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憧れだった自分の席が用意されており、机の引き出しを開け、ここには何を入れようか、机の上には何を置こうかを考えてしまう。席は課長の席の近くにある、パーテーションで遮られた個室ブース内だ。
「プルムちゃん」
朝、カウンター越しに会話した男女の一人、可愛い系ゆるふわ女子のウジェナさんだ。にこにこと甘く可愛らしい笑顔を私に向けてくれている。
「これ、よろしくね」
ドサッと机の上に置かれたのは、大量の冊子とチラシ。
「冊子にこのチラシ挟んでくれたらいいだけだから、プルムちゃんでも出来るよ! ふぁいと!」
ウジェナさんが私にそう言う間にも、同じくカウンター越しに会話した男性ヤンスさんが杖を振って台車を動かし、重量のありそうな段ボールを十箱ほど運んできて、私の机の横に山積みにし、そして二人は笑顔で手を振り去って行った。
私は段ボールを見て気合いを入れた。
「よっし! やるぞ!」
黙々と作業を始める。一冊手に取り、チラシをサッと挟み込む。一冊手に取り、チラシをサッと……。
単純作業は集中力が高まる。気がつけば机の上に置かれていた冊子と、段ボールひと箱分を仕上げていた。
「おい、昼休憩は?」
パーテーションの横から急に課長の顔が現れた。
「え?」
課長に言われて腕時計を見れば、とっくに昼を過ぎて三時になっていた。
「いえ、まだです」
「ちっ……あいつらにちゃんと面倒見ておけっていったのに……おい、食堂の場所は聞いたのか?」
「いえ、それもまだです」
「くそっ。もうそれはいいから、俺について来い」
「あ、はいっ」
またも課長の長い足に置いていかれないように必死に廊下を小走りで追いかけた。
食堂は庁舎の屋上階にあり、もう三時という事で、入口のメニュー看板を片し始めている人がいる。
「すまない。今日入ったダイバーシティ採用の子が昼休憩を取りはぐったんだ。あと一食、どうにかならないか?」
課長が、目の前で看板を持ち上げている白いコックコートを着て腰に緑色の長いエプロンを巻いた姿の男性に聞いてくれた。
その姿から、調理スタッフで間違いないだろう。だがその男性は、調理場に隠しておくにはもったいないくらいの、見目麗しいお兄さんで、優し気な雰囲気によく似合った、ふわっとした輝く金の天然パーマの髪に、課長と同じ位高い身長、そして返事をする時に私達に見せた天使の微笑みに、思わず顔を赤くしてしまった。
「ええ、大丈夫ですよ。残っている材料で作るので、メニューは任せていただきますが」
課長は私の肩をポンポンと叩く。
「良かったな。じゃあ、私は課に戻ってるから。昼休憩は今から一時間で」
「へ?」
どうやら課長は一緒に食事をしないようだ。私に手を振り、さっさと課に戻って行った。
それもそうか。昼休憩を取りはぐったのは私一人なのだから。
「お名前は?」
「え?」
名前を聞かれ、振り返ると、先ほどのお兄さんが私を待っていてくれた。
「あ、プルム・サンシャインです」
「サンシャイン?」
「気づかれましたか? そうなんです。私、孤児で、養護施設に引き取られた日の太陽の光りが美しかったそうで、サンシャインの姓を貰いました」
そう。孤児の名は引き取った施設の施設長がつけてくれるが、姓は引き取った日の自然に由来するものをつけるのが、この世界の習わしだった。孤児ではなくても自然由来の姓はもちろんあるし、孤児が結婚して子供がその姓を名乗ればやはり自然由来。そこまで厳格な線引きになるような姓でもない。
知っている人は知っているし、知らない人は一生知らない、孤児以外の人間にとってはあまり関心のない雑学である。
「そう。素敵な名前を貰えたんだね。僕はラミ・シャロンド。ラミでいいよ」
「ありがとうございます。じゃあ、私もプルムと気軽に呼んでください」
「そう、じゃあ遠慮なく。プルム、席まで案内しよう」
ラミは誰もいない食堂の、窓際の席に案内してくれた。食堂の大きな窓からは、この地方局庁舎のあるパラベリ市内が一望できる。箒の法定飛空高度よりも高い位置にあるため、眼下には無数の箒が飛び交う様子も見える。
しばらくすると、調理場の方からバターの香ばしい香りが漂ってくる。匂いにつられて調理場へ顔を向ければ、調理中のラミと目があい、優しく微笑んで手を振ってくれた。私も思わず手を振り返してしまう。
すでに他の食堂スタッフは帰ったのか、このフロアにはラミと私だけだった。
突然、テーブルの上に美味しそうなエビピラフとコンソメスープがトレーに乗って姿を現した。トレーには何故かコーヒーカップが二つあった。
「こっちは僕のね」
いつの間にかラミが調理場から来ていたようで、私の前の席に座り、腕を伸ばしてトレーからコーヒーカップを一つ取って、口に運んだ。
私がきょとんとした目で見ていれば、ラミはまた柔らかい笑顔を見せる。
「初めての職場で、一人の昼休憩は心細いでしょ? 僕も仕事を終えて休憩したいから、よかったら一緒に休憩しようよ」
きっと私の顔は満面の笑みだっただろう。
ラミに大きく頷き、エビピラフを頂き始めた。
「プルムちゃん」
朝、カウンター越しに会話した男女の一人、可愛い系ゆるふわ女子のウジェナさんだ。にこにこと甘く可愛らしい笑顔を私に向けてくれている。
「これ、よろしくね」
ドサッと机の上に置かれたのは、大量の冊子とチラシ。
「冊子にこのチラシ挟んでくれたらいいだけだから、プルムちゃんでも出来るよ! ふぁいと!」
ウジェナさんが私にそう言う間にも、同じくカウンター越しに会話した男性ヤンスさんが杖を振って台車を動かし、重量のありそうな段ボールを十箱ほど運んできて、私の机の横に山積みにし、そして二人は笑顔で手を振り去って行った。
私は段ボールを見て気合いを入れた。
「よっし! やるぞ!」
黙々と作業を始める。一冊手に取り、チラシをサッと挟み込む。一冊手に取り、チラシをサッと……。
単純作業は集中力が高まる。気がつけば机の上に置かれていた冊子と、段ボールひと箱分を仕上げていた。
「おい、昼休憩は?」
パーテーションの横から急に課長の顔が現れた。
「え?」
課長に言われて腕時計を見れば、とっくに昼を過ぎて三時になっていた。
「いえ、まだです」
「ちっ……あいつらにちゃんと面倒見ておけっていったのに……おい、食堂の場所は聞いたのか?」
「いえ、それもまだです」
「くそっ。もうそれはいいから、俺について来い」
「あ、はいっ」
またも課長の長い足に置いていかれないように必死に廊下を小走りで追いかけた。
食堂は庁舎の屋上階にあり、もう三時という事で、入口のメニュー看板を片し始めている人がいる。
「すまない。今日入ったダイバーシティ採用の子が昼休憩を取りはぐったんだ。あと一食、どうにかならないか?」
課長が、目の前で看板を持ち上げている白いコックコートを着て腰に緑色の長いエプロンを巻いた姿の男性に聞いてくれた。
その姿から、調理スタッフで間違いないだろう。だがその男性は、調理場に隠しておくにはもったいないくらいの、見目麗しいお兄さんで、優し気な雰囲気によく似合った、ふわっとした輝く金の天然パーマの髪に、課長と同じ位高い身長、そして返事をする時に私達に見せた天使の微笑みに、思わず顔を赤くしてしまった。
「ええ、大丈夫ですよ。残っている材料で作るので、メニューは任せていただきますが」
課長は私の肩をポンポンと叩く。
「良かったな。じゃあ、私は課に戻ってるから。昼休憩は今から一時間で」
「へ?」
どうやら課長は一緒に食事をしないようだ。私に手を振り、さっさと課に戻って行った。
それもそうか。昼休憩を取りはぐったのは私一人なのだから。
「お名前は?」
「え?」
名前を聞かれ、振り返ると、先ほどのお兄さんが私を待っていてくれた。
「あ、プルム・サンシャインです」
「サンシャイン?」
「気づかれましたか? そうなんです。私、孤児で、養護施設に引き取られた日の太陽の光りが美しかったそうで、サンシャインの姓を貰いました」
そう。孤児の名は引き取った施設の施設長がつけてくれるが、姓は引き取った日の自然に由来するものをつけるのが、この世界の習わしだった。孤児ではなくても自然由来の姓はもちろんあるし、孤児が結婚して子供がその姓を名乗ればやはり自然由来。そこまで厳格な線引きになるような姓でもない。
知っている人は知っているし、知らない人は一生知らない、孤児以外の人間にとってはあまり関心のない雑学である。
「そう。素敵な名前を貰えたんだね。僕はラミ・シャロンド。ラミでいいよ」
「ありがとうございます。じゃあ、私もプルムと気軽に呼んでください」
「そう、じゃあ遠慮なく。プルム、席まで案内しよう」
ラミは誰もいない食堂の、窓際の席に案内してくれた。食堂の大きな窓からは、この地方局庁舎のあるパラベリ市内が一望できる。箒の法定飛空高度よりも高い位置にあるため、眼下には無数の箒が飛び交う様子も見える。
しばらくすると、調理場の方からバターの香ばしい香りが漂ってくる。匂いにつられて調理場へ顔を向ければ、調理中のラミと目があい、優しく微笑んで手を振ってくれた。私も思わず手を振り返してしまう。
すでに他の食堂スタッフは帰ったのか、このフロアにはラミと私だけだった。
突然、テーブルの上に美味しそうなエビピラフとコンソメスープがトレーに乗って姿を現した。トレーには何故かコーヒーカップが二つあった。
「こっちは僕のね」
いつの間にかラミが調理場から来ていたようで、私の前の席に座り、腕を伸ばしてトレーからコーヒーカップを一つ取って、口に運んだ。
私がきょとんとした目で見ていれば、ラミはまた柔らかい笑顔を見せる。
「初めての職場で、一人の昼休憩は心細いでしょ? 僕も仕事を終えて休憩したいから、よかったら一緒に休憩しようよ」
きっと私の顔は満面の笑みだっただろう。
ラミに大きく頷き、エビピラフを頂き始めた。
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