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キメラ娘は深緑に悼む
珀 4
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旭川の空港から、顧問の運転するレンタカーで一時間ほど揺られた。
「それじゃあ、また明日迎えに来ますから」
顧問は市内にホテルを取っていた。ワンボックスは大吉らを牧場で降ろすと、来た道を戻っていった。
「ようこそ糸里牧場へ。春香の従姉の、糸里琴子っていいます。皆さんゆっくりしていってくださいね」
デニム地のオーバーオールを着た琴子が、ロッジから出迎えに来てくれた。
歳は大吉の五つ上の二十一歳。三つ編みにした髪が、後ろで尻尾のように揺れている。
「糸里琴音さん、はっ、略してイトコ。従姉のイトコさん!」
「あははは、言おうと思ってたギャグ、先に言われちゃったよ。君も剣道部なの?」
「俺は羽子、あ、あの女の子についてきただけで、剣道部じゃないっす。瓦秋久です。よろしくお願いします!」
「気をつけろ、琴子。女の尻を追いかけるために北海道まで来る色情魔だ。目をつけられると面倒だぞ」
「誰が色情魔だー!」と突っ込んでくる秋久を、闘牛士よろしくひらりと躱す。
「わっ、大吉!? おっきくなったねえ」
「ああ、三年ぶりだな。琴子は、あまり変わらないな」
「ちょっと、そこは綺麗になったなとか、言うところでしょーが」
「琴子ちゃん綺麗になったよ、ほんとに!」
「わ~、ありがとう春香。春香も年頃の女の子らしくなっちゃって。けど素直で優しいところは、これからも変わらないでいてね」
地蔵にでも祈るように、春香に手を合わせ南無南無とやる琴子。
剣道部の先輩たちとも挨拶を交わす。
琴子は知り合った五年前も十分社交的だったが、働くようになってその性格に磨きがかかっていた。
春香の話では、民宿は琴子が切り盛りしているらしい。
「それで、そっちの子が、なにちゃんって言ったっけ?」
羽子が、そっぽを向く。ちゃんづけで呼ばれるのが嫌いなのだ。
「おい」
大吉は隣に行き肘でつつく。羽子は溜息をつき、「名前はない。こいつらみたく好きに呼べ」と言った。
「名前がない? 珍しい子だね。あ、私つけてあげようか。生まれた子牛に名付けるので慣れてるから、いいの考えられるよ」
羽子の言葉をギャグと捉えたらしい琴子が、ぐいぐいくる。この感じは、羽子が嫌いそうだ。
案の定、羽子は露骨に面倒そうな顔をしている。
その羽子の足元を見て、琴子が、「あれ?」と小首を傾げる
「君、その踝の上の瘤」
琴子が腰を屈め、しげしげと見る。
そこは、大吉が最後に羽子と闘ったとき、狼爪が生えた場所だ。今は爪はなく、踝より小さな瘤がついている。
「お前、これを知っているのか」
羽子が、琴子に関心を示す。
「あ、ううん、知らない。ラクダの瘤みたいだな~って。っとごめんね、身体的なことなのに。さ、立ち話もなんだし、宿に案内するよ」
琴子はロッジの奥にある民宿に大吉らを先導する。
「おい春香」
「なに、羽子ちゃん」
「あの琴子ってやつ、何者だ」
「何者って言われても、私の従姉で、酪農家の一人娘、かな」
羽子が訊きたいのは、そういうことではないだろう。
確かに、羽子の狼爪の痕を見つけた琴子の様子は、少し気になった。だが、琴子が人狼、亜人の存在を知るはずもない。
羽子は、琴子の背中をしばらく見つめていた。
部屋割りは春香と羽子が琴子の私室に入り、男子が客室二つに分かれた。大吉は、秋久と主将と同じ部屋になった。
荷物を部屋に降ろし、一息入れた。
午後の牛の乳絞りがあるというので、羽子を除く面々は琴子と牛舎へ移動した。
「もっとぎゅっとやっちゃって大丈夫だよ」
「こ、こうですか」
おっかなびっくり、乳を搾る主将。
「お、秋久は手馴れてるね。さすが!」
「さすがってどういうこと⁉︎」
すでに琴子は秋久のキャラクターを掴んでいた。いじられつつも、秋久は乳を搾る手は止めない。
「搾りたてソフトクリーム。へえ、三年前はなかったよね」
春香が牧場の白い柵の側に新設された看板を読む。
「この牧場をもっと盛り上げたくてさ。民宿のおかげで、泊まりで牧場見学に来てくれる人も増えたし」
「すごいね、すっかり経営者さんだ」
「あはは。親父にはまだ尻の青い子ども扱いだよ。でもいつか、この牧場を日本一にしたいんだ」
「琴子ちゃんの小さい頃からの夢だもんね」
「春香の夢は? 旅行会社に入ってM、なんとかってのに関わる仕事をしたいって」
「MICEだね。変わってないよ。高校を卒業したら国際観光ビジネスが学べる大学か短大に行くつもり」
「応援してるよ」
琴子と春香はハイタッチを交わす。二人は、互いの夢を応援し合っている。
「すごいな。森宮ははっきり将来のビジョンを持っているんだな」
話しを聞いていた先輩が感心する。
「亡くなった母が、そういう仕事をしていたんです。その母に憧れて、目指しはじめただけで」
「だけってことはない。誇れる動機じゃないか」
主将が重みのある声で言う。琴子も、力強く頷いた。
「大吉、知ってた?」
秋久が寄ってきて、小声で訊いてくる。
「ああ」
「まぁ、そりゃそうか。確か大吉は、進路、就職だったよな」
新田家に父親がいないことは、なにかと町の情報が持ち寄られる風呂屋の倅である秋久は知っている。
「なんか僕って、ガキっぽいな。今のことしか見えてないっていうか」
「そんなもんだろ。俺もさ。春香だって、夢はあるといっても先々のことまで考えちゃいないよ」
「そっかぁ。でも、僕もなにか、これって言える目標がほしいよ。ん~、僕のやりたいこと……」
秋久は腕を組んで考える。
「羽子に、名前をプレゼントする。だめだ、なんで僕の頭ってこんなことしか考えられないんだ」
「いいじゃないか。名前、なにか考えてやれよ」
秋久に乳絞りをされていた牛が、う~んと唸り頭を抱える秋久の尻を鼻先で押した。
「わ、なんだよハナコ」
気になる女子に名前を考える。
その道のりは険しそうだった。
「それじゃあ、また明日迎えに来ますから」
顧問は市内にホテルを取っていた。ワンボックスは大吉らを牧場で降ろすと、来た道を戻っていった。
「ようこそ糸里牧場へ。春香の従姉の、糸里琴子っていいます。皆さんゆっくりしていってくださいね」
デニム地のオーバーオールを着た琴子が、ロッジから出迎えに来てくれた。
歳は大吉の五つ上の二十一歳。三つ編みにした髪が、後ろで尻尾のように揺れている。
「糸里琴音さん、はっ、略してイトコ。従姉のイトコさん!」
「あははは、言おうと思ってたギャグ、先に言われちゃったよ。君も剣道部なの?」
「俺は羽子、あ、あの女の子についてきただけで、剣道部じゃないっす。瓦秋久です。よろしくお願いします!」
「気をつけろ、琴子。女の尻を追いかけるために北海道まで来る色情魔だ。目をつけられると面倒だぞ」
「誰が色情魔だー!」と突っ込んでくる秋久を、闘牛士よろしくひらりと躱す。
「わっ、大吉!? おっきくなったねえ」
「ああ、三年ぶりだな。琴子は、あまり変わらないな」
「ちょっと、そこは綺麗になったなとか、言うところでしょーが」
「琴子ちゃん綺麗になったよ、ほんとに!」
「わ~、ありがとう春香。春香も年頃の女の子らしくなっちゃって。けど素直で優しいところは、これからも変わらないでいてね」
地蔵にでも祈るように、春香に手を合わせ南無南無とやる琴子。
剣道部の先輩たちとも挨拶を交わす。
琴子は知り合った五年前も十分社交的だったが、働くようになってその性格に磨きがかかっていた。
春香の話では、民宿は琴子が切り盛りしているらしい。
「それで、そっちの子が、なにちゃんって言ったっけ?」
羽子が、そっぽを向く。ちゃんづけで呼ばれるのが嫌いなのだ。
「おい」
大吉は隣に行き肘でつつく。羽子は溜息をつき、「名前はない。こいつらみたく好きに呼べ」と言った。
「名前がない? 珍しい子だね。あ、私つけてあげようか。生まれた子牛に名付けるので慣れてるから、いいの考えられるよ」
羽子の言葉をギャグと捉えたらしい琴子が、ぐいぐいくる。この感じは、羽子が嫌いそうだ。
案の定、羽子は露骨に面倒そうな顔をしている。
その羽子の足元を見て、琴子が、「あれ?」と小首を傾げる
「君、その踝の上の瘤」
琴子が腰を屈め、しげしげと見る。
そこは、大吉が最後に羽子と闘ったとき、狼爪が生えた場所だ。今は爪はなく、踝より小さな瘤がついている。
「お前、これを知っているのか」
羽子が、琴子に関心を示す。
「あ、ううん、知らない。ラクダの瘤みたいだな~って。っとごめんね、身体的なことなのに。さ、立ち話もなんだし、宿に案内するよ」
琴子はロッジの奥にある民宿に大吉らを先導する。
「おい春香」
「なに、羽子ちゃん」
「あの琴子ってやつ、何者だ」
「何者って言われても、私の従姉で、酪農家の一人娘、かな」
羽子が訊きたいのは、そういうことではないだろう。
確かに、羽子の狼爪の痕を見つけた琴子の様子は、少し気になった。だが、琴子が人狼、亜人の存在を知るはずもない。
羽子は、琴子の背中をしばらく見つめていた。
部屋割りは春香と羽子が琴子の私室に入り、男子が客室二つに分かれた。大吉は、秋久と主将と同じ部屋になった。
荷物を部屋に降ろし、一息入れた。
午後の牛の乳絞りがあるというので、羽子を除く面々は琴子と牛舎へ移動した。
「もっとぎゅっとやっちゃって大丈夫だよ」
「こ、こうですか」
おっかなびっくり、乳を搾る主将。
「お、秋久は手馴れてるね。さすが!」
「さすがってどういうこと⁉︎」
すでに琴子は秋久のキャラクターを掴んでいた。いじられつつも、秋久は乳を搾る手は止めない。
「搾りたてソフトクリーム。へえ、三年前はなかったよね」
春香が牧場の白い柵の側に新設された看板を読む。
「この牧場をもっと盛り上げたくてさ。民宿のおかげで、泊まりで牧場見学に来てくれる人も増えたし」
「すごいね、すっかり経営者さんだ」
「あはは。親父にはまだ尻の青い子ども扱いだよ。でもいつか、この牧場を日本一にしたいんだ」
「琴子ちゃんの小さい頃からの夢だもんね」
「春香の夢は? 旅行会社に入ってM、なんとかってのに関わる仕事をしたいって」
「MICEだね。変わってないよ。高校を卒業したら国際観光ビジネスが学べる大学か短大に行くつもり」
「応援してるよ」
琴子と春香はハイタッチを交わす。二人は、互いの夢を応援し合っている。
「すごいな。森宮ははっきり将来のビジョンを持っているんだな」
話しを聞いていた先輩が感心する。
「亡くなった母が、そういう仕事をしていたんです。その母に憧れて、目指しはじめただけで」
「だけってことはない。誇れる動機じゃないか」
主将が重みのある声で言う。琴子も、力強く頷いた。
「大吉、知ってた?」
秋久が寄ってきて、小声で訊いてくる。
「ああ」
「まぁ、そりゃそうか。確か大吉は、進路、就職だったよな」
新田家に父親がいないことは、なにかと町の情報が持ち寄られる風呂屋の倅である秋久は知っている。
「なんか僕って、ガキっぽいな。今のことしか見えてないっていうか」
「そんなもんだろ。俺もさ。春香だって、夢はあるといっても先々のことまで考えちゃいないよ」
「そっかぁ。でも、僕もなにか、これって言える目標がほしいよ。ん~、僕のやりたいこと……」
秋久は腕を組んで考える。
「羽子に、名前をプレゼントする。だめだ、なんで僕の頭ってこんなことしか考えられないんだ」
「いいじゃないか。名前、なにか考えてやれよ」
秋久に乳絞りをされていた牛が、う~んと唸り頭を抱える秋久の尻を鼻先で押した。
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