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井ノ上

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桑乃瑞希 ⑦

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-7月18日 PM 8:30-

フェンガーリンが持ち帰った屋台飯で夕飯にするため、祭りの人混みから抜け出して近くの公園に移動した。
「飲み物買ってくるわ。陽衣菜、一緒に来てくれる?」
「うん、いいよ」
陽衣菜を呼び、大吉たちと離れた。
「あれ、瑞希ちゃん、自動販売機あっちにあったよ?」
「少し二人でお祭り歩かない?」
「え、いいけど」
瑞希はきょとんとする陽衣菜の手を引いた。
祭囃子に子どもの嬌声、屋台の客呼び。はじめて来た夏祭りは、想像していたよりも賑やかな場所だった。
嫌ではない。むしろ、ずっとこの場所でみんなと遊んでいたい。
「瑞希ちゃん?」
「神社の方に行ってみましょう」
陽衣菜は不思議そうに、それでもついて来てくれる。二つ結びにしている髪が、左右で仔犬の耳のように揺れている。
屋台が並ぶ通りが終わり、石段を登って銭豆神社の境内に入る。境内には幟旗が立ち、赤と白の祭提灯が空につられている。
「陽衣菜は、いまここで暮らしてるのよね」
「うん。向こうの建物だよ。宿坊っていうんだって」
「ごめんなさい。桑乃の都合で屋敷を追い出したりして。でももう大丈夫。陽衣菜には桑乃とは関係のない、普通の家庭を用意するよう姉に約束させたから」
「え、え?」
「陽衣菜、これ」
瑞希は巾着からフェリセットを出してあげ、陽衣菜に渡した。
「預かっていて。陽衣菜に貰った、私の宝物だから」
瑞希が微笑みかけると、陽衣菜はハッとして腕に飛びついてきた。
「だめだよ瑞希ちゃん、行っちゃだめ」
「ありがとう。ごめんね」
陽衣菜の手を、そっと解く。
境内の鳥居の傍に、羽子が立っていた。
「さようなら」
瑞希は親友に別れを告げ、羽子のいる方へ歩いていった。

          ◆

陽衣菜が半分泣きながら戻ってきた。
瑞希が行ってしまった。
そう聞いて、昨日羽子に言われた言葉を思い出した。認識が甘い。
「私、瑞希ちゃんを止められなかった」
「まだ間に合う」
大吉と陽衣菜、春香と束早、そして自分は一人でも平気だというフェンガーリン、三組に分かれて瑞希を探しに出た。
「多分、瑞希ちゃんは縁談相手のところに連れて行かれるんだと思います」
成樟なるくすか。場所はどこなんだ」
「わからないです」
「なら、その前に見つけるぞ」
そうは言っても、闇雲に探して見つけられるのか。
どこに向かうにしろ、車には乗るはずだ。この辺り一帯は祭で交通規制がかかっている。
瑞希は縁談を素直に受ける代わりに、最後に夏祭りへ行く許しを得たのか。
「あ、」
並走していた陽衣菜が急に立ち止まる。
「どうした」
「フェリセットが」
「フェリセット?」
陽衣菜がぬいぐるみを拾い戻ってくる。
「そのぬいぐるみ、前に一緒に探したやつか」
「はい。なんだろう、いま急に動いたような」
「ぬいぐるみが動いた? そんなわけ―」
いや、待て。確かこのぬいぐるみは付喪神になりかけていると、以前尚継が言っていた。
付喪神は持ち主に懐く。
芽生えかけている付喪神の自我が、持ち主である瑞希の元に戻りたがっているのだとしたら。
「瑞希のところに運んでやる。だから、瑞希がどこにいるのか教えてくれ」
「大吉さん?」
大吉は陽衣菜の手にあるぬいぐるみ、フェリセットに呼びかけた。
陽衣菜が戸惑う。その戸惑いが、驚きに変わった。フェリセットの垂れさがった腕が持ち上がり、方角を示したのだ。
「これって」
「説明は後だ。今はフェリセットが示す方へ向かおう」
なりかけの付喪神に、大した力はないはずだ。その微小な力を振り絞って、瑞希のいる場所へ導いてくれようとしている。
瑞希がいかにこのぬいぐるみを大切にしていたかが知れる。
人気のない路地に出た。
瑞希が、黒塗りの車に乗り込もうとしていた。
「瑞希!」
「瑞希ちゃんっ」
大吉と陽衣菜が呼び止める。瑞希が足を止める。
瑞希から向けられた驚きの瞳が、キッときつく細められた。
「どうして追ってきたの」
「瑞希お前、姉貴が勝手に決めた相手と結婚するつもりなのか。陽衣菜や春香たちとも、今日みたいに遊べなくなっちまうんだろ。それで、いいのかよ」
「あんたに、なにがわかんのよ」
「わからねえ。だからお前に訊くんだ。瑞希。お前はどうしたい」
「っ。私は―」
瑞希がなにか言いかけた。その言葉を遮るように黒塗りの車の運転席の扉が開いた。男が一人降りてくる。
「盛り上がってんのを邪魔して悪ぃな。だがこっちにもスケジュールがあってよ」
黒人系のアメリカ人だ。黒いスーツジャケットは肩と腕の筋肉で突っ張っている。足腰もかなり鍛えていそうだ。
「お前、この前屋敷に侵入したっていうやつだな」
「だったらなんだ」
男が上唇を舐めて笑う。
「なぁ羽子。今度は俺が遊んでいいよな」
「勝手にしろ」
羽子の声。振り返ると、陽衣菜の背後に羽子がいた。
「騒ぐな。人が集まってきても面倒なんでな。静かにしてれば、なにもしない」
羽子は陽衣菜の口を片手で覆う。
「羽子」
「よそ見してていいのか?」
ジャリ、とアスファルトを踏みしめる音。
大吉は腰を捻り、アメリカ人の拳をぎりぎりでいなした。メリケンサックをはめている。掠めた肩が熱い。
「反射神経はなかなかだな。へイ、名前はなんてんだ」
他人ひとに名前訊くなら、まず自分から名乗るのが筋だろ」
「おう、そうだな。リュウジョウ傭兵団Aランクソルジャー、ジャン・ストライカーだ」
「新田、大吉だ」
「ダイキチか。せいぜい楽しませてくれよ」
ストライカーが両手のメリケンサックを勢いよく擦り当てた。火花が散り、金属音が路地に反響した。それがバトル開始の合図ゴングだった。
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