月夜の小鳥は哀切な嘘をつく【本編完結。アナザーストーリー連載中★】

山葵トロ

文字の大きさ
上 下
117 / 152
13.

17-1

しおりを挟む




  ◆◆◆◆◆◆



 風が吹いていた。びゅうびゅうと吹き荒ぶ風が波を高くする。
 指先の感覚は、もう随分と前から無い。寒いならばこの場から去ればいいのに、動けないのは真っ黒な海が自分を呼んでいる気がするからだ。心の凍えは、いくら身体を暖めても収まらないと知っているからだ。

 身体を冷やすことは、腹の子にも悪いことは分かっていた。けれど分かっていて、油断すれば引き込まれてしまいそうな暗闇から、目を離すことが出来なかった。

 
 「何してるのっ?! 」

 波の音をかき消す声に振り向く。


 「アナタッ、馬鹿なこと考えてるんじゃないでしょうね?!」

 「……っ?! 」
 
 突然、知らない女の人に抱き付かれて足元がふらついた。


 「ばか……っ、て……? 」

 女の人の言葉を繰り返そうとして、初めて思う様に声が出せないことに気付く。カチカチと歯の根が合わない音に、身体が芯まで凍っていることに今気付いた。
 感覚の無い足先が身体を支えられず、思わず女の人の腕にしがみつく。


 「ごめ、なさ…… 」

 まだそこまで目立たないけれど、思わず腹を庇った所作に、「まさか、君…… 」と女の人が見詰めてくる。
 返事の出来ない真祝がコクコクと頷けば、「この年の瀬も迫る寒空に、こんな薄着で何考えてるの! 」と怒鳴られた。そして、「うちの店がそこにあるから、一緒に来なさい!」と、フラフラとする真祝を全身で支えながら、半ば強引に、引っ張られる様にその店へと連れて行かれた。

 その店が『ブルー サンセット カフェ』であり、オーナーであるみすずとの出逢いだった。



 
 「今度は小鳥じゃなくて、人間の男の子を拾って来たの? 」

 柔らかい照明の光に包まれた、暖かい店内で、みすずに言われて持ってきた紅茶を真祝の前に置きながら、「飲みなよ、あったまるよ 」とみすずの夫でこの店の店長である三崎が言った。


 「男の子だけど……、君、Ωだよね? 」

 テーブルを挟んで、向かいに座るみすずがそう聞いてきた。わざわざ好き好んで明かすことでも無いけれど、この人には自分が身籠っていることは既にバレている。


 「はい 」と認めたら、みすずがキッと真祝を睨んだ。

 「お腹に、赤ちゃんいるよね? 」

 「……はい 」

 すると、立ち上がったみすずが、ポカッと真祝の頭をチョップした。


 「痛……っ!! 」

 「痛いじゃないわよ! 」

 今度はポカポカッと、二度叩かれた。


 「な、何するんですか?! 」「おい! 止めろ! 」

 まだ叩いてこようとするみすずの手を、三崎が掴む。


 「自分1人の命じゃないのに、捨てる気だったのっ?! 」

 「へ? 」

 想像もしていなかったことを言われて、思わず変な声が出た。


 「どんな理由があろうと、子どもの命まで奪うのは許せない! 」

 「君っ、死のうとしてたの?! 」

 涙を浮かべながら叫ぶみすずと、みすずの発言を信じて斜め上の質問をしてくる三崎に、真祝は慌てて首を振る。


 「勘違いです! そんなことしてません! 」
 


 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

「誕生日前日に世界が始まる」

悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です) 凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^ ほっこり読んでいただけたら♡ 幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡ →書きたくなって番外編に少し続けました。

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 父と2人でマイホームに暮らす鷹野 楓(たかの かえで)は家事をこなす高校生、ある日再婚話がもちあがり再婚相手とひとつ屋根の下で生活することに、相手の人には年のちかい息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟たちに楓は手を焼きながらも次第に惹かれていく。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

処理中です...