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井ノ上

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少年陰陽士は追憶に秘する

白河尚継 10

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「だい、きち?」
春香が喉を喘がせながら、確かめるように大吉の名を呼ぶ。
「また一人で突っ走ったな」
「あは、は、ごめん。でも、信じてたから」
「スーパーマンじゃないんだぜ。一人じゃここに来ることもできなかった」
「いろんな人の力を借りて、なんやかんや、どうにかしちゃう。それが大吉のすごいところだよ」
「そうやって底抜けに人を信じる。お前のすごいところだ。言っておくが、半分は皮肉だぞ」
大吉は春香の口の端を指の腹で拭う。
ここまで共に来たらしい束早に春香を預け、こちらにやってくる。束早は波旬の翼を生やしていた。
「尚継、」
「あやまんな」
惚れている人のピンチになにもできず、一方的にライバル視している相手に助けられた。このうえ謝られたら、惨めすぎる。
「俺が弱いせいで、春香さんを守れなかった」
「尚継」
「いつも、そうだ。いつもお前は俺の先を行きやがる。俺が必死こいても手の届かない場所に立ちやがって」
余計なことを口走っていた。わかっているのに、言葉が止められない。
僻んだところで、春香の幼馴染になれるわけでもない。なりたいわけでもない。春香と大吉。この二人の関係に、自分が入る余地がないことなど、とっくに理解している。
「強くなりてえ」
「俺もだよ」
大吉は、穏やかな目の色をしていた。
「負けたくねえよな。でも、弱いから、みっともなく足掻くしかないんだ。足掻いて足掻いて、傷だらけになって、泥だらけになって、そんで一つ、強くなる。男ってのは、そうやって強くなるしかないんだ、きっと」
大吉が手を差し伸べてくる。出会った時と同じ手。いや、あの時より厚みが増している。
尚継はその手を取った。引き起こされる。
「先にいるって、そりゃ俺の方が歳上だから、そう見えるだけだ」
大吉が尚継の肩に手を置く。
「全部を、自分一人でやる必要はねぇんだ。俺もそうしただろ? 必要だから頼りあう。お前と俺は、それでいいじゃねえか」
大吉は尚継君のこと、弟みたいに思ってるよ。春香の言葉を思い出す。
「……ああ」
「よし。じゃ、ひとまずあいつらの相手は俺に任せとけ」
大吉は刀を右肩に担ぎ、牛鬼と濡女のいる広場へ進み出る。
腕に、なにかが触れた。びっくりして見ると、春香だった。濡女の髪で皮膚が裂けて出血している腕に、手を当ててくれている。
痛みが、和らいでいく。
春香に寄り添う束早と、目が合った。
「不思議よね。私が波旬の哀しみに呑み込まれそうになった時も、春香のこの力で戻ってこられた」
「そんな、あれはたまたまだよ。これは私が怪我した時、お母さんにこうやって手を当ててもらったら、痛みが和らいだの思い出したから」
剣撃がぶつかり合う音で、尚継の意識が引き戻された。
大吉と牛鬼が鍔迫り合いをしている。
「少し見ない間に力をつけたな」
「そりゃどう、もっ!」
赤色のオーラを纏った大吉が、拮抗を破る。牛鬼を押し飛ばし、追い打ちに斬り込む。オーラと体重が乗った大吉の一撃。正面から受けた牛鬼の刀身が折れる。
両者が分かれた。
「大吉のやつ、オーラまで遣えるようになってたのか」
「オーラ?」
春香が首を傾げる。
「オーラってのは、生命エネルギーを練り上げた力のことです。いくつか種類はあるんですけど、いま大吉が身に纏ってる赤色のオーラは身体能力が強化されるんです」
牛鬼は妖でも膂力がある部類だ。その牛鬼相手に腕力で押し勝てたのは赤色のオーラの作用だ。
牛鬼が、折れた刀を鞘に納めた。前に出ようとする濡女を、「邪魔だ」とどかす。
「こういう闘いを待ちわびていた。強者と闘えるというから協力してやったが、随分と退屈させられた」
天逆毎あまのざこか」
大吉が伝説級の妖の名を口にする。牛鬼がちょっと意外そうな顔をした。
「お仲間の一人が喋ったぜ。想像してたほど、結束した組織ってわけじゃないみたいだな」
「利害関係があって集まっているにすぎん。統率など土台不可能だろうよ。大半の妖は、己の飢えと渇きを満たすことしか頭にない」
「あんたは真剣勝負に飢えてるのかな。だったら、とっととその化けの皮脱いだらどうだ」
「ふ、ふふ、この姿は、畿一が我々に助力する際に提示した条件でな。目障りだから人に化けられる妖は化けていろとな。妖を疎みながらも天逆毎に加担する。背に腹は変えられない、というやつかね」
「あの天狗のじいさんの事情は知らんが、言い訳は用意してやったろ」
「そうだな。刀を折られてしまっては、致し方ない」
牛鬼が刀を手放した。羽織と着物を脱ぎ、上裸になる。肩甲骨あたりが盛り上がり、首、頭、上半身が肉の中に埋まる。足まで見えなくなり、肉の塊と化した。
左右に四本ずつ、節足が生える。それに支えられ、肉塊の下から角を生やした牛の頭が持ち上がる。
元の姿へ回帰するに伴い、牛鬼の発する妖力が増大するのが、尚継にはわかった。
「大吉気をつけろ! 牛鬼の身体は瘴気を発していて、触れるだけで毒される。近接戦は避けろ!」
牛鬼は書物にも載っている妖だ。家で修行の合間に読んだ記述を、尚継は脳みそを振り絞って思い出す。
「おいおい、こっちは刀だぞ」
「他になんかないのかよ!」
「なんかって言われてもな。フェンガーリンの影の中にはいろいろあるけど。まあでも、こいつでなんとかなる気がするんだよな」
「なんとかって、暢気か!」
ぎょろりと剥き出しになった牛鬼の双眸が、大吉を見据えた。
「作戦会議か?」
「そっちの準備ができるのを待っててやったんだよ。真っ向勝負がお望みなんだろ。乗ってやるよ」
大吉が牛鬼の正面に立ち、刀を上段に構える。
「では、参る」
八本の節足がグググッと縮められ、牛鬼の腹が地面すれすれまで下がる。バネだ。尚継が思った瞬間、それが跳ねた。
図体のデカさからは信じられない加速力。捕食する蜘蛛のごとく、牛鬼が大吉に跳びかかる。
「音を、遠くに届かせるイメージ」
大吉が呟き、足を開き、腰を沈めた。上段斬り。大吉が纏っていた赤色のオーラが閃き、消えた。
「オーラを斬撃に乗せて飛ばした、のか?」
一瞬の出来事で、大吉がなにをしたのか、はっきりとわからなかった。しかし尚継の目には、大吉の刀から斬撃が飛んだように映った。そして、その斬撃は―
「見事。この勝負、うぬの勝ちよ」
頭部の角が欠け落ちる。首から胴体にかけて、深く斬られた牛鬼が、どうっとたおれた。
「いまの技、名はあるのか」
地に伏した牛鬼が、訊いてくる。その身体が節足の先から綻びだしている。
「いや」
「飛燕。それにしろ」
「飛燕か。いいかもな」
大吉がどんな表情をしているのか、尚継の場所からではわからなかった。
「牛鬼様」
濡女が消えつつある牛鬼に寄り添う。
「いかがでしたか、此度の勝負は」
「愉快であった」
「ようございました」
「俺は消える。お前は、お前の好きにせよ」
「はい。そのように」
濡女は折れた牛鬼の刀を、その身に突き立てた。牛鬼の顔にしなだれ、その鼻頭を愛おしそうに撫でる。
「ふ、ふふ、そうだな、共に逝くか。ふ、ふふふ」
消滅しても、牛鬼の笑い声がしばらく耳の奥でこだましていた。
「牛鬼と濡女か」
大吉はその名を心に刻むように口にし、刀を鞘に納めた。二匹の妖が消えた場所をじっと見つめる。
大吉も春香も、霊や妖に感情移入しすぎるきらいがある。二人にとって、生きている人間と変わらない存在なのだ。
大吉は、それを斬った。
「大吉」
大吉が振り返る。いつもの少し眠たげな眼をしていた。感傷などなさそうに見える。
「帰るか」
にへらと笑い、大吉は言った。
こんな男になりたい。
唐突に、そんな衝動に見舞われる。だがこの衝動、憧れは、出会った時から抱いていた気もした。
自覚してしまったからには、秘して墓場まで持って行くしかない、と尚継は覚悟した。
素直に認めるのは悔しいし、なにより恥ずかしすぎる。
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