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7. フランソワの心の中

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 栄華を誇るキングスウッド王国。その栄華を維持する事は並大抵ではない。国王の周りは身内を含めて敵だらけである。いつ誰が玉座から王を引きずり下ろして成り代わろうとするか、他国がこの国の栄華を奪おうといつ武力で攻め入ってくるか、はたまた国民の不満がどこかに蓄積されれば革命の恐れだってある。
 そして安定的な国の繁栄には後継問題は最重要事項である。後継となる王太子は優秀でなくてはならないし、万が一王太子の身に何かあった時のために、国王の子供の数は多いほど良い。だが、現国王にはフランソワしか子供がいなかった。王妃はフランソワを生んだ後、産褥熱で敗血症を引き起こして亡くなったのだ。

 国王は王妃以外は愛せなかった。
 
 国王は王妃の面影を持つ、彼女の忘形見のフランソワをそれはそれは大切にした。必ずこの子をこの国の歴史上一番の名君に育て上げると王妃の墓に何度も誓う。
 
 フランソワには優秀な教師、剣や武道の達人、芸術家、マナー講師等を沢山つけて、朝から晩までみっちり英才教育を施した。国王も時間を見つけてはフランソワの元に行き、自らも教育をする。
 
 フランソワは幼いながらにも、父の悲しいまでの亡き母への愛を感じていた。そして、全て自分への愛である事も理解していた為、父の過度な期待に応えようと、子供らしい遊びなど一切せずに、寝る以外の時間は全ての時間を勉強や稽古に捧げた。元々地頭が良く、努力家で、親孝行なフランソワは、周りが理想とする王太子へと見事に成長していった。

 だが、思春期を迎えた頃、心の不調が現れはじめる。酷い不眠症に悩まされるようになったのだ。

 フランソワはある日の真夜中に恐ろしい夢を見て飛び起きる。何がそんなに怖かったのかは目覚めた時には既に忘れていたが、夢から現実に向かう瞬間に臓物が浮き上がるような落下感を感じた。その感覚だけは目が覚めた後もしばらく残っており、心拍数に合わせるように呼吸も速くなっている。大きく鼻から息を吸い込みゆっくり吐くと、額に手を当てた。手にはびっしりと汗がついた。
 そんな状態が毎夜のように続き、次第にベッドに入って目を瞑る事自体に抵抗が出てきた。

 フランソワは毎晩、部屋の出窓の突出した部分に腰をかけて、ブランケットにくるまりながら静寂の夜空を眺めて過ごした。月明りが綺麗で、月をぼーっと眺めていると何故だか郷愁にかられた。自分は月にでも住んでいたのだろうか? そんなことを思いながら時間を潰し、いつの間にか体力が果ててそのまま出窓で眠りに落ちる毎日を繰り返していた。
 フランソワは悪夢のストレスからか、それとも寝不足だからか、段々と目つきが悪くなり、口数も減っていった。すべての原因は、過度な重圧を背負い、自分の感情を抑え込みすぎていた為に、心が悲鳴を上げていたのだろう。

 フランソワの異変に一番最初に気がついたのは誰よりもフランソワを愛し、期待を背負わせてしまった国王だった。国王は幼い我が子に大きな負担を与えていた事にやっと気がつき、心から悔やんだ。
 
 信頼できる王国軍参謀次長バルトラと、王室主席医師アゲハに相談して、フランソワを近衛師団に配属する。国王、バルトラ、アゲハの三人は、任命の前日にフランソワを国王の執務室に呼び、近衛師団に配属されることと、そこでは王太子としての振舞いはしなくていいと伝えた。そして国王は、王室に受け継がれる宝器の一つである魔石のイヤーカフをフランソワに渡して、近衛師団にいる時は髪の色を変えさせて、フランソワのミドルネームの一つであるウィリアムの名から、その愛称であるビリーと名乗らせる事にした。
 バルトラはこの時に王国軍から近衛師団に配属替えし、フランソワの護衛兼部下として常に行動を共にする様になる。フランソワまたはビリーが一人に見える時も、実はバルトラは陰でずっとそばに控えている。

 フランソワが団長を務める近衛師団の兵は、腕も人柄も選ばれた精鋭が集められており、彼らにはビリーがフランソワ王太子である事も知らされていたが、忠義の厚い彼らはそれを一切他言する事はなかった。
 
 フランソワは、近衛師団にいる時だけが素を出せる場となっていき、自分が自分でいられる場所ができた事で、次第に不眠症も治まっていく。そして王太子フランソワの姿と、近衛兵ビリーを上手く使い分けるようになり、健康体に戻っていった。
 
 すると次の問題が出てきた。結婚適齢期を迎えているフランソワの結婚問題だ。何も知らない臣下や貴族はフランソワの結婚相手の発表を首を長くして待っている。だが当の本人フランソワは、結婚などしたら一生伴侶の為に偽りのフランソワの姿を演じて生活しないといけないと思うと、それだけで息苦しく、何とか独身王で貫き通したかった。そして国王もフランソワの結婚は諦めていた。これ以上息子を追い詰めたくなかったのだ。
 待てど暮らせど進展のないフランソワの結婚問題は、政治的野心家達にとっては格好の攻撃材料となる。
 
 ある日、王位継承権のあるブルワーニュ家で起きた殺人及び違法薬物事件を近衛師団が担当することになった。
 
 潜入調査の為に、フランソワとしてパーティーに足を運ぶと、色めき立った令嬢達が群がってきて鬱陶しかった。そして更に目の前ではブルワーニュ令嬢が知らないどこかの令嬢に難癖を付け始めていた。
 とりあえずフランソワとしてその場に入って収めたが、やはりこんな令嬢という生き物達に気を遣って理想の王子を演じ続ける結婚など、絶対にごめんだと思い、誰にも悟られないよう顔を曇らせたのだ。

 再度潜入調査に訪れたパーティーでは、疑わしい人物を追いかけてバルコニーに向かうと、ブルワーニュ令嬢とそのお仲間達がまたも揉めている様子だった。
 呆れながら近づいていくと、先日たまたま視察した辺境伯の所で見かけた変な女グレース嬢もいた。
 別に彼女の事など何とも思っていなかったが、視察で見た彼女のスパーリングが余りにも気持ち良く決まっていたので印象に残って覚えていた。
 だが何とも思ってなかったはずのその女は、偉そうなブルワーニュ令嬢に向かって、ドスの効いた声を出した。その姿にフランソワは固まり、一気に気になる女の位置まで爆上がりした。
 
 (自分と同じくらいイカれた女がいる)
 
 フランソワはもっとグレースの事が知りたくなった。その時は女性として見ているというよりも、親近感が大きかったのと、似たような存在を発見し、孤独感が和らいだからであった。
 
 何とか接触する理由を考えて、騒ぎを起こした罰としてこの殺人事件を手伝わせる事にした。実際、潜入調査が出来る令嬢がいれば効率的だ。自分が王太子として行けば令嬢たちによって中々前に進めないし、近衛の格好で潜入すればターゲットに警戒される。ビリーの見た目で貴族の装いをして潜入する事も考えたが、単独で入ると他の貴族達から見た事もないどこの貴族だと怪しまれる。
 
 彼女の潜入調査初日に、少し話してみたくて、潜入調査の説明も兼ねて馬車で迎えに行ったが、会話したグレースはマジでイカれた女だった。おかげでこちらも気兼ねなく会話および喧嘩が出来た。だがそれがすごく心地良く、新鮮で気楽だった。
 そしてあろう事か、馬車を降りて月明かりの下に立つグレースが、キラキラと輝いて見えてしまい、生まれて初めて誰かに対して美しいと感じてしまった。自分は月明かりに弱いのだろうか。
 
 そのままグレースを一人でパーティー会場に行かせたが、売人以外にも変な男が寄ってくるんじゃないかと気が気でいられなくなり、急いでフランソワの格好をして後を追うと、案の定男どもに群がられている。
 助けようと近づけば、グレースは貴族の男達に睨みをきかせて威圧しており、めちゃくちゃ面白い事になっていた。

 (この女……面白すぎるだろ。俺と似てるし)

 親近感が極端に上がり、自分の正体を明かしたくなってしまったので、グレースにダンスを申し込んで半ば無理矢理踊り始めたが、彼女は全く自分に気が付いてくれなかった。

 (髪の色と髪型変えてるだけなんですけど……) 

 フランソワは段々腹が立ってきて、顔がしっかり見えるよう極限まで近づいて、視線でも訴えてみた。だが、目の前のアホグレースは全く自分に気が付かない。
 ダンス終了の時に思わず苛立った顔をしてしまったが、周りに見られる前に笑顔のフランソワの仮面に切り替えた。

 馬車に戻ると、待つ間の暇な時間は一日を振り返る時間となり、先ほど飲み込んだ怒りが再燃し始めた。そうこうしてるとグレースが一人楽しそうに馬車に戻ってきたのがまた一層イラつかせた。

 (なんでコイツ俺に気がつかねぇんだよ。フランソワを美化しすぎて、見たくない情報は脳みそシャットダウンしてるのか?)

 フランソワは、フランソワ王太子としての自分じゃなくて、ビリーとしての自分を見て欲しかった。
 でもグレースは気が付かない。ヒントもちょいちょい与えてるのに。王太子のミドルネーム、ウィリアムの名前まで明かした。フルネームが長すぎて、それが王太子の名前とわからない可能性の方が高いが……。

 自分ばかりがどんどんグレースに惹かれていく。
 こんなに一緒にいて居心地の良い女はもう現れないんじゃないかと思う。

 ビリーのままだと手に入らないなら、もうグレースの望むフランソワでも良いんじゃないかとさえ思えてきた。結婚の為にフランソワを演じるなんて絶対に嫌だったのに、今ではグレースの為ならフランソワを喜んで演じられる。

 そしたら、何だよ、コイツ……
 
 ビリーといて居心地が良い?
 フランソワとビリーで気持ちが揺れてる?
 
 ……だから、同一人物だっつーの。

 
 あまりにも鈍いグレースに、最接近のキスを仕掛けた。接近というよりも、もう接触している。
 
 キスは自分が優位に立っていたつもりだが、グレースにキスをした瞬間に電流が身体中を駆け巡り、不覚にも自分の方が何も考えられなくなり、キスを終えた後も彼女を見つめて固まってしまった。

 もうダメだ。もう気持ちにブレーキがかけられない。絶対にグレースと結婚したい。

 とりあえず、グレースが気がつくまでは自分がビリーであり、フランソワでもあるということは黙っていようと思った。

 ——グレース、俺はありのままのお前が好きだ。どうか、こんな俺を好きになって欲しい……。

 夜の散歩の終わりに、フランソワはグレースのおでこに想いを込めたキスをしてから馬車に向かった。

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