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思ったよりも、遅くなってしまった。
会社のビルの地下駐車場に停めていた車に、央翔は急いで乗り込んだ。チラリと車内の時計を見ると、既に20時を回っている。いつもよりはずっと早い時間だったが、今日はもっと早く退社する予定だった。
昨日は頭に血がのぼってしまい、売り言葉に買い言葉で、あんなことを言って部屋を出て来てしまったが、央翔は本当は心配で堪らなかった。
「でも、真祝さんも真祝さんだ…… 」
今日1日、何度スマホを見たか知れない。でも意地っ張りなあの人は、決して央翔に連絡を寄越しては来なかった。
発情期2日目で、身体が辛くない訳がない。助けを呼んでくれれば、どんなに仕事が忙しくても、直ぐに早退して駆け付ける心積もりだった。
なのに、電話もメールも無いまま、虚しく時間は過ぎ、普通通りに、1日、仕事をこなしてしまった。いや……。
央翔は1人で、深いため息を吐いた。
あまい誘惑香と、それ以上にあまい真祝の喘ぐ声。
指先にしっとりと吸い付く、滑らかな肌を思い出すだけで、堪えていた欲望が熾火のように燻る。油断すれば直ぐに燃え上がり、理性を凌駕してしまいそうな本能と、1日中戦うしかなかった。
仕事に没頭していなければ、どうにかなってしまいそうだったのだ。
『発情期休暇』が、Ωだけでなくパートナーのαにも適用される意味を、身を持って知った。
けれど、その分仕事を進められたし、部下にも指示を済ませ、明日は休みを取ることが出来た。
1日では足りないかも知れないが、この腕の中で時間を掛けてじっくりと甘やかしたい。
昨日は性急に求めてしまったけれど、今夜はとろとろに溶けてゆくあの人を、丁寧に優しく愛したい。
そして、あの、熟れた果実のような口唇から零れる蜜のような声で、今度こそ自分の名前を呼んで貰う。
『いい……っ、ふみ……とっ。すき、もっと、もっとし、て。すき、ふみ……っ、ふみとぉ…… 』
発情時の過ぎる快感に朦朧としていたのだろう。 最奥を突かれながら、真祝は何度もあの男の名前を呼んだ。何度も、何度も。
央翔は、口内に広がる鉄の苦味に気付いた。昨夜のことを思い出して、知らずうちに口元を噛みしめていたらしい。
もう、2度と自分に抱かれながら、他の男の名前は呼ばせない。
いづれは、真祝さん自身の口からアフターピルは使わないと言わせてみせる。
央翔は真っ直ぐに前を見詰めた。
車を走らせる車道の先に、自分だけの番である筈の、最愛の人が住む建物が見えて来た。
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