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しおりを挟むその言葉に美花は、確信した。全部を知った上で、市之宮より自分を選べと言っている。
だけど、そんなこと、出来る訳がない……。
いくら今、情に流されたって、いずれ私のことを重荷に思って後悔する日が来る。
「無理……です 」
「無理って、何が? そう決めつけてるのは、お前じゃないのか? 」
しかし、やっと発した言葉も浩峨に冷静な声で返された。
でも、じゃあどうすればいいっていうの?
決めつけるも何も、浩峨さんは本当には市之宮のことを分かっていない。
知らないからあんなことが出来るし、こんなことが言えるのだ。
そう思ったら、次の瞬間、美花は叫んでいた。
「絶対に無理よ……っ!! 」
迸る言葉が口唇から溢れて止まらない。
「私は橘さんが傷付く姿なんて絶対に見たくない! 私なんかと関わったから酷い目にあっただなんて、あなたには思って欲しくないの! 私が市之宮の所へ行けば……っ! 」
そうすれば、全てがまるく収まる。
浩峨さんには、私がお世話になる前の、今までの生活が戻るだけだ。
ハァハァ……と、酸素不足になった呼吸を整える。
胸の中までもびしょびしょになっているみたいだ。 痛くて、切なくて、言葉を最後まで続けられない。
「だからお願いよ……、お願いします。 今からでも、市之宮さんに謝って。 私からも許して貰えるように…… 」
「それが、美花の本心? 」
しかし、それを遮ったのは、浩峨の穏やかな優しい声だった。
美花は、濡れた瞳をしばたかせてそっと顔を上げる。
「……良かった。 そうだとは思ってたけど、言質が取れて安心した 」
先程とは明らかに違う、甘やかに微笑む表情。
その変化の理由が分からなくて、美花が不思議な顔をして見つめ返すと、「俺もね、不安になるのよ? 」と浩峨が苦笑した。
「けど、気持ちが分かったらもう遠慮なんかしないから 」
「橘……さん……? 」
「踏み込むからには放り出したりしないって言っただろう? そんだけの覚悟はあるんだよ。お前はもっと自分の好きになった男のことを信じろ 」
なんて、尊大で自信に満ちた言い種。
だけど、勝利を確信してニヤリと笑うこの人が、泣きたいくらいに好きなのは本当のことだから反論出来ない。
「美花、おいで 」
言いながら、浩峨が美花に向けて腕を広げる。
その腕は、怖いことなんか何もないよと、言っているみたいで。
「駄目よ、駄目だってさっきから…… 」
涙腺が崩壊したかのように、涙が溢れて浩峨の姿が歪む。
しかし、それでも躊躇う美花の耳に浩峨の柔らかな声が届いた。
「早く、俺んとこ来て? 」
声は鼓膜の奥に落ちて、美花の胸を震わせる。
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