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井ノ上

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令嬢はみそ汁に抱く

水上陽衣菜 ③

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五人で手分けして日暮れまで探したが、猫のぬいぐるみ、フェリセットは見つからなかった。
「やっぱり無理よ。見つかりっこない」
暗くなってきたので一度集まると、瑞希が弱音を吐いた。
「瑞希、明日も探そう。まだ向こうの森の方は探せてないしさ」
「春香」
「はいはい春香さん! 俺も! 俺も! 明日も頑張りますよ!」
「うるさいぞ尚継」
大吉と尚継が睨み合う。
「瑞希ちゃん」
陽衣菜はガッツポーズをした。
「……わかった。明日も、お願いするわ」
春香たちを外まで見送り、屋敷へ入る。
「なあにあれ、あんたの友達なの、瑞希」
瑞希の姉が、吹き抜けになった二階の手摺から声をかけてきた。
「庭をちょろちょろ這いまわって、なんの遊び?」
「遊んでなんか-」
「あんたには聞いてないわ、水上。ああ、もしかして探し物? そういえば何日か前にちゃちなぬいぐるみが無くなったとか騒いで、屋敷の中をうろうろしてたわね」
瑞希の姉は薄い唇の奥で、紅い舌をちろちろと回す。
「まったく、誰も彼もろくでもない。あんなもの大切にして、女々しいやつ」
「姉さんには関係ない」
瑞希は取り合わず、陽衣菜にまたね、と小声で言って居室へ歩いていった。
陽衣菜が二階を見上げると、瑞希の姉は妹が去っていった廊下を憎らしげに睨んでいた。

         ◆

「ねえ瑞希、この家で湿ってる場所ってどこかないかな?」
翌日、春香は会うなり瑞希に質問を投げかけた。
「屋敷の中は隈なく探したんだよね。ってことは庭で、ずっと陽が当たらなくてじめじめしてる場所とか、水辺とか、そういう場所ってないかな?」
「あるにはあるけど、それがフェリセットとなんの関係があるのよ」
瑞希が訊き返す。陽衣菜も、春香の質問の意図がわからずにいる。
「えーっと、なんて説明したらいいかな。ね、大吉」
「俺に振るのか」
大吉は目を閉じ思案を巡らせてから、息をひとつ吐いた。
「春香がそういう場所になにかがいる夢を視た。もしかしたら、なくなったぬいぐるみには意志が宿ってるのかもしれない」
「大吉、それはストレートすぎるんじゃ」
「変に誤魔化すのも面倒だ」
「ちょっとなんの話をしてるのよ」
瑞希は怪訝に眉を寄せる。
「そうなるよな」
春香は霊や妖が視え、不思議な夢を視ることがあるという。
尚継はそんな話を尻目に、庭先を飛ぶ蝶を眺めたりしていた。
「尚継、なんであんたはちっとも驚かないのよ」
「んあ? まぁ知ってたしな。っていうか、霊や妖の類なら、俺も視えるし」
確か尚継の家は神社だった。
「なによそれ。陽衣菜は、どう思う?」
「急には信じられないけど、ほんとうなんじゃないかな」
三人が示し合わせてそんな嘘をつく理由は思いつかない。人を煙に巻いて面白がる人達だとも思えなかった。
「信じられないけど信じられるって、矛盾じゃない」
「えへへ、そうだね」
「はぁ。こっちよ。あの森の奥に、池がある。陽もあまり差し込まないから、じめじめしてるわ」
「信じてくれるの?」
春香は不安そうに瑞希を窺う。
「見つかったらね」
五人で、新緑が芽吹く森へ分け入っていった。
外からは鬱蒼として見えたが、入ってみると人の手が加えられているのがよくわかる。枝が重なり合わないよう樹間が取られているので歩きにくくもなかった。
暗くならない程度には、木漏れ日も差し込んでいる。
池に出た。
落ち葉が堆積し、淵はぬかるんでいる。普段、この辺りには飼い犬のライカも近寄らない。
「あるはずない」
半信半疑な瑞希と一緒に、張り出した樹の根の陰や、石の裏などを引っ繰り返して探した。
「いた」
声を上げたのは、春香だった。
「瑞希、この子がフェリセット?」
春香が差し出したのは、クリーム色の猫のぬいぐるみ。陽衣菜が瑞希の誕生日に贈ったものだ。
「どうだ、尚継」
「ん~、付喪神かな。でも、なりかけって感じで、かなり気配は薄い。居所がわからないわけだ、ありゃ」
「放っておいても平気なんだな?」
「ああ。どうせ悪さはしないやつだ」
「ならいい」
大吉と尚継が、少し離れたところで話していた。
瑞希が、春香からフェリセットを受け取った。
「春香、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
瑞希は泥に汚れたフェリセットの耳の先を、愛おしげに触った。
フェリセットを探していた五人の手も、泥だらけだった。

春香たちには屋敷の洗面所で手を綺麗にしてもらい、お礼のお菓子やお茶を振舞った。
瑞希は、帰る春香たちを送り出してから、フェリセットを洗いたいと洗面所へ戻っていった。
「見つかったみたいね、あのぬいぐるみ」
瑞希の姉が廊下の角から姿を見せる。
「裏手の森にありました」
「あら、あんな場所に。ライカの悪戯かしら」
「ライカはあのあたりには近づきませんよ」
冷笑を浮かべていた瑞希の姉のこめかみが、ぴくりと引き攣った。
「なにか言いたげね、水上」
「いえ」
「ふん、捨て子だったくせに。お父様も甘いわ。あんたみたいなのを拾って召し抱えたり、男のくせに女みたいな趣味の息子を黙認したりして。
 気づいてないとでも? 裏であんたがあの子に自分の服を貸したりしてるのも知ってるのよ、こっちは。外に出る時は、それなりに普通の格好してるみたいだけど」
「瑞希ちゃんは」
瑞希ちゃんは、女の子です。その言葉を、陽衣菜は呑み込んだ。
春香や大吉、尚継はわかってくれた。
けれど、この姉に訴えたところで無駄なことは、同じ屋根の下で暮らしていてひしひしと感じる。
「失礼します」
陽衣菜はお辞儀し、その場を去った。

         ◆

その晩、使用人の仕事を終え、部屋で就寝前にノートをつけていると、瑞希が訪ねてきた。
「また創作料理のネタを書いていたの?」
「うん。今度作るね」
「楽しみにしてる。邪魔しちゃったかしら?」
「ううん。どうしたの?」
「ちょっと寝付けなくて。不思議なことがあった日だから」
「そっか。そうだね。お腹は?」
「すこし空いてるかしら」
「おみそ汁ならすぐ作れるよ」
食材は専属の料理人が管理しているので、自由が利くのは少量の調味料と乾物ぐらいだ。趣味で創作料理をする時は、自分の小遣いで食料を買いに行く。
「久しぶりに陽衣菜のおみそ汁が飲みたいわ」
陽衣菜は瑞希と忍び足で厨房に向かった。
「陽衣菜、あまり姉さんを恨まないでね」
みそ汁の湯気が立ち昇るのを見つめながら、瑞希がぽつりと言った。
素振りには出してないつもりだったので、どきりとした。
「姉さん、外に恋人がいたの。でも、別れた。兄さんは病弱で、私はこうだから。家督のことを考えると、多分父は婿を取ると言うはずよ」
自分には自由な恋愛は許されないと、瑞希の姉は考えたのか。
誰も彼もろくでもない。恨めしく吐き捨てた時の声が、耳の奥で甦った。
「わかった。でも、私は瑞希ちゃんの使用人だから」
「それじゃあ、私がこの家を出たら離れてっちゃうの?」
「使用人で、友達だから。その時はただの友達になるだけだよ」
「なら、よかった」
瑞希は陽衣菜の言葉を抱くように背を丸め、みそ汁をずずと啜った。
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