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14. 眠れない日々

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 毎朝グレースは女子寮を出る時に、無意識にビリーが居ないか確認してしまう。そしていつも期待を裏切られて目を落とす。その様子を見ていた女子生徒達が、グレースに聞こえるか聞こえないか位の絶妙な声の大きさで、きっとフラれたんだと小気味良さそうに話している。

 (聞こえてるっつーの)

 グレースは冷たく鋭い視線を噂好きの女子生徒達に向けると、彼女たちは血相を変えて教室に向かって走って行った。

 (でも、確かにフラれたみたいな状況かも)

 夜はビリーが扉をノックして訪れるのではと期待して、中々寝付けない毎日を過ごしている。

 グレースは教室では一番後ろの窓際に座るのが定位置となっていた。今は男女別の授業で、外を眺めると男子生徒達が剣技の授業を受けている。ビリーのいないあの授業はなんて見応えが無いのだろう。そんな剣の振るい方ではすぐに敵にやられる。ああ、そうだ、この国は平和すぎて兵士に気の緩みがあると父もビリーも言っていた。騎士候補の貴族子息の多くが十七、十八の歳を迎えてもこのレベルの剣技であれば、軍に迎え入れてからの指導はかなり大変だろう。
 それに比べてビリーの剣技は本当に美しく力強かった。あれは日々鍛錬をしていないと身に付かない。彼はあんなに態度が悪いのに、きっと陰では相当な努力をしているに違いない。そういえば抱きしめられて一緒に寝た時、彼の胸板は厚く、腕はたくましく、グレースが触れた指先には鍛え上げられた肉体の感触があった。
 思い出すとグレースの胸はバクバクと高鳴りだし、授業に集中できなくなり、また窓の外を見る。すると一人の男子生徒と目が合ったが、グレースは特に気にせず視線を教室に戻した。
 
 鐘がなり、教室の外に出ると、若い男の子達の甘い汗の匂いが漂っていた。剣技の授業が終わった男子生徒達が汗だくで学舎に戻ってきている。その群れを遠ざけて横切ろうとすると、先ほど目が合った男子生徒に声を掛けられた。

 「ねえ、君、ロザリオ侯爵令嬢でしょ?」

 蒼黒そうこく色の髪に、ひょろりとした姿の生徒である。真っ赤な瞳をした目が、青白い顔に不気味に映えていて本能が拒絶を示す。

 「ええ、そうですが、何か」

 グレースは何とも言えないきな臭さを感じ、身を強張らせて警戒する。男子生徒は薄気味悪く笑った。

 「みぃ~つけたぁ~」

 グレースがぞっと背筋を凍らせていると、後ろから誰かに腕をグッと引っ張られて男子生徒から遠ざけられた。引っ張った相手を見ると、トリシアだった。

 「ごきげんよう、べリール様。わたくし達は次の授業に急がねばなりませんので、それでは失礼いたします」

 トリシアが制服のスカートを手で少し持ち上げて優雅に挨拶すると、グレースの腕をしっかりと組み、素早くその場から立ち去った。

 トリシアは男子生徒の群れから離れた所まで来ると、腕の力を少し緩め、歩きながら小声でグレースに話す。

 「以前警告したでしょ。セニから薬が買えなくなって恨んでる奴がいるって。アイツ多分そうよ。パーティーでいつもセニに声を掛けていたもの」
 「まさか、助けてくれたの?」
 「あたりまえでしょ、義姉妹なんだから」
 「あー……そうなるのかな?」
 「なるわよ」

 グレースはトリシアと話しながら、ちらっとだけ後ろを見ると、べリールはあの場にまだ留まっており、陰湿そうな目でジッとこちらを見ていた。



 ♢♢♢



 太陽は高く南の空にあった。艶めく長い黒髪をハーフアップの団子に結び、東洋美人のような風貌の男性が豪華絢爛な廊下を足早に歩いている。彼の着ている黒のローブは、歩みに合わせて地面をなぞる様に揺れていた。
 
 重厚な扉の前に立つと、身だしなみと息を整え、扉の両側に立つ兵士に目で合図をする。その合図で兵士が扉をノックし、中からの返事を待って開けると、広い部屋の中にはバルトラ中将と、もう一人ハニーブロンドの髪をオールバックにした、成熟したフランソワのような男性が立っていた。

 「国王陛下」
 「アゲハか、フランソワの様子はどうだ?」
 「先ほどやっとお眠りになりました」
 「そうか……」

 国王は執務机に向かって歩き、椅子に腰を落とす。

 「アゲハ……原因はなんだ?」
 「今までは、重圧からくるものと、思春期のホルモンバランスの変化で過剰にストレスに反応されているのだと思っていましたが……」
 「私もそうだとずっと思っていたよ。違うのか?」

 アゲハは小首を傾げ考える。

 「もしかしたら……重圧と思春期が原因というより、それが何かのトリガーになったような……」

 アゲハは呟き、自分自身に軽く首を振ってから、国王に視線を戻す。
 
 「いえまだ何とも言えません。原因と治療法を探る為、しばらくフランソワ様には私も仕えさせていただきます」

 扉をノックする音が聞こえた。国王はバルトラ中将に目で合図を送り、彼は扉の外に返事をする。開かれた扉の前には、あきらかに顔色の悪いフランソワが立っていた。

 「フランソワ、もう目が覚めたのか?」
 「はい……こんな昼間から寝るわけにはいかないので……」
 
 フランソワは今にも倒れそうな勢いでフラつき、急いでバルトラ中将が駆け寄って支え、近くのソファに座らせた。

 「大丈夫だから、お前は寝なさい」

 国王は心配そうにフランソワの横に座り、頭を撫でる。
 アゲハが使用人を呼んで指示を出し、温かい緑茶を持って来させ、国王に渡した。

 「緑茶が好きだそうだな。さあ、飲みなさい」

 フランソワは力なく微笑み、緑茶を受け取って飲むと、そのまま崩れるように国王の膝に倒れ込んで寝てしまう。手にしていたティーカップは手から離れて床に転がった。

 「陛下、催眠薬を混ぜました。暫くは夕食の際に混ぜておいた方がよろしいかと。バルトラ中将、フランソワ様をお部屋に運んでください」 

 国王はバルトラ中将に運ばれて行くフランソワを見て、沈痛な面持ちを浮かべていた。

 「どうしたら救ってやれるのか……」 
 


 
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