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喧嘩番長は巣立鳥に浮く
左門徹平 ⑥
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徹平は一六〇サイズの段ボール箱を片手で抱えていた。中には色とりどりの果物がめいっぱい詰まっている。
それを持って、退院した剣道部主将へ謝罪に行った。
高かっただろ、と大吉が訊くと、単車を売ったんだ、と少し寂しげに答えた。
主将の骨折は思いのほか早く治るとのことで、高校最後の大会にもなんとか間に合うらしい。
もともと試合の勝ち負けにこだわる人ではない。高校最後の大会が初戦敗退になっても言い訳ができる、と笑って徹平を許した。
「で、こいつをどうするか、だな」
三年の教室を出た階段の踊り場で、大吉と徹平は段ボール箱を挟んで額を突き合わせていた。
「そりゃこんなもん、貰ったって困るわな。考えりゃわかるだろ」
「うるせ。こういうのは気持ちだろうが」
食いきれないからと、主将はメロン一玉とバナナ二房だけ取り、あとを返した。
徹平が真面目な顔で悩むのが可笑しかった。
「なに笑ってんだよ」
「週末に噴水公園でピクニックやるんだ。何人か集まるから、そこで皆で食ったらいい」
「ほお、そりゃいい。じゃこいつはお前が引き取ってくれ」
「ばか、お前も来るんだよ」
「俺も?」
いいのか、と言いたげな顔をする。
「こんなもん、俺じゃ運ぶの大変だ」
それを片手で運ぶ徹平は、とても怪我人とは思えない。
大吉との喧嘩で外れた左肩は、はめ直して三角巾で吊るしていた。
「そうか。じゃ、呼ばれるとするか」
徹平はひょいと段ボールを抱えた。
「どこ行くんだ?」
階段を降りたところで、徹平が渡り廊下の方へ足を向けた。そちらは職員室や選択教科で使う実習室しかない。
「校長室。呼ばれてんだ」
「この前の、ゲーセンの件か?」
「どうだろうな。身に覚えがあり過ぎてわかんね」
鷹揚に笑い、徹平は校長室へ向かった。
それから三日、学校で徹平の姿を見かけなかった。
週末の日曜日。
「退学になっちまった」
けろっとした調子で言った徹平は、明らかに怪我が増えていた。
「お前、その腕。顔も、ぱんぱんじゃないか」
「せめて高校は出ろって、隆子に言われてたんだ。それがこうなっちまって、こうなった」
無事だったはずの右腕も左腕と一緒に三角巾で吊るされ、顔は蜂の巣の中に突っ込んだのかというほど腫れあがっている。
「各務瀬さん、恐いな」
「ほんとだぜ」
運動公園の噴水の前だった。
徹平と待ち合わせの場所は決めていなかったが、この公園で人と会うといえばこの場所になる。
ポケットの中でスマートフォンが振動する。さきに原っぱへ場所取りに行った春香たちからかと思ったが、違った。
画面には、アレッシオの標示。
「出ないのか?」
「ああ。用件はわかってるし、あとでかけ直すさ」
着信を切って、携帯をポケットに戻す。
「それより退学って、どうにかならないのか?」
「無理だろうな。今回の件だけが原因ってわけでもない。元々の素行とか、積もりに積もっての累積退場だ。だから自業自得さ」
今回の一件の裏には、大吉が”悪童”と呼ばれていた頃に因縁を持ったチンピラがいた。
そのことを知るきっかけになったのは、意外にも春香だった。
寺岡がゲームセンターで乱闘騒ぎを起こしたと、春香が報せてきたのだ。
すぐには誰だかわからなかった。
話を聞くうちに、春香にどつかれて尻切れに終わった喧嘩があったと思い出した。
母親の仕事のことを馬鹿にされたのがきっかけだった気がする。
去り際、追い縋ってこようとした寺岡がつんのめって顔から転び、額から血を出していたのはうろ覚えに記憶にある。
「ま、哀れに思うなら会社でもつくって俺を雇ってくれや」
徹平がわっはっはと退学を笑い飛ばす。
「その冗談はお前で二度目だよ」
大吉と徹平が話していると、瑞希と陽衣菜がやって来た。
ヘアバンドをした陽衣菜が、徹平の足元にある段ボールの果物を見つける。
わぁすごいいっぱい、と驚く。
その陽衣菜の前に、瑞希がずいと出てきた。
「ちょっと大吉、いつまで待たせるのよ。フェンガーリンなんて涎垂らして我慢してるのよ」
瑞希はつんけんして原っぱの方を指さす。今日は柔らかく軽そうなスカート姿だ。
「お、威勢がいいな。このちっちゃいのも大吉の友達か」
「誰がちっちゃいのよ。そういうあんたは無駄にデカいわね。あと顔が変!」
「はっはっ、言うねえ。気に入った! 顔は今はこんなだが、元はなかなかの美形なんだぜ」
キリ、と決め顔をする徹平。しかし腫れあがった顔では決まるものも決まらない。
「なんなのよ、こいつ」
「瑞希ちゃん、指差しちゃ悪いよ」
瑞希と徹平のやり取りにあたふたしていた陽衣菜が、遠慮がちに言う。
「こいつはそうだな、友達、かな」
徹平に視線を寄越す。
徹平は一抹の恥じらいもなく、むしろちょっと浮かれたように応える。
「おう、友達だ」
逆に大吉がむず痒さを覚え、噴水の方に顔を背けた。
水辺にいた鳥が、羽ばたいた。
巣立ったばかりなのかぎこちなく翼をはばたかせ、けれど空高く舞い上がる。
風はない。
ピクニック日和だ、と大吉は思った。
それを持って、退院した剣道部主将へ謝罪に行った。
高かっただろ、と大吉が訊くと、単車を売ったんだ、と少し寂しげに答えた。
主将の骨折は思いのほか早く治るとのことで、高校最後の大会にもなんとか間に合うらしい。
もともと試合の勝ち負けにこだわる人ではない。高校最後の大会が初戦敗退になっても言い訳ができる、と笑って徹平を許した。
「で、こいつをどうするか、だな」
三年の教室を出た階段の踊り場で、大吉と徹平は段ボール箱を挟んで額を突き合わせていた。
「そりゃこんなもん、貰ったって困るわな。考えりゃわかるだろ」
「うるせ。こういうのは気持ちだろうが」
食いきれないからと、主将はメロン一玉とバナナ二房だけ取り、あとを返した。
徹平が真面目な顔で悩むのが可笑しかった。
「なに笑ってんだよ」
「週末に噴水公園でピクニックやるんだ。何人か集まるから、そこで皆で食ったらいい」
「ほお、そりゃいい。じゃこいつはお前が引き取ってくれ」
「ばか、お前も来るんだよ」
「俺も?」
いいのか、と言いたげな顔をする。
「こんなもん、俺じゃ運ぶの大変だ」
それを片手で運ぶ徹平は、とても怪我人とは思えない。
大吉との喧嘩で外れた左肩は、はめ直して三角巾で吊るしていた。
「そうか。じゃ、呼ばれるとするか」
徹平はひょいと段ボールを抱えた。
「どこ行くんだ?」
階段を降りたところで、徹平が渡り廊下の方へ足を向けた。そちらは職員室や選択教科で使う実習室しかない。
「校長室。呼ばれてんだ」
「この前の、ゲーセンの件か?」
「どうだろうな。身に覚えがあり過ぎてわかんね」
鷹揚に笑い、徹平は校長室へ向かった。
それから三日、学校で徹平の姿を見かけなかった。
週末の日曜日。
「退学になっちまった」
けろっとした調子で言った徹平は、明らかに怪我が増えていた。
「お前、その腕。顔も、ぱんぱんじゃないか」
「せめて高校は出ろって、隆子に言われてたんだ。それがこうなっちまって、こうなった」
無事だったはずの右腕も左腕と一緒に三角巾で吊るされ、顔は蜂の巣の中に突っ込んだのかというほど腫れあがっている。
「各務瀬さん、恐いな」
「ほんとだぜ」
運動公園の噴水の前だった。
徹平と待ち合わせの場所は決めていなかったが、この公園で人と会うといえばこの場所になる。
ポケットの中でスマートフォンが振動する。さきに原っぱへ場所取りに行った春香たちからかと思ったが、違った。
画面には、アレッシオの標示。
「出ないのか?」
「ああ。用件はわかってるし、あとでかけ直すさ」
着信を切って、携帯をポケットに戻す。
「それより退学って、どうにかならないのか?」
「無理だろうな。今回の件だけが原因ってわけでもない。元々の素行とか、積もりに積もっての累積退場だ。だから自業自得さ」
今回の一件の裏には、大吉が”悪童”と呼ばれていた頃に因縁を持ったチンピラがいた。
そのことを知るきっかけになったのは、意外にも春香だった。
寺岡がゲームセンターで乱闘騒ぎを起こしたと、春香が報せてきたのだ。
すぐには誰だかわからなかった。
話を聞くうちに、春香にどつかれて尻切れに終わった喧嘩があったと思い出した。
母親の仕事のことを馬鹿にされたのがきっかけだった気がする。
去り際、追い縋ってこようとした寺岡がつんのめって顔から転び、額から血を出していたのはうろ覚えに記憶にある。
「ま、哀れに思うなら会社でもつくって俺を雇ってくれや」
徹平がわっはっはと退学を笑い飛ばす。
「その冗談はお前で二度目だよ」
大吉と徹平が話していると、瑞希と陽衣菜がやって来た。
ヘアバンドをした陽衣菜が、徹平の足元にある段ボールの果物を見つける。
わぁすごいいっぱい、と驚く。
その陽衣菜の前に、瑞希がずいと出てきた。
「ちょっと大吉、いつまで待たせるのよ。フェンガーリンなんて涎垂らして我慢してるのよ」
瑞希はつんけんして原っぱの方を指さす。今日は柔らかく軽そうなスカート姿だ。
「お、威勢がいいな。このちっちゃいのも大吉の友達か」
「誰がちっちゃいのよ。そういうあんたは無駄にデカいわね。あと顔が変!」
「はっはっ、言うねえ。気に入った! 顔は今はこんなだが、元はなかなかの美形なんだぜ」
キリ、と決め顔をする徹平。しかし腫れあがった顔では決まるものも決まらない。
「なんなのよ、こいつ」
「瑞希ちゃん、指差しちゃ悪いよ」
瑞希と徹平のやり取りにあたふたしていた陽衣菜が、遠慮がちに言う。
「こいつはそうだな、友達、かな」
徹平に視線を寄越す。
徹平は一抹の恥じらいもなく、むしろちょっと浮かれたように応える。
「おう、友達だ」
逆に大吉がむず痒さを覚え、噴水の方に顔を背けた。
水辺にいた鳥が、羽ばたいた。
巣立ったばかりなのかぎこちなく翼をはばたかせ、けれど空高く舞い上がる。
風はない。
ピクニック日和だ、と大吉は思った。
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