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 「はあぁっ?! ジーク、お前、何言ってんだ?! 」


 タイランの驚いた声が部屋中に響き渡る。けれど、フィーナは別の意味で驚いていた。

 何、コレ。凄い即効性。しかし、思いながらも次の瞬間には即答していた。


 「……はい 」

 きゅっと握り返した大きな手。見つめるジークハルトの瞳が見開かれる。


 「本当に? フィーナ 」

 コックリと頷くと、広い胸に抱き竦められる。後ろで、タイランの騒ぐ声がしているが、フィーナは構わず好きな男の背中に手を回した。
 だって、その為に惚れ薬を飲ませたのだもの。

 「夢みたいだ 」と、ジークハルトの声が聞こえたけれど、フィーナ自身がそう思っていた。



 ◆

 それにしても、惚れ薬の効果は凄かった。何しろ、数滴で求婚プロポーズまでしてくれるのだから。
 当日はタイランに研究室を追い出されたジークハルトは次の日、花束を持って訪ねてきてくれた。とても嬉しくて喜んだら、毎日持って来てくれる様になった。おかげで研究室は、花畑のようだ。
 そして、フィーナは、ジークハルトが来てくれる度に惚れ薬の入ったお茶を出す。

 この間、量をティースプーンひと匙分増やしたら、「愛してる 」と囁いてくれた。
 ふた匙分増やしたら、夕暮れの窓辺でキスをしてくれた。

 欲は増すばかりで、惚れ薬はどんどん減っていく。これが無くなったら、彼の愛情も消えてしまう。
 少しでも、長く愛されたい。あの人が私を愛している時間を延ばしたい。延びるなら、延ばすことが出来るなら、何だってする。

 それには、ハラヒラの花がどうしても必要だった。
 



 ◆


 『探さないでください 』

 その日、フィーナは置き手紙をして魔導省を出た。二週間程前から薬は底をついていて、フィーナの不安通り、数日前からジークハルトも研究室に訪れていなかった。
 惚れ薬に頼った愛情は、そんなにも簡単に薄れてしまうのかとフィーナは焦った。

 ハラヒラの花はもう、とうに盛りを過ぎているけれど、何とか見付けなければならない。
 けれど、フィーナは目星は付けていた。前に、回復薬を作る薬草を取りに行ったラピ・ルト岳だけで、季節外れのハラヒラの花を見かけたことがあったからだ。
ラピ・ルト岳は馬を走らせれば、半日もあれば着く。フィーナだって、魔導省調合師の端くれだ。険しい山に登ることなど、今までいくらだってあった。

 だから、油断してしまったのかも知れない。ラピ・ルト岳の三つ目のピークに着いて、白い花を見つけた時、岩場から足を滑らせてしまった。
 ツいていたのは、下の張り出した岩場に落ちたこと。
 ツいていなかったのは、落ちた時に足を挫いてしまったことだ。これでは、崖の上に登れない。

 フィーナの使える治癒魔法を施してみるが、治すには時間が掛かりそうだ。フィーナは治癒時間と自分の体力を秤に掛けて、痛みが弱くなってきたところでやめた。

 山頂に近いこの場所は、風が強いうえ、日が暮れると、気温が更に低くなる。このままでは、凍えて死んでしまうかもしれない。
 行き先も伝えていない自分が救助される可能性はどれくらいなのだろう。


 途方にくれて、手にある数本のハラヒラの花を見た。

 「こんなんじゃ、足りないなぁ 」

 呟きながら、未だそんな事を思っている自分に笑ってしまう。今はそれどころじゃないのに。

 ハラヒラの花は求婚プロポーズの花だ。惚れ薬なんて間違った使い方をしたから、罰ばちが当たってしまったのかも知れない。

 でも、それでもあの人の心が欲しかった。
あの人の事を考えただけで、こんなに胸が痛くなる。ジークハルト様の気持ちは偽物でも、私の気持ちは本物だ。
 だから、フィーナは決心した。

 するべき事をしよう。断られてもいいから、もし生きて次に会えたら、この花を贈ってあなたが好きだって伝えよう。私から結婚してくださいって言おう。
 私は惚れ薬に頼り過ぎて、好きな人に想いを伝えるという当たり前のことさえしていなかった。

 そう心の中で誓った時、ケーンと竜の鳴き声が聞こえた気がした。

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