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しおりを挟む「おまえのおや、"おめが" なんだって? 」
学校からの帰り道。 何故かいつも絡んでくる子達が、あの日は特に酷かった。
「しってるか? おめがは"いんらん" なんだぞ? ママたちがゆってた! 」
その時の真祝は、幼すぎて《淫乱 》の意味が理解出来なかった。
きっと、口さがない大人の言葉を真似ただけで、言った本人も分かっていなかったと思う。
だけど、真祝には許せなかった。
誰よりも大好きで、優しくて、儚げな美しさを持つ自慢の母を貶める言葉だということは理解出来たからだ。
「ちがう! ぼくのおかあさんはオメガだけど、そんなんじゃない!! 」
「なんだよ! うちのママが、うそゆってるっていうのか?! おまえのママは “いんらん” の ”あいじん“ で、”つがい“ だったおまえのパパから ”すてられた“ んだろ! 」
「……っ!? ちがっ…… 」
しかし、それには違うと最後まで言い返せなかった。
真祝は物心付いた時から父というものを知らなかったからだ。
知ってるのは、母が話してくれる、亡くなったという父の綺麗な思い出の中の姿だけ。
言葉の詰まった真祝に優位を感じたのか、相手は更に真祝を傷付ける言葉をぶつけてくる。
「だから、おまえも“いんらん”なんだよっ!おとこのくせに、おんなみたいなかおしてるもんなっ 」
そうだ、そうだと周りの子達も言い立てる。
母にそっくりな、真っ白い肌と小さな顔。染めた訳でもないのに色の抜けたような明るい栗色の髪と、同年齢の子と比べて薄く線の細い体つきは女の子みたいで、確かに間違われることもしばしばあった。
「おとこおんなー!」
「おとこんなー!」「おっとこんなー!」
真祝は両脇のランドセルの背負いベルトをぎゅっと掴んだ。
言い返せない自分が悔しい。目の奥がきんと痛くなって、涙を堪える為に口唇を噛み締めて俯く。
悔しいっ、悔しい……っ!
「おとこおん…… 」
中心になっていた子が、泣き出しそうな真祝に気付いて面白そうに一際大きな声を張り上げた時だった。
「なにしてんの? 」
歳の割りに、低く落ち着いた声。
それは、教室でいつも、真祝がうっとりと聞き惚れている、利発そうな、柔らかで自信に満ちた声と同じだった。
「あれ……? 」
ここに居る誰よりも、頭一つ抜きん出た高い背。 短めに切られた、艶のある黒髪。
顔を上げれば、足を止めているのは、やはり真祝の密かに憧れているクラスの委員長の 嵐柴 二海人で。
ずっ……と啜った鼻に、二海人が切れ長の瞳を大きく見開く。
「ないてるのか? 」
大丈夫?と優しく聞かれて、我慢していた涙が頬を伝う。
「ないてなんか…… 」
「ないてんじゃん 」
小さく落ちるため息に、呆れられたと思った。
憧れていたクラスの委員長から、男のくせに簡単に泣く情けない奴だと思われてしまったかもと思うと、余計に涙が溢れてくる。
「おまえら、いじめたのか? 」
「……っ?! い、いじめてなんか……っ 」
焦って言い訳しようとするいじめっ子達に、「まぁ、わかるけどさ」と二海人が笑った。
いつも公平な委員長の口から、そんな言葉が出るとは思っていなかった真祝はショックを受ける。
ひどい、嵐柴くんもコイツらと一緒なの?
けれど眦を険しくして、キッと睨みながら顔を上げた真祝の瞳に映ったのは、二海人の優しそうな笑顔だった。
そして、思ってもみなかったことを、楽しそうにいじめっ子達に言う。
「だって、かわいいもんな。クラスの女子、ううん、もしかしたらがっこうのだれよりもかわいいんじゃね?」
何を言い出すんだろうと、真祝は瞳を見開いて二海人を見つめる。
「すきなコはいじめたくなっちゃうよな? なっ、しのみや 」
「……っ?! 」
そんな筈はない、そんなことは絶対に無いと、丸くなった瞳を苛めっ子達に向けると、何故か苛めっ子達の頬が赤く染まった。
「え……? 」
不思議そうに顔を傾げると、彼らの顔がもっと赤くなる。
そんな苛めっ子達に、二海人が呆れたように言った。
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