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桑乃瑞希 ②
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-7月16日 AM9:20-
フェンガーリンは二つの選択を前に、苦しんでいた。
「神アニメの初回限定版ブルーレイボックス、これは要るわ。スパロボ超合金、これも要るな。去年M-1優勝したコンビのトートバッグ、ん~これも要る。あかん、どないしよう!なんっも捨てられへん、いるもんばっかりや!」
いるもの、いらないものを区別するために用意した二つの段ボール箱。いる方の箱はすでに満杯だ。
「それじゃ片付けにならないだろう。そのバッグとか、影になんでも入れて持ち運べる能力あるのに、なにに使うんだよ」
「ウチ、この二人のコントめっちゃ好きやねん。せやから利便性とか関係ない。このコンビへの愛が、バッグの形になってんねん。あれも、これも、全部そうなんや! ウチに愛を捨てろっちゅうんかぁ!」
フェンガーリンは物で溢れかえった部屋の中心で愛を叫ぶ。
「好きなものがたくさんあるの、フェンのいいところだと思う」
「春香よ、その結果がこれだ。居候の身ですっかり汚部屋にしちまって。だいたいそこらへんに脱ぎ散らかした服とか、捨ててない菓子の袋とか空のペットボトルとかは、それ以前の問題だろうが」
その上にアニメや漫画、お笑いのコレクションが幅を利かせているので、部屋はすっかり足の踏み場がなくなっていた。
たかだか三ヶ月ちょっとで、よくこんな惨状を作り出せたものだ。
「明日には春香の親父さんが一時退院で帰ってくるんだろ。詭弁を捲し立てる暇があったら手を動かせ、手を」
大吉が一喝すると、フェンガーリンは春香に泣きつく。容姿こそ白銀の髪がよく似合う艶やかな美女であるが、中身はオタクな引きこもりである。
しかしてその正体は、太陽を克服し古くから生きる珍しい吸血鬼なのだ。
「よしよし。私と大吉も手伝うから、一緒に頑張ろ、フェン」
「うぅ、わかった。ぐすん」
「はぁ。なんで俺まで」
期末テストを終えて迎えた、晴れの休日である。
三人がかりで二階の部屋をなんとか見られる状態まで片付けるのに、昼過ぎまでかかった。
一階のリビングに降り、一息入れる。
「お昼にそうめん茹でるけど、大吉も食べていくでしょ?」
大吉が麦茶で喉の渇きを潤していると、春香がエプロンを着けながらキッチンから訊いてくる。
「いや、今日はこれから外で飯の約束があるんだ」
「そうなんだ。左門くん?」
五月のピクニックで、春香は徹平と面識がある。といっても、あのとき徹平の顔は全く別人のように腫れあがっていたが。
「行くのは徹平のバイト先だけどな。約束は尚継とだ」
「尚継くんと二人で?」
「束早の件じゃ世話になったからな。礼も兼ねて飯奢ってくる」
春香は、いつも目の前でいがみ合う二人が仲良くするのが嬉しいらしい。
ご機嫌な春香に見送られ、大吉は待ち合わせの駅前に向かった。
尚継は先に来ていて、駅前にある諸手を空に掲げた女性像の近くで待っていた。
「あれ、春香さんは?」
「呼んでないよ。波旬《はしゅん》の件の礼に昼飯奢るって言ったろ。春香関係ねーじゃん」
「なにが嬉しくてお前と昼飯食いに行かなきゃなんねーんだよ! てっきり春香さんも一緒かと思ってこんなに気合入れてきたのに!」
確かに、尚継は蝶ネクタイにジャケット姿と、随分意気込んだ恰好をしている。
「その蝶ネクタイ鬱陶しいから外しとけ。それより飯だ飯。春香ん家《ち》で部屋の片づけ手伝わされて腹減ってんだよ、俺」
「春香さんの家にいたのかよ! だったらその流れで一緒に来れたじゃん! さては確信犯か⁉︎」
「いいから行くぞ」
大吉は尚継の襟首を掴み歩き出す。
「やめろ引っ張んな! 俺は帰る!」
ぎゃーぎゃー喚く尚継と駅前から移動しようとした、その時だった。
「大吉さん!」
半分悲鳴に近い、切迫した声に呼ばれた。
雑踏の中から、中学の制服を着た陽衣菜が飛び出してきた。
「うお、どうしたんだ陽衣菜。ずいぶんデカいリュック背負って」
陽衣菜は後ろから見たらその姿がすっぽり隠れてしまいそうな大きさのリュックサックを背負っていた。
人混みに揉まれていたからか、呼吸を乱している。
「大吉さん」
陽衣菜が涙ぐむ。
「どうした、大丈夫か」
大吉は只事ではない様子に気づき、陽衣奈に近寄る。
陽衣菜が、飛びついてきた。
「お願いします大吉さん、瑞希ちゃん、瑞希ちゃんを」
陽衣菜の顔が当たっている腹のあたりが、じんと熱い。
声はくぐもっていたが、確かに聞こえた。
瑞希ちゃんを助けて、と。
ありふれた駅前の喧騒が、大吉と陽衣菜を中心に遠ざかっていく。
フェンガーリンは二つの選択を前に、苦しんでいた。
「神アニメの初回限定版ブルーレイボックス、これは要るわ。スパロボ超合金、これも要るな。去年M-1優勝したコンビのトートバッグ、ん~これも要る。あかん、どないしよう!なんっも捨てられへん、いるもんばっかりや!」
いるもの、いらないものを区別するために用意した二つの段ボール箱。いる方の箱はすでに満杯だ。
「それじゃ片付けにならないだろう。そのバッグとか、影になんでも入れて持ち運べる能力あるのに、なにに使うんだよ」
「ウチ、この二人のコントめっちゃ好きやねん。せやから利便性とか関係ない。このコンビへの愛が、バッグの形になってんねん。あれも、これも、全部そうなんや! ウチに愛を捨てろっちゅうんかぁ!」
フェンガーリンは物で溢れかえった部屋の中心で愛を叫ぶ。
「好きなものがたくさんあるの、フェンのいいところだと思う」
「春香よ、その結果がこれだ。居候の身ですっかり汚部屋にしちまって。だいたいそこらへんに脱ぎ散らかした服とか、捨ててない菓子の袋とか空のペットボトルとかは、それ以前の問題だろうが」
その上にアニメや漫画、お笑いのコレクションが幅を利かせているので、部屋はすっかり足の踏み場がなくなっていた。
たかだか三ヶ月ちょっとで、よくこんな惨状を作り出せたものだ。
「明日には春香の親父さんが一時退院で帰ってくるんだろ。詭弁を捲し立てる暇があったら手を動かせ、手を」
大吉が一喝すると、フェンガーリンは春香に泣きつく。容姿こそ白銀の髪がよく似合う艶やかな美女であるが、中身はオタクな引きこもりである。
しかしてその正体は、太陽を克服し古くから生きる珍しい吸血鬼なのだ。
「よしよし。私と大吉も手伝うから、一緒に頑張ろ、フェン」
「うぅ、わかった。ぐすん」
「はぁ。なんで俺まで」
期末テストを終えて迎えた、晴れの休日である。
三人がかりで二階の部屋をなんとか見られる状態まで片付けるのに、昼過ぎまでかかった。
一階のリビングに降り、一息入れる。
「お昼にそうめん茹でるけど、大吉も食べていくでしょ?」
大吉が麦茶で喉の渇きを潤していると、春香がエプロンを着けながらキッチンから訊いてくる。
「いや、今日はこれから外で飯の約束があるんだ」
「そうなんだ。左門くん?」
五月のピクニックで、春香は徹平と面識がある。といっても、あのとき徹平の顔は全く別人のように腫れあがっていたが。
「行くのは徹平のバイト先だけどな。約束は尚継とだ」
「尚継くんと二人で?」
「束早の件じゃ世話になったからな。礼も兼ねて飯奢ってくる」
春香は、いつも目の前でいがみ合う二人が仲良くするのが嬉しいらしい。
ご機嫌な春香に見送られ、大吉は待ち合わせの駅前に向かった。
尚継は先に来ていて、駅前にある諸手を空に掲げた女性像の近くで待っていた。
「あれ、春香さんは?」
「呼んでないよ。波旬《はしゅん》の件の礼に昼飯奢るって言ったろ。春香関係ねーじゃん」
「なにが嬉しくてお前と昼飯食いに行かなきゃなんねーんだよ! てっきり春香さんも一緒かと思ってこんなに気合入れてきたのに!」
確かに、尚継は蝶ネクタイにジャケット姿と、随分意気込んだ恰好をしている。
「その蝶ネクタイ鬱陶しいから外しとけ。それより飯だ飯。春香ん家《ち》で部屋の片づけ手伝わされて腹減ってんだよ、俺」
「春香さんの家にいたのかよ! だったらその流れで一緒に来れたじゃん! さては確信犯か⁉︎」
「いいから行くぞ」
大吉は尚継の襟首を掴み歩き出す。
「やめろ引っ張んな! 俺は帰る!」
ぎゃーぎゃー喚く尚継と駅前から移動しようとした、その時だった。
「大吉さん!」
半分悲鳴に近い、切迫した声に呼ばれた。
雑踏の中から、中学の制服を着た陽衣菜が飛び出してきた。
「うお、どうしたんだ陽衣菜。ずいぶんデカいリュック背負って」
陽衣菜は後ろから見たらその姿がすっぽり隠れてしまいそうな大きさのリュックサックを背負っていた。
人混みに揉まれていたからか、呼吸を乱している。
「大吉さん」
陽衣菜が涙ぐむ。
「どうした、大丈夫か」
大吉は只事ではない様子に気づき、陽衣奈に近寄る。
陽衣菜が、飛びついてきた。
「お願いします大吉さん、瑞希ちゃん、瑞希ちゃんを」
陽衣菜の顔が当たっている腹のあたりが、じんと熱い。
声はくぐもっていたが、確かに聞こえた。
瑞希ちゃんを助けて、と。
ありふれた駅前の喧騒が、大吉と陽衣菜を中心に遠ざかっていく。
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