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しおりを挟む七瀬 美花 は、明治からの歴史を持ち、創業者は華族の血筋という家に生まれた。
その家は、《七々瀬》という、織屋、染屋も自前で持つ、七瀬一族経営の総合呉服商社を営んでいた。
人間国宝の染め物も扱い、工房には落款を持つ職人もいる。
品のある、艶やかで絢爛豪華なデザインは、《七々瀬》ならではと、誰もに言わしめさせる程だった。
けれど、それは全て過去のこと。
会社も家も全て、突然現れた斎賀 朔耶という男に乗っ取られた。ファイナンス系を中心に、色々な事業を手掛けていたその男は、初め、父に親切ごかしに近付いて来たらしい。
若い風貌と人好きのする容姿に、皆が甘く見た。
気付けば、その男に、父の今は亡き兄、先代の娘で、七瀬の直系の跡取りである《七瀬 璃桜》とともに、美花と美花の家族は持てるもの全部を奪われていた。
家族は離散し、父は倒れ、母は行方知れず。美花は何もかもを失った。
所謂、世間知らずの箱入り娘だった美花にとって、世の中は厳しかった。
その中で、緩やかに壊れていった美花の絶望と恨みが、仄かな恋心を寄せていた斎賀に向けられたのは至極当然のことだった。
そしてとうとう、美花は事件を起こした。斎賀と従姉妹である璃桜の婚約パーティーに忍び込み、持ち込んだナイフで斎賀を刺したのだ。
◆◆◆◆◆◆
「ごめんよ、僕しかいなかったんだ 」
釈放された時に、警察まで迎えに来たのは見知らぬ男だった。
誰? コイツ……。
無視して脇を通りすぎようとすると、「ちょっと、ちょっと! 」と腕を掴まれる。
「物凄く不審がってるね? 心配しないで、怪しい者じゃないから。 君のお兄さんに頼まれたんだよ 」
「壱葉兄さんに? 」
ニコニコと馬鹿みたいに笑っている顔は、改めて見るとどこかで見たことがある気がした。
艶のあるサラサラとした黒髪。 柔らかく細めた漆黒の瞳は、一見人懐こそうで相手に安心感を与えるけれど……、あっ。
「橘…… 」
思わず口から零れた名前に、美花自身が驚く。
けれども、甘過ぎない、造形の整ったこの顔に神経質そうな銀色のフレームを乗せれば、この男は美花の知っている人に驚く程よく似ていた。
そんな美花を見ながら、男が嬉しそうにニッコリと笑う。
「ピンポン、正解! 僕は 橘 浩輔の兄で 浩峨といいます 」
「……兄 」
橘 浩輔は、今の自分をこんなふうにした張本人の秘書で、実質上、仕事での片腕と呼ばれる人物だった。
だけど、その橘の兄が何故? それに……。
「どうして、私が分かったの? 私は橘さんには何度も会ったことがあるけれど、貴方にはないわ 」
「僕ね、あの時、現場に居たんだよ 」
険のある言い方で聞けば、浩峨にあっさりと種を明かされ、美花はぐっと息を飲んだ。
そして次には、ナイフを握る感触が蘇ってきて、右手がぶるぶると震えだす。
人間の……、好きな人の体に食い込む刃物の感触。
美花は気付かれないように、その手を上から左手でギュッと押さえた。
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