアは嬉しそうに笑い、庭を案内すると申し出てくる。
庭に向かう途中、内装も誉めると庭を案内した後は中をご案内いたします、と申し出てくれた。
こうして堂々と偵察を行うことになったセレスティナに、後ろをついていくセバスは感服した。
セレスティナが堂々と偵察を行う一方、ルグランジュはイノデス伯爵家の執事服に着替えてオクタヴィアたちの居住区域を歩いていた。屋敷の造りから花瓶の置場所まで、どこになにがあるのか正確に把握しておくこと。アクリュスに注意されたことを肝に命じながら歩いていると、何か困った様子の侍女を発見した。その手にはワゴンがあり、何やらコーヒーを運んでいる。イノデス伯爵夫妻とクローディスが屋敷を空けており、セレスティナやオクタヴィアがいる応接間に向かう気配がないことから、彼女が向かう先は一つ。セグルク伯の元であった。
「どうかしましたか? 私でよければ代わりますよ」
この侍女と代われば容易くセグルク伯のいる部屋に入れると考えたルグランジュは、親切な執事を装って声をかけた。この様子をセレスティナが見ていたら、皇弟は詐欺師であると思われていただろう。
「ほ、本当に代わっていただけるのですか?!」
俯いていた侍女は、それが嘘だったかのように顔を輝かせて声がした方を見上げた。そしてすぐに顔を真っ赤に染める。なにせ自分に声をかけてきたのは眼鏡をかけた美しい執事だったからである。セレスティナが美男美女に慣れているだけであって、大抵の女性のルグランジュへの反応はこのようなものである。内心苦笑しながらももちろんです、とワゴンを受け取りると、なぜセグルク伯の元へ向かうのに困っていたのかを尋ねた。
「知らないんですか?」
「なにぶんここ最近雇われたばかりでして」
結構きつい言い訳のように聞こえるが、実際ここ最近イノデス伯爵邸の使用人が増えているとの情報を事前に仕入れていたため、ルグランジュは平然と答えた。侍女もそれを分かっていたのか特に気にする様子もない。
「セグルク伯爵様はコーヒーの味に厳しいんですよ。ちょっとでも気に入らないと給仕はすぐにクビです。クビ」
ルグランジュのことを同僚として接する侍女は口を尖らせる。彼女は軽い言い方をするが、もしこれが本当だったら当事者側からしてみればゾッとする話だ。なにしろ少しのミスで無職になるのだから。ルグランジュにそんな心配はないのだが、雇用面でも他家に首を突っ込んでいたのかと気付かれないように小さくため息をついた。
「僕なら心配ありませんよ。お任せください」
落ち着かせるように彼が微笑みかけると、口を尖らせていた顔はどこへやら、侍女はボフン、と音がしそうな勢いで赤くなった。
「ありがとうございます! 伯爵様はこの廊下の突き当たりを右に曲がって三番目の扉の部屋にいますから! き、気を付けて!」
それだけ言うとルグランジュの笑顔に耐えられなくなったのか、顔を両手で覆いパタパタと駆けていった。
(面白かったな……。アクリュスもあんな反応をしてくれればいいのに)
侍女の後ろ姿を見届け、先日アクリュスの腰を引いたときのことを思い出し、彼女の反応が面白くなかったと今さらながらに思う。全く動揺していなかった彼女はああいうことに馴れているのかもそれないと思い、僅かにムッとした。それを嫉妬というのだが、ルグランジュ自身がそれに気が付くのはもっと先の話である。
「伯爵様、コーヒーをお運びいたしました」
「入れ」
随分と偉そうな声が返ってくる。扉を開けて静かに入ると、セグルク伯はテラスを背にし、肘掛けに座って読書をしていた。ルグランジュがカバーに書かれた題名を盗み見た限り、経営学関係の本であった。しかし、内容が本当に経営学かどうかは疑わしい。何しろ、カバーを付け替えればいいだけの話であるからだ。
無言でコーヒーを注いだルグランジュは角砂糖を二粒とミルクをスプーン五杯注ぎ足した。セグルク伯は極度の甘党である。宮殿でセグルク伯にコーヒーが給仕されるのを見たとき、ルグランジュはその甘味の暴力を見ているだけで吐きそうになった。彼が下っ腹の出た小太りである理由は明白である。そして糖尿病であることも。どうせなら糖尿病が原因で病死してくれないだろうか、不穏なことをルグランジュは考えた。
特にお咎めもなく部屋を後にしたルグランジュは、目的をほぼ達成したため執事服を返しに戻った。ちょうどセレスティナの方も散策を終え、ルグランジュも戻ってきたためその日はお開きとなった。
「殿下、申し訳ございませんが、陛下に言伝てを頼まれてもらえませんこと?」
フラウデン伯爵邸で二人が別れる際、セレスティナはルグランジュを引き留めた。本来ならば皇弟ほどの人間を伝書鳩扱いするのは不敬極まりないのだが、言伝ての相手が皇帝となるとルグランジュは断る必要もない。
「今日のお礼も兼ねてなんなりと」
人好きのする笑みを浮かべたルグランジュに、セレスティナは嬉しそうに口に弧を浮かべた。
「まあ、ありがとうございます。では、『いい加減にしてくださいませ』と」
今日のセレスティナは主語を使わないことが多い。敢えて何を、と入れないメッセージにルグランジュは頬をひきつらせそうになっる。
この言伝てを弟から聞いて皇帝が真っ青になるのは決定事項だった。
セレスティナたちが応接間に入ると、中で待っていたオクタヴィアが立ち上がって出迎えた。伯爵としてではなく«社交界の花»として来ているため、家名ではなくファーストネームで呼ばれる。鮮やかなプリンセスブルーの髪を緩やかに纏めた彼女は、伯爵令嬢らしく綺麗な礼をした。しかし、その美しさはセレスティナが先程見たルグランジュのものとは比べ物にならない(比べてはいけないのだろうが)。オクタヴィアの礼にはセレスティナの中で及第点がつけられた。
「こちらこそ急な申し出に快く答えていただき感謝しておりますわ。今日はよろしくお願いしますわね、オクタヴィア嬢」
目が覚めるような華麗な礼を返すセレスティナに、オクタヴィアは息を呑む。社交場であまり彼女たちに接点はないかった。オクタヴィアは一介の伯爵令嬢であり、«社交界の花»のように自分とは次元の違う人たちを遠目に見ることしかしてこなかった。その«社交界の花»が目の前で自分に対して挨拶をしているという状況は、彼女にとって夢のように感じられる。
「ブレンドティーをご用意いたしましたわ。どうぞ、おくつろぎくださいませ」
侍女が紅茶を運んくる。同じポットから目の前でカップに注ぎ分けられた以上、紅茶自体に毒物などの危険はない。まずオクタヴィアがそのようなことをすることはないと分かっているが、ここにはあのセグルク伯も滞在しているため、用心するに越したことはない。
たわいもない話をした後、頃合いも良いだろうとセレスティナは本題に移ることにした。
「オクタヴィア嬢、お願いしてもよろしいかしら」
何をとはあえて口にしないが、それを理解したオクタヴィアはすぐに人払いを行う。ルグランジュとセバスはセレスティナ付きであり、たとえ場所がオクタヴィアの屋敷であったとしても彼女より身分の低いオクタヴィアが指示を出すことはできない。
「セバスは外へ。ルーク、あなたは残ってちょうだい」
セレスティナは車内で決まったルグランジュの偽名で彼を呼ぶ。
セバスが退出し、三人になったところでセレスティナがゆっくりと口を開いた。
「この度、皇帝陛下があなたの一時的な保護をわたくしに託したこと、あなたはご存知かしら?」
単刀直入に尋ねるセレスティナに、オクタヴィアは虚をつかれた顔になる。どうやら知らなかったようだ。
(自分勝手にも限度があるのよ。わきまえてくれないかしら?!)
セレスティナは心の中でルグドラシュを盛大に罵る。ここにタナトスがいたならばそれを感じ取って白けていただろうが、生憎ルグランジュとオクタヴィアは皇帝の身勝手な行動に悩まされたことがなかったため、セレスティナの胸中に気が付かない。
「申し訳ございませんわ。そのようなことは全て兄からお聞きしているつもりなのですけれど……」
兄であるクローディスに訊け、という風にもとれる言い方に、セレスティナは少しイラついた。どちらかと言うとプライドの高い彼女は、このような言い方をされるのが好きではない。だが、同時に思慮深い彼女はそれを表に出すこともないし、オクタヴィアがそういう意味で言っているわけではないことも分かっている。オクタヴィアは本当のことをありのままに伝えただけなのだ。ここは要改善だと心に留めたセレスティナは話を続ける。
「では、今わたくしがお伝えいたしましたわ。後程兄君からも内密にお話があると思います。滞在期間等は兄君にお尋ねくださいませ。そこで、フラウデン邸にいらっしゃる際、荷物がおありでしょう? それを運び出すのにわたくしの方から人員を出しますわ。申し訳ありませんけれど、信用できませんもの」
あえてなぜ、誰をとは口にしないセレスティナに、オクタヴィアは困ったように笑った。セレスティナには及ばないものの、オクタヴィアは仮にも伯爵令嬢である。すぐにことの次第を理解した。
「では、その方に中を案内させればよろしいのですね」
オクタヴィアはほんのりと頬を染めてルークの方に目を向けた。あながち間違ってはいない彼女の言葉にセレスティナは苦笑する。
「結果的にはそうなりますけれど……。彼にイノデス伯爵家の執事服を貸していただけませんこと? 万が一にもこちらにいらっしゃるセグルク伯に感付かれてはこまりますもの」
セレスティナの申し出を受け入れたオクタヴィアは手元のベルを鳴らし外にいた執事を呼ぶ。そしてルークに執事服を貸すように伝えると、その執事に案内されてルークは部屋を出ていった。
(これで偵察はまんべんなくできるはずよ。さて、わたくしも案内していただこうかしら)
ルークを見送った後、セレスティナはオクタヴィアに入ってくるときに見た庭が美しかったと伝えた。するとオクタヴィアは嬉しそうに笑い、庭を案内すると申し出てくる。
庭に向かう途中、内装も誉めると庭を案内した後は中をご案内いたします、と申し出てくれた。
こうして堂々と偵察を行うことになったセレスティナに、後ろをついていくセバスは感服した。
セレスティナが堂々と偵察を行う一方、ルグランジュはイノデス伯爵家の執事服に着替えてオクタヴィアたちの居住区域を歩いていた。屋敷の造りから花瓶の置場所まで、どこになにがあるのか正確に把握しておくこと。アクリュスに注意されたことを肝に命じながら歩いていると、何か困った様子の侍女を発見した。その手にはワゴンがあり、何やらコーヒーを運んでいる。イノデス伯爵夫妻とクローディスが屋敷を空けており、セレスティナやオクタヴィアがいる応接間に向かう気配がないことから、彼女が向かう先は一つ。セグルク伯の元であった。
「どうかしましたか? 私でよければ代わりますよ」
この侍女と代われば容易くセグルク伯のいる部屋に入れると考えたルグランジュは、親切な執事を装って声をかけた。この様子をセレスティナが見ていたら、皇弟は詐欺師であると思われていただろう。
「ほ、本当に代わっていただけるのですか?!」
俯いていた侍女は、それが嘘だったかのように顔を輝かせて声がした方を見上げた。そしてすぐに顔を真っ赤に染める。なにせ自分に声をかけてきたのは眼鏡をかけた美しい執事だったからである。セレスティナが美男美女に慣れているだけであって、大抵の女性のルグランジュへの反応はこのようなものである。内心苦笑しながらももちろんです、とワゴンを受け取りると、なぜセグルク伯の元へ向かうのに困っていたのかを尋ねた。
「知らないんですか?」
「なにぶんここ最近雇われたばかりでして」
結構きつい言い訳のように聞こえるが、実際ここ最近イノデス伯爵邸の使用人が増えているとの情報を事前に仕入れていたため、ルグランジュは平然と答えた。侍女もそれを分かっていたのか特に気にする様子もない。
「セグルク伯爵様はコーヒーの味に厳しいんですよ。ちょっとでも気に入らないと給仕はすぐにクビです。クビ」
ルグランジュのことを同僚として接する侍女は口を尖らせる。彼女は軽い言い方をするが、もしこれが本当だったら当事者側からしてみればゾッとする話だ。なにしろ少しのミスで無職になるのだから。ルグランジュにそんな心配はないのだが、雇用面でも他家に首を突っ込んでいたのかと気付かれないように小さくため息をついた。
「僕なら心配ありませんよ。お任せください」
落ち着かせるように彼が微笑みかけると、口を尖らせていた顔はどこへやら、侍女はボフン、と音がしそうな勢いで赤くなった。
「ありがとうございます! 伯爵様はこの廊下の突き当たりを右に曲がって三番目の扉の部屋にいますから! き、気を付けて!」
それだけ言うとルグランジュの笑顔に耐えられなくなったのか、顔を両手で覆いパタパタと駆けていった。
(面白かったな……。アクリュスもあんな反応をしてくれればいいのに)
侍女の後ろ姿を見届け、先日アクリュスの腰を引いたときのことを思い出し、彼女の反応が面白くなかったと今さらながらに思う。全く動揺していなかった彼女はああいうことに馴れているのかもそれないと思い、僅かにムッとした。それを嫉妬というのだが、ルグランジュ自身がそれに気が付くのはもっと先の話である。
「伯爵様、コーヒーをお運びいたしました」
「入れ」
随分と偉そうな声が返ってくる。扉を開けて静かに入ると、セグルク伯はテラスを背にし、肘掛けに座って読書をしていた。ルグランジュがカバーに書かれた題名を盗み見た限り、経営学関係の本であった。しかし、内容が本当に経営学かどうかは疑わしい。何しろ、カバーを付け替えればいいだけの話であるからだ。
無言でコーヒーを注いだルグランジュは角砂糖を二粒とミルクをスプーン五杯注ぎ足した。セグルク伯は極度の甘党である。宮殿でセグルク伯にコーヒーが給仕されるのを見たとき、ルグランジュはその甘味の暴力を見ているだけで吐きそうになった。彼が下っ腹の出た小太りである理由は明白である。そして糖尿病であることも。どうせなら糖尿病が原因で病死してくれないだろうか、不穏なことをルグランジュは考えた。
特にお咎めもなく部屋を後にしたルグランジュは、目的をほぼ達成したため執事服を返しに戻った。ちょうどセレスティナの方も散策を終え、ルグランジュも戻ってきたためその日はお開きとなった。
「殿下、申し訳ございませんが、陛下に言伝てを頼まれてもらえませんこと?」
フラウデン伯爵邸で二人が別れる際、セレスティナはルグランジュを引き留めた。本来ならば皇弟ほどの人間を伝書鳩扱いするのは不敬極まりないのだが、言伝ての相手が皇帝となるとルグランジュは断る必要もない。
「今日のお礼も兼ねてなんなりと」
人好きのする笑みを浮かべたルグランジュに、セレスティナは嬉しそうに口に弧を浮かべた。
「まあ、ありがとうございます。では、『いい加減にしてくださいませ』と」
今日のセレスティナは主語を使わないことが多い。敢えて何を、と入れないメッセージにルグランジュは頬をひきつらせそうになっる。
この言伝てを弟から聞いて皇帝が真っ青になるのは決定事項だった。
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