月夜の小鳥は哀切な嘘をつく【本編完結。アナザーストーリー連載中★】

山葵トロ

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 ◆◆◆◆◆◆


 今の二人のやりとりで、この男が真祝の言う《好きな人 》だということは、ほぼ確実だった。

 もう少しで、自分の腕の中に収まりそうだった綺麗な小鳥が、この男のせいで逃げ出してしまったことに、央翔は多少なりとも腹を立てていたし、傷付いてもいた。

 さっきまで真祝を抱き締めていた手の平をじっと見つめて、鼻先を擽る甘い匂いを思い出す。


 「僕は…… 」

 央翔は、ぎゅっと自分の両手を握り締める。


 「真祝さんの《運命の番 》です 」

 そう、《運命の番 》である相手以上に、大切な人がいて良い訳ない。
 しかし、挑むように言ったのに、嵐柴 二海人は、驚いた様子を少しも見せなかったのだ。


 「違う!! 」

 央翔の言葉に反応したのは、二海人ではなく、真祝だった。


 「何で……っ、二海人に何でそんなこと言うんだよ!!」

 飛び付くように、掴まれる胸ぐら。


 「違うだろっ! そんなのお前が勝手に言ってるだけで、俺達はそんなんじゃないだろっ! 」

 見上げる必死な瞳に、笑いたくなる。

 発情期でもないのに、こんなにいい匂いをぷんぷんさせて俺だけを誘ってるくせに、どの口が言ってんだろう。


 「言えよ! 違うって! 」

 「……嫌です 」

 「……?! 久我っ! 」

 胸元の真祝の両手に、自分の手を上から包むように重ねる。


 「あなただって本当は分かってるでしょう? 」

 目を見開いた真祝に満足して、央翔は包んだ愛しい人の両手を持ち上げて口付けた。

 やっぱり、自覚している。 認めたくないだけだ。


 「は、なせ……よっ 」

 「嫌だ 」

 央翔はもがく真祝の向こう、その理由となる男に視線を向けた。


 「久我……、君? 」 

 すると、二海人が待っていたのか、質問を投げ掛けてくる。

 「はい 」

 「君はα、だったよね? 」

 けれど、その質問は央翔を苛つかせた。


 「当たり前でしょう 」

 さっき、《運命の番 》と言ったばかりだ。

 だが、それを聞いた二海人は、央翔が考えていた行動とは反対に、浮かべる微笑みを深くした。
 ゆっくりとこちらへ近付くと、暴れる真祝の頭をそっと撫でる。


 「二海人っ、俺、俺は……っ 」

 「良かったな、まほ 」

 「え…… 」

 「これで、俺もやっとお役御免だ 」


 ピタリと動きを止めた真祝の顔色が、可哀想なくらいに青冷めていく。

 「それって、どういう…… 」

 二海人はそれには答えず、央翔に向き直った。


 「まほのことが好きですか? 」

 好き? そんなの愚問だ。


 「愛しています 」

 それ以上の言葉で、央翔は答えた。



 しかし、「そう…… 」と頷く二海人に、どうにも苛立ちが収まらない。

 どういうことだ? 自分だって、想っているんじゃないのか?

 そうでなければ、さっき、自分に抱き締められている真祝さんに気付いた時、真祝の名前を呼ぶ前、あんなに焼け付くような深く鋭い眼光をこちらに向ける筈がない。


 「私は……、俺は、小さな頃からまほのことだけを考えて、まほだけを大事にしてきました。 君がまほのことを《運命の番 》と言うからには、一生、まほだけを大切にしてくれますね? 」

 「それは…… 」

 『勿論 』と言い掛けた央翔の肩を、二海人がぐいっと掴んで引き寄せる。


 「……出来なければ、殺すよ?」


 耳元を掠める吐息と、ゾッとするような低い声。



 央翔は反射的に囁かれた耳を押さえると、慌てて自分の体を引き戻した。
 離れる瞬間に見えたのは、先程と同じ目の光。



 「君がどこの誰であっても関係ない。まほを泣かせるようなことがあれば、地の果てまでも追い掛けていくからね。……久我君  」


 けれど、次の瞬間にはすっかりと、先程の表情など尾首にも出さずににっこりと笑う。


 「まほを……、真祝を宜しくお願いします 」


 頭を下げた男に央翔は、自分の常識の範囲の外、何か得体の知れない、底知れぬものを感じていた。














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