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井ノ上

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喧嘩番長は巣立鳥に浮く

左門徹平 ③

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主将が、襲われた。
朝の道場で素振りをするのが日課だった。一人でいるその時に、襲撃された。
防具をつけていたにも関わらず、その上から殴られ悶絶させられ、動けなくなったところを抱え上げられ、ぶん投げられたという。
冗談みたいな話でも、病院に運ばれた主将の負傷は現実のものだった。
病室でその話を一緒に聞いた他の先輩二人は、蒼白な顔を見合わせていた。
化け物じみた膂力もそうだが、その男が大吉らに向けて残した伝言が、二人を怯えさせていた。
「放課後、パチンコ屋の立体駐車場で待つ、か」
大吉は学校に置きっぱなしだった荷物を取りに、中央病院から戻った。
ちょうど昼休みだった。バッグを脇に抱え教室を出ようとする。
「大吉、どこ行ってたの?」
「春香か。部活の先輩が怪我してな。見舞いに行ってたんだ」
突き指でもしたようなニュアンスでは言ったが、嘘ではない。
「そうだったんだ。それで、またどこか行くの?」
「ちょっとな。早退する」
行き先を訊かれぎくりとした。平静を装う。
「今日はフェンたちとピクニックの買い出しに行こうって話しておいたのに、忘れてるでしょう」
「あ、」
忘れていた。
春香はピクニックにフェンガーリン、陽衣菜、瑞希を誘ってくれていた。
フェンガーリンは陽衣菜と瑞希とは面識がないので、ピクニック前の顔合わせも兼ねて皆で買い出しに行こうと、昨日春香が話していたのだ。
「その、すまん。今日は用ができて」
「そうなの? じゃあ買い出しは明日に」
「いいよ、四人で行って来てくれ。そんな重い物もないだろうし、荷物持ちがいなくても平気だろう」
「そんなこと」
春香は人を荷物持ち扱いしたりしないのは知っている癖に、つい言ってしまう。
隠し事が苦手だ。しかし、これから喧嘩するかもしれないとは言えない。
「とにかく、買い出しは頼むよ」
うまい誤魔化しは思いつかず、逃げるように教室を後にする。
大吉は昇降口でスニーカーに履き替え、一人で町境のパチンコ屋に向かった。
主将には行くなと言われていた。
唯一、襲撃者と直に対面した主将は、行けば必ずひどい目に遭うと確信していた。先輩二人も、同意見だった。
行かなければ、向こうから来る。そうなると、誰かを巻き込みかねない。なら、こちらから出向いた方がいい。
大吉は先輩たちには黙って、指定の場所へ赴いた。

立体駐車場の二階に上がると、一人の男が立っていた。
駐車された車は二台しかなく、隠れられそうな場所はない。
そもそも、行った先で大勢が待ち構えている想像はしていなかった。
男は長身でスリムだが、華奢さはまるでない。頭の後ろで結わえた赤味差した黒の長髪。
主将の言う特徴は、哀しいほど一致していた。
「来たな」
男が振り返る。
現れたのが大吉だと認めて、徹平も一瞬、哀しげに表情を歪めた。どうしてお前が、と目が訴える。だが、すぐに決然とした顔つきに戻った。
「お前、剣道をやってたのか」
「ああ」
「竹刀で人を打つってのは、楽しいのか」
「なにを言ってんだ、お前」
主将は三年で、つまり高校最後の大会が控えていた。あの怪我は完治にどれぐらいかかるのか。
人数が少ないながらも剣道に真摯に取り組んでいた姿を知っているだけに、大吉のはらわたも煮えくり返っていた。
なにか誤解があるはずだ。そうも思えるから、可能なら話し合いで収めたい。
「なにを、だと」
獣の、低い唸りのような声。
徹平が、傍に立てかけていた鉄の棒を取る。鉄パイプより二回り太く、長さは大吉の背丈より少し短いぐらいか。
徹平がその鉄の棒を、頭上で一度回転させた。空を切る鈍い音。
「なにをかなんてのは、てめえらの方がよくわかってんだろうが!」
徹平の突進ダッシュからの打ち払いを、身を屈めて躱す。そこに、蹴りが来た。腕で顔面をガードする。が、そのガードごと吹っ飛ばされた。
柱にぶつかる。
絶息した。やばい。本能で地面に転がった。頭上で柱が炸裂し、破片が飛散する。
「俺の本気の打ち込みを躱すか。それも二度」
徹平の鉄棒でコンクリを抉られた柱は、中の鉄筋が露出していた。
徹平は鉄棒を軽々と扱っているが、相当重量があるはずだ。
武器としての棒の扱いは単調でも、武器の重量に遠心力と徹平の膂力が乗っかっている。破壊力は喧嘩の道具としては度を越している。
つまり、徹平もそれだけ本気で怒っている、ということだ。
あれを食らうのはまずいな。大吉は冷や汗を拭う。
あの鉄棒をまともに受けたら、吸血鬼フェンガーリンの血を飲んだ後遺症、超回復力が露見してしまう。
重傷を負っても瞬く間に回復するのは助かるが、びっくり人間として世間をにぎわせるのは御免だ。
「なあおい、話をしないか、徹平」
「びびっちまったか」
「そりゃあな」
「だったらまず詫びるんだな。お前だけでなく、全員でだ。そしたら許してやるよ」
カチン、と来た。
自分を含め、剣道部の先輩たちに謝らなければならない非はない。
むしろ、どういう事情があるにせよ、高校最後の大会を控えた主将に怪我をさせた徹平こそ、詫びるべきだろう。
「わかったよ」
「ああ?」
「まずその鼻っ柱をへし折る。話は、それからだ」
「やってみろ!」
大吉はファイティングポーズを取り、徹平は棒を低く構えた。
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