79 / 81
79. シヴィ
しおりを挟む
シベリウスとジュエリアが国境の町ポーチュラカに着く頃には、先に出兵していたダグラスの軍隊がすでに到着しており、負傷した国境警備隊とマーレ族の手当をしていて、アンヌは手を怪我したオーガストの口にスープを運んでいた。
シベリウスとジュエリアが馬から降りて、ダグラスとオーガストに状況を確認しに行こうとすると、背後からドサリとカゴを落とした音がする。振り返ると、真っ白な長い髪を一つに束ねた美しい中年の女性が立っており、目に涙を浮かべていた。
「シヴィ……シヴィよね?」
ジュエリアは自分以外にシベリウスをシヴィと呼ぶ女性が現れ驚きを隠せない。しかもその女性は年はかなり上だが、そんな事は気にならない程綺麗な顔と健康的で美しい体型をしている。
ジュエリアが疑いの目でジロリとシベリウスを見れば、予想に反してシベリウスは驚愕した顔で震えて女性を見つめていた。
「私をシヴィと呼ぶのは……ジュエルと……」
ジュエリアはシベリウスのあまりに動揺した様子に心配する。
「シヴィ? 大丈夫? この人は誰?」
シベリウスは口元を手で抑え、涙を堪えていた。
「シヴィという愛称は……母が唯一私に残してくれたものだよ。だから、愛する人から……ジュエルからはそう呼ばれたかったんだ」
中年の女性はシベリウスに近づき、手を伸ばす。
「あなたを……抱きしめてもいい?」
「あ……ええ」
シベリウスの返事と同時に、女性はシベリウスを強く抱きしめ、堪えていた涙を流した。
「あなたがこんなに立派になる様子をこの目で見たかった……私はあなたの母です、シベリウス」
「やはり……」
「あなたを産んですぐに伯爵夫人に黒妖犬島に送られてしまい、あなたに辛い思いをさせてしまった……力のない母で恥ずかしく、悔しく、申し訳なく思っています……」
「お母様……」
シベリウスも堪えていた涙を流し、母を抱きしめ返した。
「お母様、あなたたが私の為に残してくれた手縫いのアフガンに“シヴィ”の愛称が刺繍されていたから、私は見たことのないあなたからの愛情を感じて生きてこられました……父が、あなたが刺繍したと教えてくれたんです」
「ああ、あのアフガン。あれは、ちゃんとあなたのもとに届いたのね。お腹の中で育つあなたに会える日を毎日楽しみにしていた時に刺繍したもので、あなたが生まれたら、シヴィと沢山呼んで愛するつもりだった……なのに……」
シベリウスと女性のやり取りを見ていたジュエリアは困惑しつつ声を掛けた。
「ねえ、シヴィ? この方は……」
ジュエリアがシベリウスのことをシヴィと呼び、女性はジュエリアをまじまじと見てから、嬉しそうにまた泣き出す。
「ああ、そういうこと……私の分まで、彼女があなたをシヴィと呼んで愛してくれたのでしょう?」
女性の言葉に、シベリウスとジュエリアは顔を真っ赤にして目を合わせる。
女性はシベリウスから離れ、ジュエリアの前で挨拶をする。
「ジョセフィーヌ・スミスと申します。シベリウスの生みの母親です」
「ジュエリア・フロリジアと申しますっ!」
ジュエリアは突然挨拶する事になった愛する人の母親に緊張をする。だが、彼女の名が頭の中で繰り返されると、どこかで聞いたことがある気がした。
「……ん? ジョセフィーヌ……スミス?」
「今はマーレ族の夫の姓を名乗っているのでスミスですが、デイリア領にいたころは、グウェイン姓でした」
「いえ、そうではなく、ジョセフィーヌ・スミスの名前を名乗っていた人を知っていて……」
「私の名を?」
ジュエリアはチラッとシベリウスを見て伝える。
「トマスが以前ジョセフィーヌ・スミスと名乗ってたのよ」
ジュエリアはシベリウスに伝えたつもりだが、ジョセフィーヌが答えた。
「トマスも、私の息子です。マーレ族の夫との間に出来た子供です」
その話はシベリウスにとっても寝耳に水で、大きく口を開けて驚いていた。
「トマスって、サイオン卿の侍従のトマスでしょうか?」
「ええ、サイオン様からトマスが今は侍従をしていると聞きました」
「それは、つまり、その……あいつと私は……兄弟?」
「そうですね。父親は違いますが」
シベリウスは眩暈がしたようで、額を手でおさえていた。
「ま……まあ、いいか」
ジョセフィーヌは涙を拭きながら口を開く。
「私から呼び止めてしまったけど、今トマスとサイオン様、そしてマーレ族がヴェルタ軍と戦っているわ。そんなに心配はいらないけれど、シヴィも行くのならすぐに向かって。でないと……」
「でないと? やられそうなのか?」
「いえ、すぐに終結してしまうわ」
「すぐに終結?」
ジョセフィーヌはこくりと頷く。
「サイオン様は鬼神だと騒がれているわよ。何でもあの人一人でヴェルタ軍を壊滅させかけてるそう」
シベリウスとジュエリアが頭に浮かべるサイオンは、温厚で品の良い争いを好まない男である。鬼神や壊滅といった言葉とは程遠すぎて想像が出来ない。
「とにかく、急ごう、ジュエル」
「いいの? お母様と再会できたばかりなのに」
シベリウスはジュエリアの肩を抱き、ジョセフィーヌを見る。
「お母様、後ほど、私の最愛の人を紹介させてください。そして、お母様との時間を埋めたい」
ジョセフィーヌは嬉しそうに笑った。
「ええ、待ってるわ! さあ、行ってらっしゃい」
シベリウスとジュエリアが馬から降りて、ダグラスとオーガストに状況を確認しに行こうとすると、背後からドサリとカゴを落とした音がする。振り返ると、真っ白な長い髪を一つに束ねた美しい中年の女性が立っており、目に涙を浮かべていた。
「シヴィ……シヴィよね?」
ジュエリアは自分以外にシベリウスをシヴィと呼ぶ女性が現れ驚きを隠せない。しかもその女性は年はかなり上だが、そんな事は気にならない程綺麗な顔と健康的で美しい体型をしている。
ジュエリアが疑いの目でジロリとシベリウスを見れば、予想に反してシベリウスは驚愕した顔で震えて女性を見つめていた。
「私をシヴィと呼ぶのは……ジュエルと……」
ジュエリアはシベリウスのあまりに動揺した様子に心配する。
「シヴィ? 大丈夫? この人は誰?」
シベリウスは口元を手で抑え、涙を堪えていた。
「シヴィという愛称は……母が唯一私に残してくれたものだよ。だから、愛する人から……ジュエルからはそう呼ばれたかったんだ」
中年の女性はシベリウスに近づき、手を伸ばす。
「あなたを……抱きしめてもいい?」
「あ……ええ」
シベリウスの返事と同時に、女性はシベリウスを強く抱きしめ、堪えていた涙を流した。
「あなたがこんなに立派になる様子をこの目で見たかった……私はあなたの母です、シベリウス」
「やはり……」
「あなたを産んですぐに伯爵夫人に黒妖犬島に送られてしまい、あなたに辛い思いをさせてしまった……力のない母で恥ずかしく、悔しく、申し訳なく思っています……」
「お母様……」
シベリウスも堪えていた涙を流し、母を抱きしめ返した。
「お母様、あなたたが私の為に残してくれた手縫いのアフガンに“シヴィ”の愛称が刺繍されていたから、私は見たことのないあなたからの愛情を感じて生きてこられました……父が、あなたが刺繍したと教えてくれたんです」
「ああ、あのアフガン。あれは、ちゃんとあなたのもとに届いたのね。お腹の中で育つあなたに会える日を毎日楽しみにしていた時に刺繍したもので、あなたが生まれたら、シヴィと沢山呼んで愛するつもりだった……なのに……」
シベリウスと女性のやり取りを見ていたジュエリアは困惑しつつ声を掛けた。
「ねえ、シヴィ? この方は……」
ジュエリアがシベリウスのことをシヴィと呼び、女性はジュエリアをまじまじと見てから、嬉しそうにまた泣き出す。
「ああ、そういうこと……私の分まで、彼女があなたをシヴィと呼んで愛してくれたのでしょう?」
女性の言葉に、シベリウスとジュエリアは顔を真っ赤にして目を合わせる。
女性はシベリウスから離れ、ジュエリアの前で挨拶をする。
「ジョセフィーヌ・スミスと申します。シベリウスの生みの母親です」
「ジュエリア・フロリジアと申しますっ!」
ジュエリアは突然挨拶する事になった愛する人の母親に緊張をする。だが、彼女の名が頭の中で繰り返されると、どこかで聞いたことがある気がした。
「……ん? ジョセフィーヌ……スミス?」
「今はマーレ族の夫の姓を名乗っているのでスミスですが、デイリア領にいたころは、グウェイン姓でした」
「いえ、そうではなく、ジョセフィーヌ・スミスの名前を名乗っていた人を知っていて……」
「私の名を?」
ジュエリアはチラッとシベリウスを見て伝える。
「トマスが以前ジョセフィーヌ・スミスと名乗ってたのよ」
ジュエリアはシベリウスに伝えたつもりだが、ジョセフィーヌが答えた。
「トマスも、私の息子です。マーレ族の夫との間に出来た子供です」
その話はシベリウスにとっても寝耳に水で、大きく口を開けて驚いていた。
「トマスって、サイオン卿の侍従のトマスでしょうか?」
「ええ、サイオン様からトマスが今は侍従をしていると聞きました」
「それは、つまり、その……あいつと私は……兄弟?」
「そうですね。父親は違いますが」
シベリウスは眩暈がしたようで、額を手でおさえていた。
「ま……まあ、いいか」
ジョセフィーヌは涙を拭きながら口を開く。
「私から呼び止めてしまったけど、今トマスとサイオン様、そしてマーレ族がヴェルタ軍と戦っているわ。そんなに心配はいらないけれど、シヴィも行くのならすぐに向かって。でないと……」
「でないと? やられそうなのか?」
「いえ、すぐに終結してしまうわ」
「すぐに終結?」
ジョセフィーヌはこくりと頷く。
「サイオン様は鬼神だと騒がれているわよ。何でもあの人一人でヴェルタ軍を壊滅させかけてるそう」
シベリウスとジュエリアが頭に浮かべるサイオンは、温厚で品の良い争いを好まない男である。鬼神や壊滅といった言葉とは程遠すぎて想像が出来ない。
「とにかく、急ごう、ジュエル」
「いいの? お母様と再会できたばかりなのに」
シベリウスはジュエリアの肩を抱き、ジョセフィーヌを見る。
「お母様、後ほど、私の最愛の人を紹介させてください。そして、お母様との時間を埋めたい」
ジョセフィーヌは嬉しそうに笑った。
「ええ、待ってるわ! さあ、行ってらっしゃい」
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる