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1巻

1-2

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 それは懇願こんがんではなく、通達だった。
 それから、と彼は私達に銀貨が入ったずっしりと重い袋を渡す。
 シャルルは激高げきこうして銀貨を突き返そうとし、銀貨が地面に散らばる。私はそれを一枚一枚、ひざまずいて拾う。青年も優美な指で拾い集めて、袋に入れ直してくれた。
 私は、青年を見上げて……素直に頭を下げた。

『ありがとうございます、助かります』
『リーナ!』

 シャルルは非難したけれど、私は銀貨を返さなかった。
 そのお金で施設の設備を新しくして、土地を増やして畑を作ればいい。
 寄付だけじゃなくて、施設独自の収入もあれば、子供達の生活は安定する。施設が土地を買うなんて、と役人達は眉をひそめるかもしれないけれど、必要なことだ。
 こういうとき、日本で暮らした記憶があってよかったな、と思う。感情だけで動かずに、長い目で見て何が得かを考えることができるから。
 貴族の青年は無言で一礼して馬車に乗り込む。
 私は彼の背中を見ながら、なかば自分に言い聞かせるように言った。

『このお金で、子供達が楽に生活できるようになったら、アンリも喜ぶよ、きっと』
『……でも……僕達はずっと一緒じゃなかったの? リーナは、アンリがいなくて平気なの?』

 シャルルのこぶしが震え、その手が胸元にあてられる。
 そこには、硝子ガラスを丸い形に整え、革紐を通した首飾りがあった、
 私も胸に手をあて、シャルルと同じ形の首飾りに視線を落とす。この国の騎士は、自分の所属する団の紋章をした飾りをつける。それにならって三人おそろいの何かがほしくて、自分達の瞳の色と同じ硝子ガラスを探して、首飾りにしたのだ。

『シャルル……』
『わかっているよ、リーナ。アンリのためにはこの方がいいって。でも、僕は寂しい……』

 シャルルはアンリと乳児の頃からずっと一緒なのだ。私より、ずっと辛いに決まっている。
 私は何も言えずに、ただ沈黙した。
 馬車のわだちがくっきりと、さよならの線を引いて彼我ひがを分けていく。別れの言葉を口の中で何度も繰り返しながら、私は銀貨の入った重い袋をギュッと胸に抱く。
 がっくりと肩を落としたシャルルが、国王の出したお触れに義務として応じて、国中の若者の中から聖剣の主に選ばれたのは、その一年後のことだった。


「あー! スッキリ! した!」

 パーティが去った翌々日。ようやく全快した私は、宿屋を引き払って冒険者ギルドにおもむいた。何だか懐かしい夢を見たけど、さっさと忘れよう!
 いつまでもしょんぼりしていたって、何も変わらない。とにかく前を向かなきゃ。

「あ、リーナさん! よかった、起きられるようになったんですね」

 今や顔馴染かおなじみになったギルドの受付嬢ロザリーが、私を見て目をうるませた。
 どうやら私の事情を知っているらしい。なら、話が早いや。

「その……、大変でしたね」
「うん、ちょっとね……おかげで色々と手続きをしないといけないんだけど」
「何でもどうぞ!」

 私はありがとう、と苦笑して石版タブレットを出した。
 このハーティア王国の冒険者で魔力がある人間は皆、石版タブレットを持っている。持っているもの同士でメッセージのやり取りもできるし、自分が持っている財産を数値として記録して、金銭のやり取りもできる。
 昨日までの宿代が引かれた、手持ちの残金を確認する。これからの生活を考えると、ちょっと迷ったけど――半分は施設の代表に送金した。
 施設の代表はつい最近代替わりして、私達より少し年上の施設出身者が務めている。しばらく仕事のあてがないから、なかなか送金もできないかもしれないしね。
 この国のギルドは冒険者の登録をするだけでなく、冒険に必要な武具や旅装の販売もしている。残りのお金で一人旅に必要な道具をそろえることにした。
 気のいい受付嬢が私の境遇に同情して、少々旧式だけれどお買い得な旅装を引っ張り出してきてくれる。や、優しい!
 感激する私に、優しいのはリーナさんです、とロザリーが口をとがらせた。

「もっと怒ってもいいですから! シャルルさんも悪いですけど、何ですか!? あの人!」
「あの人?」
「カナエさんとかいう異世界の人です!」

 ああ、と私はうなずいた。
 小柄で、つやのある黒髪の美女。多分、日本からの来訪者。
 その割に赤みの強い珊瑚さんご色という、何とも珍しい瞳だったけど、あれは異世界に来ちゃった影響なのだろうか?

「シャルルさんにべたべたして彼を洗脳して、婚約者のリーナさんとの仲を引き裂くなんて、ひどい!」
「婚約者? 私が!?」
「え! 違うんですか?」

 驚いた私にロザリーも目を丸くした。

「違う違う、ただの幼馴染おさななじみだよ」
「意外です。シャルルさんはリーナさんに頼りっきりって感じだったから、てっきり……」
「もう、十年以上の付き合いになるからね」
「婚約者じゃなくても、ひどいです……。それなのに、リーナさんったら、文句一つ言わないなんて」

 しおしおと代わりに項垂うなだれてくれるロザリーのおかげで、私は少し元気が出た。
 自分のために怒ってくれる誰かがいるって、いいな。

「仕方ないよ。勇者のシャルルの旅に、いつまでも幼馴染おさななじみがくっついているべきじゃなかったんだよ、きっと。潮時しおどきってやつ!」
「そうですか。……それで、リーナさんはこれからどこに行くつもりなんですか?」

 私はうーん、とあごに手をあてて考え込む。
 施設に一度顔を出してからゆっくり決めよう、と思っていたけど、シャルルとの軋轢あつれきを施設の仲間達に説明するのは今はまだしんどい。手紙で知らせて、訪問はまたの機会にしようかな。
 そうなると、特にあてはないのだ。

「行き先は決めてないんだけど、シャルルと同じ街にいるのも気まずいなあ……」

 さて、どこに行こうか。私は石版タブレットに指で円を描いた。
 私の求めに応じて地図が現れる。
 東に行くか、それとも西か。南の諸島に行くのも楽しいかもしれないけれど、あまり土地勘のないところに女一人旅は不安だな。
 と、思っていたら――

「それなら、この街に留まったらどうかしら? シャルル達は別のダンジョンへ行くみたいだから」

 聞き慣れた声に、私は思わず振り返る。黒に近い紫の髪をゆるく結い上げた美女が、ひっそりとたたずんでいた。

「フェリシア!」
「リーナ、二日ぶりね?」
「ど、どうして、ここに? 皆と一緒に行ったんじゃなかったの?」

 私の問いに、パーティの仲間の一人、魔導士フェリシアは華奢きゃしゃな肩をすくめた。
 受付嬢のロザリーを気にしているのか、視線を奥に移して言う。

「ロザリーさん、奥の食堂って今使ってもいいのかしら?」
「まだ料理人はいませんが、飲み物ならお出しできます! お茶でもいかがですか?」
「ありがとう。そうね、お茶より麦酒エールにして?」

 朝からガッツリ飲むつもりらしい。
 涼しい顔して酒豪しゅごうの美女は、私を誘って奥のテーブルに座る。
 ロザリーが運んできてくれたジョッキを、フェリシアが片手でかかげたので、私も付き合うことにした。

「乾杯しましょう、リーナ」
「何に乾杯?」
「そうね、お互いの転職に……かしら」
「お互いの?」
「そう。私もシャルルのパーティを抜けてきたの。乾杯」

 私は驚きつつも、乾杯、とジョッキをぶつけた。

「どうしてフェリシアまで?」

 確かに、他の皆が私を責めている間も、フェリシアは無言かつ無表情だった。私の追放処置に賛成ではないのかな、とは感じていたのだけれど、元からパーティメンバー全員に塩対応な魔法使いだから、単に興味ないだけなのかなー、とも思っていた。
 私の疑問に、フェリシアはぐっと一口麦酒エールを飲んでから、どん、とテーブルにジョッキを置いて答えた。

「リーナ、貴女は私が旅に同行した経緯を覚えている?」
「ええっと」
「私はね、勇者シャルルと、その幼馴染おさななじみにして優秀な治癒師である聖女リーナが旅に出るにあたって、まだ若い二人だけでは不安だからという王太子様の命で、貴女達に同行したのよ」

 そうでした。私はうなずく。
 聖女のくだりはともかくとして、旅に出ることが決まった四年前、シャルルは十五歳で、私はまだ十四歳。慣れない旅ということもあり、同行者が必要だった。そんな私達を心配して王太子様(まだお会いしたことはないのだけれど)が監督者として任じてくれたのがフェリシアだった。
 フェリシアは王宮付きの魔導士の一人で、本来は王太子殿下の直属の部下だ。
 彼女は私達のパーティの仲間として協力してくれるだけでなく、王宮との連絡役という任務もになっていた。

「だから、シャルルに言ったの。『私はシャルルとリーナの二人に仕えるよう任じられました。状況が変わったことを王宮に報告せねばなりませんので、一度王都に戻ります』とね」
「えーと。つまり」

 フェリシアの目がすわっている。
 その迫力に、私が明後日あさっての方を向くのに構わず、美魔女は続けた。

「シャルルに『貴方のしたことを王宮にチクるけど平気?』って言ったつもりだったの」
「で、ですよねー」

 それに対して、シャルルが何と言ったかというと。

「『それは残念です。道中お気をつけて』ですって。サイオンにいたっては喜んでいたし」

 魔導士のいないパーティは、色々と不便が多いはずだ。
 それに全く気づいていないのか、それとも他にあてがあるのか。

「それにしても、何故別のダンジョンへ? ここのダンジョンを探索するのが国王陛下から命じられた仕事でしょう?」

 私の問いに、フェリシアは再び肩をすくめた。

「カナエの提案よ」
「カナエさんの?」
「アンガスのダンジョンの魔物は手強てごわいから、近くにある別のダンジョンで似たような魔物を倒して、経験値を上げてから戻ってこようって。その提案にシャルルが賛成したの」

 フェリシアの説明を聞いて、私はにわかに不安になった。

「フェリシア、私も陛下の命令でダンジョン探索に来たでしょう? ここは一度王都に戻って、何かしら指示をあおいだ方がいいのかな?」
「今回の命令は、『勇者シャルルとその仲間達』に出ているわ。今回のことで貴女が何か責められるとは思えないし……まあ、さすがに貴女を追放するなんて王宮側も思ってなかったでしょうけど」

 だから、とフェリシアはからになったジョッキを置いた。ペースが速い。
 しかも全く顔色が変わらないのがすごい。酒豪しゅごう怖い。

「とにかく私は一度、王都へ行くわ。私が戻ってくるまで、貴女はひと月くらい、この街でのんびりしていてくれないかしら」
「のんびり……。でも、ここのダンジョン探索も誰かがしないといけないんじゃ……」

 シャルル達が別のダンジョンに行ったなら、アンガスのダンジョンの探索は中止されてしまっているはずだ。
 地下五階層より下で不穏な動きをする魔物の正体を暴き、その魔物を倒さない限り、アンガスの街の人はダンジョンの上の方の階層へしか行けない。
 アンガスの重要な交易品の一つである魔鉱石は、危険の少ない上の方の階層でも採掘されるけど、危険度に比例して採掘量は少なく、街の人は困っているという。
 その状況を打開するために、私達は派遣されてきたんだけどな。

「王都から飛竜騎士団ドラゴン・ナイツを派遣してもらうよう、依頼したわ。数日後には到着するでしょう。ひょっとしたら、彼らの治療やダンジョンの情報共有のために、貴女に声がかかるかもしれないけれど、そのときは助力してくれると嬉しいわ」
「もちろん」

 私がうなずくと、美魔女は優しく目を細めた。

「貴女はどこへでも自由に行っていい、っていうお墨付きを私がもらってくるから、それまではこの街でゆっくりしていて?」
「わかった」

 フェリシアとこんなに長くしゃべったのは、初めてかもしれない。
 いい人だけど、どこか孤高ここうといった雰囲気があって、打ち解けられなかったのだ。
 別れる間際になって、優しさがしみるなあ。

「しばらく、街でのんびりしてみる」
「ええ。最後は何だか拍子抜けしたけれど、数年間、若者達と一緒に冒険できて楽しかったわ」

 にこり、と微笑まれ、つられて私も表情を崩す。
 シャルルが十九歳、私が十八歳。
 そういえば、美魔女のフェリシアはいくつなんだろう?
 私達より少し上かなーとは思うけど、若者達、だなんて大げさだなあ。

「フェリシアはいくつなの?」

 私は冷えた麦酒エールを一口飲みながら、美しい人に聞いてみた。秘密よ、って笑われるかなーと思ったけど。

「四十八よ、今年で」

 ブホッ。
 私は盛大にお酒を噴き出した。

「ヤダ、きたない」

 難なくけたフェリシアが、ふきんで手早くテーブルを拭く。て、手際がいい。
 対して私は、完全にむせてしまっていた。
 よ、よんじゅうはちぃいいい!? 私の倍以上!?
 せいぜい三十前後かなーと予測して聞いたんですけど!!

「うそぉ。だだだ、だって、四十……はちぃ? うっそぉ!」
「よく、お若く見えますよねー、って言われるの」

 お若く見えるってレベルじゃないって!! 人外のレベルだよねそれ!!

「あ、違う、四十九になったかもしれない。どっちだったかしら……。最近、自分の年齢を忘れがちなのよね……」

 そのうれい顔にはしわ一つない。

「若者の話題になかなかついていけなくて、貴女達ともあまり打ち解けられず、悪いことをしたと思っているのよ」

 ほぅ……とフェリシアははかなげなため息をつく。
 えっ、そうだったの!? ミステリアスなキャラじゃなくて、ジェネレーションギャップゆえの遠慮だったの!?
 あまりの驚きで、シャルルに追放されたことがどうでもよく思えてきたぞ。
 私が何も言えないでいると、フェリシアはまた肩をすくめた。

「他の三人にはどうも気後きおくれするんだけど、貴女には同世代のような親しみを感じるのよね……」
「え、そう?」
「何故かしらね?」
「さ、さあー……」

 前世は三十前後で死んで、今世では十八歳。合わせて四十八……
 わー、ドンピシャだ!
 魔導士の勘のよさに舌を巻いていると、当のフェリシアはふふ、と笑う。
 何か、見透かされてる気がする……、どうしよう!

「あのー、その若さの秘訣は何らかの魔術?」

 動揺を誤魔化ごまかすためと、純粋な好奇心から聞いてみると、美魔女はアンニュイに髪をかき上げて耳にかけた。
 ほんのり甘い香りがする。ふぁ、ファビュラス……

「それはね、秘密なのよ」

 そうですよね……

「では、またね。リーナ」

 フェリシアは微笑んで立ち上がり、またフードを被る。
 私も慌てて立ち上がった。新しい門出かどでのお祝いに、とフェリシアが麦酒エールをおごってくれたので、ロザリーと一緒に外の門まで送る。
 フェリシアが戻ってくるまで、この街でのんびり、スローライフを楽しもうかな!
 まずは、家探しをしなくっちゃ。


 その日はギルドにある簡易宿泊所に泊めてもらい、ぐっすり休んだ。
 翌朝、朝食を買いに行こうと思い一階に下りると、ロザリーが深くため息をついていた。

「どうしたの? ロザリー」

 私の問いに、気のいい受付嬢はうんざりした様子で食堂を指さした。
 テーブルが一つと椅子がいくつか、尋常じゃないレベルで損壊している。

「昨日、ダンジョンから戻ってきたパーティが、些細ささいなことから喧嘩けんかになって」
「へえ」

 私達の他にも冒険者はたくさんいて、ダンジョンに行く人々も少なくない。ダンジョンは危険も多いし、ときにはパーティの関係も険悪になるし、酒場で酔って物にあたる人もいる。
 散らばった破片や木屑きくずを眺めて「掃除が大変」とぼやくロザリーに、私は片目をつぶってみせた。

「泊めてくれたお礼に、復元するよ」
「え?」

 私はロザリーからチョークを借りた。他に誰もいないことを確認して、損壊してしまった椅子やテーブルを元の場所に起き、それらをグルリと囲むように床に円を描く。
 昨日の夜、私が寝る前には平穏だったはず。ということは、大体十時間ってとこかな。
 戻す時間や呪文を、古代文字ルーンで書いていく。最後の文字を書き終えると、ほのかに文字が光った。

復元せよリストレーション

 私の宣言で、倒れていた椅子が、まるで生き物みたいに立ち上がる。
 それがピョンと飛んで元の位置に戻ると、バラバラになっていた背の部分も自分の役割を思い出したかのように飛びついた。
 映像を巻き戻ししたみたいに、椅子とテーブルが昨日の姿を取り戻していく。
 パラパラと散らばっていた木屑きくずが集まり、最後の一欠片ひとかけらがテーブルの真ん中に、パズルのピースみたいにピタッとはまる。
 うん! 修復完了!
 しばらく寝込んでいたから腕が落ちたかな? と思っていたけど、杞憂きゆうだったみたい!

「はい、泊めてくれたお礼!」
「リーナさん! すごい! さすがです! すごすぎますっ!」

 達成感いっぱいで振り返った私に、ロザリーは大感激してくれて、紅茶とサンドイッチをごちそうしてくれる。
 葉物野菜とハムとチーズが挟まっただけのシンプルなサンドイッチは、ロザリーが「特製なんですよ!」と言うオリーブオイルをつけて食べた。
 少し酸味のあるオリーブオイルがチーズとハムに絡んで美味おいしい。
 お腹が満足したところで私は彼女に聞いた。

「実は、家を探したいと思っているんだけど」
「家ですか?」

 シャルル達は別のダンジョンに行ったから顔を合わせる心配はない。フェリシアに聞いたダンジョンの位置からすると、あと半年近くは戻ってこないかも?
 フェリシアは魔法を使わず、馬で王都との間を往復すると言っていたから、戻ってくるのにひと月はかかるだろう。

「待っている間、宿屋に泊まるより家を借りた方が経済的かなあって」
「そうですよねえ……」

 この国のギルドは冒険者の登録、仕事の斡旋あっせん、財産管理だけでなく、不動産も扱っていることが多い。ここも例に漏れずだった。
 ロザリーが壁に貼られていたチラシを数枚持ってきてくれて、それを二人で眺める。

「いい物件があるといいなあ。実は一人暮らしって憧れていたんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。自分の部屋って持ったことがなくて」

 施設にいた頃は同年代の女の子達と大部屋暮らしだったし、旅に出てからは野宿か、アデルとフェリシアとの相部屋だった。

「物件、他にも色々ありますよ。詳細が書かれたカタログも持ってきますね」
「ありがとう!」

 カタログを見ながら悩んでいると、ロザリーの上司にしてこのギルドの事務長である、ヤコブさんがやってきた。
 ヤコブさんはまだ三十前と、ギルドの事務長にしてはとても若い。愛想はないけれど、仕事が速くて丁寧な人という印象を抱いている。
 ロザリーが事情を話すと、彼は無精ぶしょうひげの生えたあごに手をあてて、ふんふんとうなずいた。

「家を借りるって? リーナさん」
「ええ、できれば」
「うーん、だが、資金はあるのかい?」

 確かに、私のお金はだいぶ減ってしまった。家を借りる資金としては心許こころもとないかも。
 でも、と私は荷物の中からいくつかの天然石を取り出した。
 クオリティが低くて宝石としては販売できないからと、安くゆずってもらった天然石だ。

「この石を売ろうかなと思っています」
「これは売り物にはならないよ」
「ええ、知っています……だけど」

 私は腰に差していた護身用のナイフで、指の先に小さな切り傷をつけた。
 二人がぎょっとするのに構わず、ぷくりと浮いた血の玉をハンカチでぬぐって、天然石を近づける。
 すると傷口は、またたく間にふさがった。
 私の治癒ヒーリングの力を天然石に込めたのだ。

「す、すごい……。リーナさん、これどうしたんですか?」
「治癒師のいやしと同じ効果を、天然石に付与してみました」
「はー、耳にはしていたが、リーナさんの能力はすごいな」

 へへ、と私は笑う。
 通常治癒師は、三つの方法をもって他人を治療する。
 一つ目は、治療が必要な人間の潜在的な治癒力を高める、自己治癒といわれる方法。八割の治癒師がこの方法を使う。ただし、対象に自己治癒できるだけの体力が残っていることが前提なので、重体の相手には使用できない。
 二つ目は、治癒師が自分の治癒力を分け与える方法。これは相手が瀕死ひんしの状態になったときに使用する方法だけど、できる治癒師は全体の二割ほどだし、ひどいときには治癒師本人が昏睡こんすいしてしまう場合もある。
 三つ目は、私がさっき椅子とテーブルを修復したときに使った、少しだけ時間を戻す方法。これができる人間はほぼいないし、修復に必要なパーツが全部そろっていないといけないとか、あまり時間が経つと修復できなくなるとか、諸々もろもろ条件がある。ゆえにあまり治療には向かず、どちらかと言えば物の修復に利用される。
 この三つの方法が全て使える人間は、あんまりいないんじゃないかな!
 そして、実はもう一つ方法がある。

「治癒の力を、天然石に込めたんです」

 私は天然石を指でつまんで二人に一つずつ渡した。

「あ、ほのかに温かいですね」

 ロザリーが興味きょうみ津々しんしんとばかりに石を見つめる。
 私は、穴をあけたピンクの色石を取り出した。針金を通して一方の端は小さく丸め、もう一方は紐が通せるように大きめの円を作る。
 簡単だけど、ペンダントトップのできあがり!
 私はそれに紐を通して首にかけた。


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