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初めて、二海人とセックスするようになってから半年が経つ。
いや、あれをセックスと言うのだろうか……。
あれから発情期は3度来たけれど、二海人は絶対に最後までしようとはしない。奉仕もさせない。
ただ、一方的に真祝を達かせるだけだ。 優しく、丁寧に。もしかしたら、愛されているのかと、勘違いしたくなる程に。
だけど、勘違い出来ないのは、どんなに懇願しても挿入を伴うセックスをしてくれないからだ。「好き」の言葉にも、曖昧に微笑うだけ。
ボトムの上からでも分かるくらいに欲望を張らせているくせに。 澄んだ黒い瞳には、狂おしい炎を揺らめかせているくせに。
こっちはいいって言ってるのに、何をそうまでして我慢するのかが分からない。
発情期のΩを前にしたら、他の男であれば、αだろうとβだろうと、きっと騙してだって突っ込もうとする筈だ。
つり革に掴まり、揺られながら、真祝は、はぁ……とため息を吐く。
……責任取れなんて、言ってないのにな。
本当は分かってる。 発情期で苦しんでる“トモダチ”を見過ごせなくなったけれど、想いには応えられないから。 お堅い男の仁義ってヤツだ。
線路の向きが変わって、差し込む朝陽の角度も変わった。眩しさに思わず眉を寄せると、気付いた前の座席の若い女性が日除けを下ろしてくれた。
「ありがとうございます 」
微笑みながらお礼を言うと、その女性が「いいえ」と言いながらほんのりと頬を染めるのが分かる。 続けて何か話したそうな素振りを見せるが、真祝は知らない振りをした。 経験上こういうのをいちいち相手をしていたらキリがない。
けれどその時、真祝のよく知る甘い香りが、ぷんと鼻を突いた。
ーーーこんな、朝の混んでる通勤電車ん中でか?
キョロキョロと車内を見回すと、直ぐに分かった。
ドア脇に立っている高校生くらいの女の子が手摺りにしがみ付くようにして立っている。顔色は真っ青だ。
あの子か……。
流石の真祝もこれは放ってはおけないと思った。 ちっ……と小さく舌打ちをすると、すみません、すみませんと、人を掻き分け女の子の側に向かう。
周りの人に嫌な顔をされながらも、やっと女の子の所に辿り着いた真祝は、背後から女の子を囲うように両手をドアについた。
ハッ……とした女の子が、青い顔を上げる。
窓ガラスに写った泣きそうな目と合って、真祝は安心させるように、けれど周りには聞かれないように優しく耳許に囁いた。
「大丈夫。まだ、そこまでキツくないから。 」
今始まったばかりだろう。 これくらいなら、まだ周りを狂わす程ではない。
「薬、持ってる? 」
ふるふると振られる小さな頭。 あまりの無防備さに半ば呆れながらも、仕方ないなと真祝は心の中で遅刻を決めた。
このまま放っておいてしまったら、この子がどんな目に合うか分からない。
「俺も降りるから、次の駅で一緒に降りよ? 」
けれど、女の子は頷かない。
不安そうな瞳が、真祝を信じていいのか躊躇っているのが分かった。 気持ちは理解出来るが、そんな心配は全然いらないのに。
真祝は苦笑しながら、女の子にだけ聞こえるように耳許で囁く。
「怖がらなくてもいいよ。 俺も君と “同じ” だから 」
それを聞いた女の子の目が驚いたように見開かれた。 突然、急ブレーキを掛けた電車がガタン突然揺れる。
「……っ! 」
人波に押されながらも、真祝はついた手に力を入れて、女の子との間に空間を作る。 自分が怯えさせては意味がないから。
そう、同じだからよく分かるのだ。 こういう時、Ωがどんなに恐怖心に駆られているか。
こんな混雑した逃げ場の無い電車の中で、フェロモンにあてられたαやβに犯されようが、輪姦されようが、それは発情期に出歩いたΩのせいになる。
無理矢理うなじを噛まれて番にされても、加害者は決して罪には問われない。αには事故で済むが、Ωには一生のことなのに。
自分の身を守るのは、自分しかいない。
それが分かっているからこそ、この子には周りに居る人全てが敵に見えている筈だ。
「おな、じ? 」
青い小さな顔が、不思議なものを見るように真祝を見つめる。
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