jumbl 'ズ

井ノ上

文字の大きさ
上 下
53 / 83
turning point

桑乃瑞希 18

しおりを挟む
-7月19日 PM9:55-

「報告します。成樟近衛本隊が何者かにより進行妨害を受けています。敵数は不明ですが、術士によるものと思われます。こちらへお出でになる予定でしたお嬢様は、念のため成樟本邸に引き返されました」
「わかった。こちらの損害は確認できる限りでは負傷者二十八名、死者はゼロ。本隊へ伝えろ」
「はっ」
徹平は頭をもたげさせた。
部下の報告を受けていた成樟私兵の部隊長らしき男が、煙草に火をつけていた。
「暢気だな。もう動けるやつらもいるだろ。あんたも、左腕の骨以外は平気なはずだぜ」
「君一人に敗けた我々には、明日から地獄の鍛錬が待っている。しばらく、煙草なぞ吸えんだろうからな」
男は紙巻きの煙草の煙を、ゆっくりと味わっていた。
徹平は立ち上がって鉄棒を拾いに行く。
「おう、あんな闘いしておいて、もう動けるのか」
部隊長が嘆息混じりに言う。
ストライカーは眠っている。死んではいないはずだ。
徹平が鉄棒を担いでビルの方へ歩いていくと、入口から瑞希と陽衣菜が出て来た。大吉の妹を両脇から支えている。名前は確か、束早といったはずだ。
「お前たち、無事だったか」
「どこが! 束早の意識がないのっ。そばに変な注射器みたいなものが転がってて、毒を打たれたのかも」
「落ち着け。医者に運ぼう」
汗だくの二人に替わり、徹平は束早を抱えた。瑞希は意識がないと言っていたが、混濁しているという方が正確そうだ。
「大吉は?」
陽衣菜に訊いた。
「まだ上に。春香さんも一緒です」
「森宮も来てるのか」
瑞希はここにいる。加勢に行くべきか、徹平が考えていると、二人連れの男が、倒れている成樟私兵の間を歩いてこちらに来る。
ひと目で、只者ではないと直感した。
特に右の、ウェットスーツを着た乱髪の男。ただ歩いているふうなのに、まったく隙がない。
「死屍累々だね~。ん? あ、死んではいないのか。ひゅう、これ君一人でやったのかい? すごいねえ。その鉄棒でやったのかな。軽々持っているけれど、実はかなり重いんじゃない? ちょっと触らせておくれよ」
左の中国人らしき男が、倒れている連中をぴょんぴょんと跨いで、興味津々に近づいて来た。徹平は、乱髪の男から目を離せない。
「于静、騒がしいぞ」
「ごめんごめん」
「しかし、もう祭は終わったあとのようだな。建物からも闘争の気配は感じん」
「そうなのかい。残念だったね。息子の成長っぷりを見物しに来たのに」
「ふん、ひやかしに来ただけだ」
乱髪の男が、踵を返す。
「せめて会っていったら?」
「ここからでもわかる。羽子もあいつも、途中で矛を収めたな。つまらんやつらだ。おい、酒でも飲みに行くぞ」
「悪いけど一人で行っておくれ。せっかくだから僕は大吉君に会っていくよ。彼らも、医者の手が要りそうだしね」
白衣姿の于静が、徹平らを一瞥する。
「好きにしろ」
男の片方が、去っていった。
徹平は、姿が見えなくなるまで、その背を注視し続けていた。
野性の動物、いや、竜が人の成りをして歩いているかのような男だった。
「おーい、君、いい加減無視はやめておくれよ。ただでさえ董娜とうなを上海に置いてきて、僕は淋しいんだよう」
残った于静とかいう中国人が、徹平の顔の前で手を振って注目を得ようとする。
「誰だあんた」
「僕は于静。しがない闇医者さ」
闇というわりに、堂々とした名乗りだった。

         ◆

-7月20日 AM8:20-

インターホンが鳴った。
大吉が玄関のドアを開けると、瑞希の兄が立っていた。
「朝早くにすみません。お話があって伺いました。上がらせてもらっても?」
「は、はぁ。どうぞ」
「お邪魔します」
アパートの前に黒塗りの高級車が三台連なって停められていた。一台が瑞希の兄が乗ってきたもので、あと二台は護衛だろう。
閑静な住宅街では、悪目立ちする。変な噂がたたないといいが。
あらためて会うと、瑞希の兄は高貴な気品を漂わせている。ボロアパートの一室とは、ミスマッチにもほどがある。
「なあに、お客さん?」
夜勤明けで寝ていた母親が寝室から顔を出す。
「やだ! イケメン!」
「お袋は寝ててくれ」
出て来ようとするのを押し戻し、襖を閉じた。
昨夜の闘いで毒を食らった束早は、大事を取って病院に入院している。解毒の処置は于静がしてくれていた。
なぜ于静が日本に、それもあの場所にいたのかは聞けていない。疲れ果てていたし、徹平は重傷を負っていた。本人はなぜかケロッとしていたが。
「あ、飲み物。麦茶とかしかないんですけど」
「ありがとうございます。今日は暑いですからね。嬉しいです」
冷蔵庫で冷えた麦茶をコップで出す。
瑞希の兄はコップを取り、片方の手をその底に添え、麦茶を飲んだ。美しい所作だ。
上品に水出し麦茶飲む様子は、ちょっとシュールだ。
「あの、話ってのは?」
大吉はちゃぶ台の対面に座った。
「桑乃家の今後のことが決まりましたので、お伝えにきました」
「はぁ」
自分が聞く必要があるのか。それも桑乃長兄の口から。思ったが、訊ける雰囲気ではなかった。
以前会った時ときに病を患っていると聞いたが、今日は体調がいいのか辛そうな様子はない。
「今朝、父の意識が回復しました。父は正式に跡継ぎを指名しました」
「え、マジですか。もしかして瑞希のお姉さんが?」
瑞希の兄は、ゆるりと頭を振った。
「佳奈美、妹は、父が不在の間に桑乃を乱したとされ謹慎を言いつけられました」
「じゃあ」
「家督は、瑞希が継ぐようにと。父は、もしかしたらはじめから、そのつもりだったのかもしれません。瑞希は承諾しています。思うところはあるでしょうが、私から見て、無理をしているようには見えませんでした」
「そう、ですか」
この兄の言うことなら、信用できなくはない。
自分が家督を継げば丸く収まると、瑞希は考えたかもしれない。
だが、だとしたら、昨夜の羽子との死闘はなんだったのか。
一夜明け、羽子がどうしているかはわからない。
「大吉君、それに昨晩の騒動に関わった君のご友人に、桑乃から制裁を与えるといったことはありません。成樟にもそういう声はないようです。ただ、名前が広まるのは、どうしようもありません」
「というと?」
「桑乃は財界に、成樟は政界に、それぞれ深いつながりがあります。君の名前は、その両方に伝わったと思います」
「えぇ、それって、どうなるんですか」
「わかりません。ですが、もしかしたら今後君に不都合を及ぼすことは、あるかもしれません。憶測で言えば、就職しようにも企業が桑乃に遠慮して、君を避けるとか」
大吉は口元を手で覆った。それは、かなり痛い。
「大吉君」
瑞希の兄が気遣わしげな目を向けてくる。
「大丈夫ですよ。自分の意思でやったことですから」
後悔はない。それは、本心だ。
「ありがとうございました。本当に。今回の一件、私個人は君に感謝しかありません」
瑞希の兄は座布団から降りて畳に正座し、深々と頭を下げた。
「頭を上げてください。って、前もこんなやり取りしましたね。俺たち」
瑞希の兄と顔を見合わせる。くすりと笑い合った。
先のことがどうなるかわからないのは、元からといえば元からだ。そう思うしかない。羽子には、甘いな、とまた言われるかもしれない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

処理中です...