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キメラ娘は深緑に悼む
珀 10
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風が熄んだ。
砂埃をひと扇ぎに晴らす、黒い翼。
旋風の中から現れたのは、双翼を背負った鷲鼻の爺だった。
砂汚れを落とすようにひと払いしてから、翼を畳む。その黒翼には、見覚えがある。
波旬の、天狗の翼だ。
里長が緩慢な足取りで進み出る。
「ちょ、里長さん」
「新田さん、我々のためにありがとうございます。しかし、もう十分です」
枯れ枝のような指が、夜刀の刀身に触れる。切っ先を下げさせられる。
里長は、旋風の中から現れた老齢の男に微笑した。
「妖に神憑など扱えまいと思っていましたが、なるほど、貴方が加担しておりましたか」
「血気盛んな狼だったお前が、里長か。ずいぶんと老いたな」
「簫狼族は天狗とは違って長命ではありませぬのでな。畿一殿は、変わりませんな」
畿一と呼ばれた天狗の赤ら顔が、僅かに歪む。
「妖ごときと組する儂に、皮肉のつもりか」
「なんの。仙人とまで謳われた通力の遣い手の貴方だ。なにか事情がおありなのでしょう」
里長が顎髭を撫でる。
濡女を小脇に抱えた牛鬼が、天狗の畿一に近寄る。
「妖ごときとは言ってくれるな、法眼。誰のためにこんな窮屈な姿を取っていると思っている」
畿一が、牛鬼の傷に目をやる。
「その傷をみるに、たかだか時間稼ぎに手こずったようじゃのう」
「目的は果たしたのだろうな」
「ほれ、これでよかろう」
畿一は水衣の筒袖から麻布の包みを取り出し、牛鬼に見せる。
布には苗が包まれていた。
芽吹いたばかりに見えるあの苗が、神憑の神木だというのか。
畿一が口笛を鳴らした。
「風を呼んだ。火車が待っているところまで、それに乗っていけ」
小さな風の渦が、仔犬のように牛鬼の周りを走り回る。
「この神木、貰っていくぞ」
畿一の翼が動く。
「待て!」
大吉は追い縋ろうとした。
畿一が目を眇め、指先を一閃させる。ヒュウと空気を切る音。目には見えない風刃。来る。
身構えた大吉は、里長に襟首を引かれた。立ち位置が入れ替わる。意外にも機敏な身のこなしを見せた里長が、懐に吞んでいた小刀を抜く。
風刃を、斬り払った。
「畿一殿、困りますな」
里長が、黄色のオーラを発現させる。
「その小刀、マキリといったか」
「よく覚えておられる」
オーラが、小刀に集約していく。
「法眼、先に行け」
牛鬼は仔犬のごとくすり寄る風渦に濡女を預け、長脇差の柄に手をかける。
「邪魔だじじい」
牛鬼の抜き打ち。
里長には、届かなかった。
「馬鹿め」
畿一が吐き捨てるように言った。
牛鬼は鯉口を切った体勢のまま、霜柱に閉じ込められていた。
里長が小刀を突き立てた地面から、巨大な霜柱が生じている。
「大したオーラだ。老いぼれてはいないらしいな」
畿一は掌で砂嵐を巻き上げる。牛鬼を封じる氷を、砂塵が砕く。
牛鬼が膝から崩れ、大きく呼吸をする。
「爺相手に情けないのう、牛鬼」
「くっ」
「行くぞ。用は済んだ」
「困ると言うた」
ぞわりとする、里長の野太い声。
そそり立つ巨大な霜が、狼の形に転じて畿一らに食らいつく。
「血の気が多いのは、相変わらずか」
畿一が、双翼を開いた。
突風。
大吉は秋久や羽子もろとも吹き飛ばされた。
氷の狼は風圧で砕けた。
大吉が起き上がった時、畿一の姿は牛鬼や濡女ともども消えていた。
「参りましたな」
里長は小刀を鞘に納め、懐にしまう。
大吉は畿一が飛び去ったであろう空の先を見上げる。
天狗の鴉羽根が一枚、舞い落ちてきた。
砂埃をひと扇ぎに晴らす、黒い翼。
旋風の中から現れたのは、双翼を背負った鷲鼻の爺だった。
砂汚れを落とすようにひと払いしてから、翼を畳む。その黒翼には、見覚えがある。
波旬の、天狗の翼だ。
里長が緩慢な足取りで進み出る。
「ちょ、里長さん」
「新田さん、我々のためにありがとうございます。しかし、もう十分です」
枯れ枝のような指が、夜刀の刀身に触れる。切っ先を下げさせられる。
里長は、旋風の中から現れた老齢の男に微笑した。
「妖に神憑など扱えまいと思っていましたが、なるほど、貴方が加担しておりましたか」
「血気盛んな狼だったお前が、里長か。ずいぶんと老いたな」
「簫狼族は天狗とは違って長命ではありませぬのでな。畿一殿は、変わりませんな」
畿一と呼ばれた天狗の赤ら顔が、僅かに歪む。
「妖ごときと組する儂に、皮肉のつもりか」
「なんの。仙人とまで謳われた通力の遣い手の貴方だ。なにか事情がおありなのでしょう」
里長が顎髭を撫でる。
濡女を小脇に抱えた牛鬼が、天狗の畿一に近寄る。
「妖ごときとは言ってくれるな、法眼。誰のためにこんな窮屈な姿を取っていると思っている」
畿一が、牛鬼の傷に目をやる。
「その傷をみるに、たかだか時間稼ぎに手こずったようじゃのう」
「目的は果たしたのだろうな」
「ほれ、これでよかろう」
畿一は水衣の筒袖から麻布の包みを取り出し、牛鬼に見せる。
布には苗が包まれていた。
芽吹いたばかりに見えるあの苗が、神憑の神木だというのか。
畿一が口笛を鳴らした。
「風を呼んだ。火車が待っているところまで、それに乗っていけ」
小さな風の渦が、仔犬のように牛鬼の周りを走り回る。
「この神木、貰っていくぞ」
畿一の翼が動く。
「待て!」
大吉は追い縋ろうとした。
畿一が目を眇め、指先を一閃させる。ヒュウと空気を切る音。目には見えない風刃。来る。
身構えた大吉は、里長に襟首を引かれた。立ち位置が入れ替わる。意外にも機敏な身のこなしを見せた里長が、懐に吞んでいた小刀を抜く。
風刃を、斬り払った。
「畿一殿、困りますな」
里長が、黄色のオーラを発現させる。
「その小刀、マキリといったか」
「よく覚えておられる」
オーラが、小刀に集約していく。
「法眼、先に行け」
牛鬼は仔犬のごとくすり寄る風渦に濡女を預け、長脇差の柄に手をかける。
「邪魔だじじい」
牛鬼の抜き打ち。
里長には、届かなかった。
「馬鹿め」
畿一が吐き捨てるように言った。
牛鬼は鯉口を切った体勢のまま、霜柱に閉じ込められていた。
里長が小刀を突き立てた地面から、巨大な霜柱が生じている。
「大したオーラだ。老いぼれてはいないらしいな」
畿一は掌で砂嵐を巻き上げる。牛鬼を封じる氷を、砂塵が砕く。
牛鬼が膝から崩れ、大きく呼吸をする。
「爺相手に情けないのう、牛鬼」
「くっ」
「行くぞ。用は済んだ」
「困ると言うた」
ぞわりとする、里長の野太い声。
そそり立つ巨大な霜が、狼の形に転じて畿一らに食らいつく。
「血の気が多いのは、相変わらずか」
畿一が、双翼を開いた。
突風。
大吉は秋久や羽子もろとも吹き飛ばされた。
氷の狼は風圧で砕けた。
大吉が起き上がった時、畿一の姿は牛鬼や濡女ともども消えていた。
「参りましたな」
里長は小刀を鞘に納め、懐にしまう。
大吉は畿一が飛び去ったであろう空の先を見上げる。
天狗の鴉羽根が一枚、舞い落ちてきた。
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