上 下
76 / 149
9.

13-3

しおりを挟む



 畳みかけるように言われて、真祝は言葉が出なくなる。


 「柚井様、貴方様は何がご心配なのです? 央翔様に対して何が不安なのですか? 私が言うのもなんですが、央翔様は…… 」

 「真祝さん……っ! 」

 富樫を遮る様に、真祝の名前を呼ぶ声がした。見上げた、大きなサーキュラー階段の上には、びしょ濡れの髪を拭きもせず、スラックスの上に白いシャツを釦《ボタン》も留めず羽織ったままの央翔が立っていた。


 「どこに……っ、行ったかとっ 」

 大会社の御曹司にあるまじき格好だ。どれだけ、慌ててるんだよ。


 「帰るよ、ありがとな 」

 「待ってください! 送ります! 」

 「お前、今日は仕事行くんだろ? 」

 いいよと手を掲げれば、央翔が急いで階段を降りて来る。どれだけだよと、真祝は思わず笑ってしまう。そして、富樫だけに聞こえる声で言った。


 「分かってますよ、富樫さん。アイツが俺には勿体ない位にいい男だってことも、俺を大切に想ってくれてることも 」

 「柚井さん…… 」


 そろそろ、覚悟を決める時が来たのかもしれない。

 
 「真祝さんっ 」

 濡れた身体に飛び付かれて、抱き締められる。


 髪から滴る水に「冷たいぞ 」と言ったら、「すみません 」と謝られた。けれど離れる気はないらしい。

 「なぁ、央翔 」


 背中に回した手に、ピクッと真祝を包む身体が揺れる。


 「お前、俺に正式なプロポーズしてくれんだって? 」

 「え…… 」


 絶句する央翔の素肌の胸に、「言ってみろよ 」と顔を埋めた。

 「今なら聞いてやる 」

 「真……祝さ…… 」


 抗えきれない番の香り。この、甘い匂いと空気に身を委ねてしまうのは、何て気持ちが良くて、楽なんだろう。

 うっとりと目を瞑りながら、自分の気持ちに拘るのは馬鹿げていることなのかも知れないと、真祝は思った。
 

 「ずっと、避けてたくせに 」

 拗ねたように言われて、「しないなら、別にいい 」と返せば、「冗談 」と嬉しそうに笑う。
 

 「俺、こんな格好なのにごめんね。でも、真祝さんの気が変わっちゃったら困るから 」


 央翔はそう言うと、スッと一歩下がって真祝の前にひざまずく。


 緊張しているのか、息を吸って呼吸を整える。息を吐くと同時に開いた明るい色の瞳が、見惚れそうなくらいにキラリと輝いた。

 「愛してます。結婚してください 」

 王子の様な人間からの飾らないストレートな求婚に、ときめかない者などこの世にいるのだろうか? 


 「お前、ずるい…… 」

 「大切にします。誰からも傷付けられないように、俺が貴方を守ります。だから…… 」

 ポケットから取り出した、小さな小箱。央翔が立てた片膝の上でパコッと空けると、その中には、大きなダイヤモンドの指輪が入っていた。


 「お願いです、受け取って? 」

 ダイヤモンドより綺麗な微笑みが、眩しくて目眩がする。


 「お前、いつも持ち歩いてたのか? 」

 「いつでもしたかったし、チャンスは逃したくなかったので 」
 
 
 気恥ずかしさに揶揄うつもりでそう言ったのに、返って来た答えは至極真っ当で、更に真祝を恥ずかしくさせた。

 助けてよ……と、困って富樫の方を見ると、富樫はニコニコと笑っているだけ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

抱きしめたいあなたは、指をのばせば届く距離なのに〖完結〗

華周夏
BL
恋人を事故で失った咲也の自殺未遂。 内に籠り不眠や不安をアルコールに頼る咲也を溶かしていくのは、咲也を気にかけてくれるアパートの大家、赤根巌だった。 頑なな咲也の心を、優しい巌の気持ちが溶かしていく──。

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ

樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー 消えない思いをまだ読んでおられない方は 、 続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。 消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が 高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、 それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。 消えない思いに比べると、 更新はゆっくりになると思いますが、 またまた宜しくお願い致します。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

あなたの世界で、僕は。

花町 シュガー
BL
「あなたの守るものを、僕も守りたい。 ーーただ、それだけなんです」 主人公ではない脇役同士の物語。 *** メインCP→ 〈鼻の効かないα騎士団長 × 選ばれなかったΩ〉 サブCP→ 〈α国王陛下 × 選ばれたΩ〉 この作品は、BLove様主催「第三回短編小説コンテスト」において、優秀賞をいただきました。 本編と番外編があります。 番外編は皆さまからいただくリクエストでつくられています。 「こんなシチュエーションが読みたい」等ありましたらお気軽にコメントへお書きください\(*ˊᗜˋ*)/

可愛くない僕は愛されない…はず

おがこは
BL
Ωらしくない見た目がコンプレックスな自己肯定感低めなΩ。痴漢から助けた女子高生をきっかけにその子の兄(α)に絆され愛されていく話。 押しが強いスパダリα ‪✕‬‪‪ 逃げるツンツンデレΩ ハッピーエンドです! 病んでる受けが好みです。 闇描写大好きです(*´`) ※まだアルファポリスに慣れてないため、同じ話を何回か更新するかもしれません。頑張って慣れていきます!感想もお待ちしております! また、当方最近忙しく、投稿頻度が不安定です。気長に待って頂けると嬉しいです(*^^*)

処理中です...