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井ノ上

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少年陰陽士は追憶に秘する

白河尚継 6

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波旬の翼を顕現させた束早が、頭上を飛び越えて行った。
「あいつ。便利に使うなつったのに」
大吉は自転車を減速させず、十字路を左折した。男がいた。ぎりぎり、ハンドルを切る。バランスを崩し転びそうになったが、轢きかけた男に支えられ助けられた。
「慌ただしいな、大吉」
でかい手。パーマをかけたミディアムロングの髪型。徹平だった。
「髪型変えたんだな」
「さっきな。そんで外に出てみたら、この騒ぎだ。さっき車が放物線を描いて飛んでったんだぜ。信じられるかよおい」
「説明してる時間はないんだ。銭豆神社が攻められてる」
「あの車は開戦の合図の花火ってか。派手好きなやつがいやがる」
「頼めるか?」
「おう。二度も三度も、あんなもん町の上を投げられちゃたまらねえ」
爆発までの一部始終を見ていた徹平なら、車を投げたやつの位置取りもおよそ検討がつく。
およそ人の枠を逸脱した膂力の持ち主だ。そちらは、徹平に任せた。
大吉は再び自転車のペダルを踏む。
夥しい数の妖が、地虫のように銭豆神社のある丘を這い上がろうとしていた。
「どけ、邪魔だ」
バックルを装着し、影から夜刀を出現させる。妖の群を斬り払い、石段を駆けのぼった。
境内では靜が単身、応戦していた。
空中から飛来する妖を足場にし、束早が縦横に躍動していた。波旬の翼で、空の妖を打ち落とす。
「あの子、半妖になっていたのね。『ぜつ』」
靜は指を一閃させ、その先にいる妖を術で衝撃波で祓いながら、空を跳び回る束早に視線を向ける。
「まさか今ここで退治するなんて言わねえよな」
大吉も二匹、三匹と妖を斬り伏せる。
「まずはこいつらが先よ。その後で退治されたくないなら、早々に失せなさい」
「そうさせてもらうよ。こいつらを蹴散らしたらな」
背中を預け合える間柄ではなかった。
互いに好きに戦う。攻め寄せた雑魚を押し返しはじめた。
そこに一匹、素早い奴が飛び出してきた。
人間の子どもぐらいの図体をした、白毛に覆われたネズミの妖だ。一文字に斬撃を浴びせる。
手ごたえはかなった。斬撃はネズミの妖が纏っている袈裟を掠めただけた。
「こいつ、ちょこまかと」
「そいつは鉄鼠よ。どきなさい」
靜に強引に入れ替わられる。
「『さつ』」
手の内に光糸を出現させる。指を目まぐるしく動かし、網を編む。靜がそれを投げ放ち、鉄鼠を絡めとる。
「くそ、こんな網」
鉄鼠が鋭く発達した前歯で網を食いちぎろうとするが、びくともしない。
「こいつ喋るぞ」
「だから捕らえたのよ」
「なるほどな。お、やつら引いていくぞ」
妖たちが撤退し、銭豆神社を覆っていた暗雲が晴れる。
大吉の知る靜なら、追い打ちに出て妖を祓おうとする。しかし相当な数を相手に消耗したのか、靜は黙って撤退を見送った。
「こいつらね。近頃土地荒らしをしてる妖の集団というのは」
「知ってたのか」
馬鹿にしてるのか、とでも言いたげに睨まれる。
「神社を守っていた結界に細工されていた。あんた、心当たりないでしょうね」
「心当たりといわれてもな」
「あの摂社を依代にした結界だった。妖にどうこうできるはずがない」
「やつらには畿一って天狗が力を―」
言いかけて、大吉は口を噤む。
昨日、摂社の近くにいた男。日限将人。
「いや、でも、ありえないだろ」
「なによ」
「日限が昨日、摂社の近くにうろついてた。でも、幽奏会の術士って妖退治を生業にしてるんだよな。そんなやつが」
靜は僅かに考える仕草をした。それから装束の袖を翻し、社務所の方へつかつかと歩いていく。
境内の裏から黒煙が上がり続けていた。
消防車のサイレンが近づいてくる。投擲された車の火は、燃え広がる前に消し止められそうだ。
「徹平のやつは無事かな」
「大吉」
束早が鳥居伝いに降り立つ。
「束早、その力はむやみに使うなって」
大吉は説教しようと眉間に皺を寄せる。
ぺたん、ぺたんと石段を上がってくる、サンダルらしき足音がした。
「やっほ、束早ちゃん。お、大吉クンもいるじゃん」
「え、珠木さん?」
片翼を引っ込めた束早が、意外そうな声を上げる。大吉は、このタイミングでの珠木の登場に、嫌な予感がした。
「どうしてここに?」
「ほら、すごい音がしたから野次馬にね」
珠木は、いつもの短パン、タンクトップという出で立ちのうえに、羽織を纏っていた。
牛鬼が着ていたのと同じ、白地に黒の逆波さかなみ模様。
靜が足を止め、珠木を見て目を見張る。
「離れなさい新田さん! そいつは妖よ!」
「束早!」
社務所の方から靜が叫ぶのと、大吉が駆け寄ろうとしたのが同時だった。
「え?」
「な~んちゃって。ごめんね、束早ちゃん」
呆然とする束早が、弾かれたように吹っ飛び、砂利の上に倒れる。
「おや、波旬の翼が庇ったね。ふうん、無理に調伏させた力じゃないんだ」
感心する珠木を睨み、大吉は束早に駆け寄り抱き起す。
気は失っているが、呼吸は正常だ。珠木が束早に裏の平手打ちをした時、波旬の翼が間に入り直撃を防いだ。翼が意思をもって束早を守ったように見えた。
「さてと、お宝を頂戴しますかね」
珠木が本殿へ悠々と歩いていく。靜が、立ちはだかる。
「やめときなって。君くらいの術士ならわかるでしょう。勝ち目ないってさ」
「何者なの。その身体は、どこから奪ってきた」
「酒呑童子。この身体はとある約定でね。けど、それを君に話すつもりはないかな」
「神憑は渡さない。『絶』」
「ほいっと」
珠木がその場で、腰溜めに正拳突きを放つ。拳圧が術ごと靜を吹き飛ばす。
大吉は束早をそっと寝かせ、夜刀を構えた。トランペットで音を出すイメージで、オーラを発現させる。できた。揺らぎはしているが、身に纏えている。
「なんだ、シッシーの修行の成果出てるじゃない。あれで意外と面倒見いいもんね」
「志々堂さんも、あんたの仲間かよ」
「んーん、違うよ。彼は、この身体の元の持ち主と知り合いなだけ。今回のこととは無関係」
珠木は羽織の裾を手で振り扇ぐ。
「だから裏切り者は、あたし一人よん」
そう言い、本殿に入っていった。
銭豆川の神憑は、猫の頭ほどの大きさの、丸い石だった。
それを抱え、珠木は出てきた。
牛鬼以上の重圧プレッシャーだ。
「じゃあね大吉くん。同じアパートで暮らしたこの数日は楽しかったよ」
珠木の前の空間が、歪んだ。
その歪みから、燃え盛る車輪を携えた牛車が現れる。牽引する牛がいないのに動いていて、珠木の前で停まった。
「火車っちが迎えに来てくれたってことは、あたしも晴れて仲間として信用を得たってことでいいのかな」
珠木が前簾を上げて乗り込む。
燃える車輪が空転をはじめる。車輪の炎が大きくなった。発進する。珠木を乗せた火車は、空間の歪みに消えていった。
大吉は夜刀を構えたまま、土地の心臓が持ち去られるのを見送るしかできなかった。
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