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77. 狂人
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ジュエリアは強い衝撃を受けており、身体を震わせていた。
「何なの……ここは」
シベリウスが止めるのも振り払い、ジュエリアは堂々と階段を降りて行く。
「あなた達はここで何をしているの?」
ジュエリアの声は、地下洞窟に良く響いた。人々は一斉にジュエリアを見て黙る。
地下洞窟が静かになると、遠くの方から水の滴る音が聞こえた。
ジュエリアは誰かが答えてくれるのを待ったが、皆ジュエリアと目を合わせないようにして口を閉ざしている。
「シヴィ……ざっと見て何人くらいいるかしら?」
「五十……ほどだな」
「五十……ちょうどいいわね。城の人事の一掃でそれくらいの代わりが必要になる」
「ジュエル? まさか彼らを……?」
ジュエリアは広い地下空間のすべての者に聞こえるよう、腹の底から声を出す。
「私はフロリジア公ジュエリア・フロリジア。この国を治める者です。あなた達がなぜこのような場所で暮らし、誰にどのような仕事をさせられていたかを発言し、証明してくれるなら、フロリジア城で雇い入れましょう。もちろん、証言によってあなた達に不利益が出ないように、私が必ず守る事を約束しましょう」
ジュエリアの声は響き渡り、今も地下空間に反響している。
さきほどまでは目を合わさないようにしていた者達も、今はほぼ全員が目を大きく開いてジュエリアを見ていた。
「フロリジア公……?」
痩せ細った、まだ若い女性がジュエリアに近づいて来て跪いた。
「お願いです……お助け下さい……私には、街に残して来た子供がいるのに、ここから出してもらえず、数年経ちます。あの子が……心配なんです……会いたい……」
女性はそのまま泣き崩れる。ジュエリアは女性と同じ視線まで腰を下げ、酷い臭いを身体から漂わせているその女性の背中をさすってあげた。
「とにかく、ここから出ましょう。数年経っているのなら、子供が今どこにいるか探す必要がある。それにはまずあなたの体力を戻さないと。城で身体を休めるのが先よ」
「ありがとうございます……。頼る当てもなく、息子を養わなくてはならなかった私は、貧困街に行けば仕事を貰えるという噂を聞きつけて移り住みました。本当に仕事を紹介してもらえましたが、ここに連れて来られると、息子のもとには戻ることが出来ませんでした……」
「あなた達をここで働かせていたのは誰?」
「さあ……身なりの良い男性達でした。ごくたまに、煌びやかな格好の女性も訪れましたが、ここの酷い臭いに耐えられないようで、その方はいつも口元を覆っていました」
「顔を見ればわかる?」
「男達はわかります。女の方は……口元が隠れていたので少し自信がありませんが……」
群衆の中の男が大きな声を出す。
「黒幕はセルマ公妃だ! ここに来る男が一度うっかりそう言っていた」
ジュエリアはシベリウスと希望を見出した目を合わせ、頷く。シベリウスは近衛騎兵隊隊長に声を掛ける。
「隊長、ここの者達を城に案内させるのに、近衛騎兵隊数名貸して欲しい。隊長と残りの騎兵隊員達には、この地下空間を調査して欲しく、爆薬が見つかれば証拠として安全な場所へ移動させて欲しい」
「もちろんです。お任せください」
ジュエリアとシベリウスは一部の騎兵隊と共に、地下で働かされていた者達を引き連れてフロリジア城へと戻る。彼らをまず風呂に入れ、食事を与え、ゆっくりと休ませた。体調が整った者から順に、今後はフロリジア城の使用人として働かせる。
ジュエリアとシベリウスは、働かされていた者達の対応をしていると、カルネルとブローディアの兵士が部屋に飛び込んで来た。
「ジュエリア様! シベリウス様!! セルマ寡妃が船でクジラの搬入航路からフロリジアに入国し、我々の制止も振り切って城へ向かい、ミア様の部屋にいかれました!!」
「セルマ寡妃が!?」
ジュエリアとシベリウスは急いでミアの部屋へと駆け出す。もちろんシベリウスの方が足が速いので、ジュエリアに目配せして合図を送ると、先にミアの部屋へと走っていく。
ジュエリアも必死に後追い、息を切らせて部屋まで辿り着けば、セルマ寡妃の怒声が響いていた。
「バスタードの分際で! この無礼者っ!!」
ジュエリアが部屋の中に入れば、ミアが床に倒れてお腹を抱えて苦しそうにしており、シベリウスはセルマ寡妃の両腕を拘束していた。
「ジュエルッ! 早く医者を呼んでミアをっ!!」
「ううっ……お姉さま……赤ちゃんが……お母様に堕胎薬を無理矢理飲まされて……」
「ミアっ! すぐにお医者様を呼ぶからしゃべらなくていい」
カルネル達も部屋に駆け付け、急いでミアをベッドに移し、医者の手配などが始まった。
ジュエリアはミアが倒れていたそばに、くしゃくしゃに丸められた手紙を見つけ、拾って内容を読む。
それはセルマ寡妃宛の手紙で、サイオンのサインが書かれてはいたが、内容はサイオンらしからぬ物言いで、過剰にミアへの愛を綴り、セルマ寡妃を女ではなく老いぼれと罵り、セルマ寡妃へ絶縁を告げるものであった。
シベリウスに拘束されているセルマ寡妃はベッドのミアに向かって叫ぶ。
「私のサイオンを返せ、この魔女がっ! もしくはお前は淫魔だろっ! でなければ、サイオンがお前なんかを相手にするわけがない!!」
パシンッと乾いた痛々しい音が響くと、一瞬部屋の中が静寂と緊張に包まれた。
ジュエリアがセルマ寡妃の頬を手で思い切り叩いたのだ。
「いい加減にしてっ!! 英明なサイオン卿があなたを愛することはないっ!!」
「小娘に何が分かるっ!!」
ベッドの上で苦しんでいるミアが、ジュエリアとセルマ寡妃に向かって必死に声を振り絞る。
「その手紙は……サイオン卿の文字ではないわ……アルベール様の字にそっくりよ……」
だがミアは苦しみの声を上げ、叫び出した。医師が大きな声を上げる。
「すぐに出産の準備を!」
セルマ寡妃は兵達に引き渡されると北棟に閉じ込められ、ミアの部屋では急遽お産が始まった。
「何なの……ここは」
シベリウスが止めるのも振り払い、ジュエリアは堂々と階段を降りて行く。
「あなた達はここで何をしているの?」
ジュエリアの声は、地下洞窟に良く響いた。人々は一斉にジュエリアを見て黙る。
地下洞窟が静かになると、遠くの方から水の滴る音が聞こえた。
ジュエリアは誰かが答えてくれるのを待ったが、皆ジュエリアと目を合わせないようにして口を閉ざしている。
「シヴィ……ざっと見て何人くらいいるかしら?」
「五十……ほどだな」
「五十……ちょうどいいわね。城の人事の一掃でそれくらいの代わりが必要になる」
「ジュエル? まさか彼らを……?」
ジュエリアは広い地下空間のすべての者に聞こえるよう、腹の底から声を出す。
「私はフロリジア公ジュエリア・フロリジア。この国を治める者です。あなた達がなぜこのような場所で暮らし、誰にどのような仕事をさせられていたかを発言し、証明してくれるなら、フロリジア城で雇い入れましょう。もちろん、証言によってあなた達に不利益が出ないように、私が必ず守る事を約束しましょう」
ジュエリアの声は響き渡り、今も地下空間に反響している。
さきほどまでは目を合わさないようにしていた者達も、今はほぼ全員が目を大きく開いてジュエリアを見ていた。
「フロリジア公……?」
痩せ細った、まだ若い女性がジュエリアに近づいて来て跪いた。
「お願いです……お助け下さい……私には、街に残して来た子供がいるのに、ここから出してもらえず、数年経ちます。あの子が……心配なんです……会いたい……」
女性はそのまま泣き崩れる。ジュエリアは女性と同じ視線まで腰を下げ、酷い臭いを身体から漂わせているその女性の背中をさすってあげた。
「とにかく、ここから出ましょう。数年経っているのなら、子供が今どこにいるか探す必要がある。それにはまずあなたの体力を戻さないと。城で身体を休めるのが先よ」
「ありがとうございます……。頼る当てもなく、息子を養わなくてはならなかった私は、貧困街に行けば仕事を貰えるという噂を聞きつけて移り住みました。本当に仕事を紹介してもらえましたが、ここに連れて来られると、息子のもとには戻ることが出来ませんでした……」
「あなた達をここで働かせていたのは誰?」
「さあ……身なりの良い男性達でした。ごくたまに、煌びやかな格好の女性も訪れましたが、ここの酷い臭いに耐えられないようで、その方はいつも口元を覆っていました」
「顔を見ればわかる?」
「男達はわかります。女の方は……口元が隠れていたので少し自信がありませんが……」
群衆の中の男が大きな声を出す。
「黒幕はセルマ公妃だ! ここに来る男が一度うっかりそう言っていた」
ジュエリアはシベリウスと希望を見出した目を合わせ、頷く。シベリウスは近衛騎兵隊隊長に声を掛ける。
「隊長、ここの者達を城に案内させるのに、近衛騎兵隊数名貸して欲しい。隊長と残りの騎兵隊員達には、この地下空間を調査して欲しく、爆薬が見つかれば証拠として安全な場所へ移動させて欲しい」
「もちろんです。お任せください」
ジュエリアとシベリウスは一部の騎兵隊と共に、地下で働かされていた者達を引き連れてフロリジア城へと戻る。彼らをまず風呂に入れ、食事を与え、ゆっくりと休ませた。体調が整った者から順に、今後はフロリジア城の使用人として働かせる。
ジュエリアとシベリウスは、働かされていた者達の対応をしていると、カルネルとブローディアの兵士が部屋に飛び込んで来た。
「ジュエリア様! シベリウス様!! セルマ寡妃が船でクジラの搬入航路からフロリジアに入国し、我々の制止も振り切って城へ向かい、ミア様の部屋にいかれました!!」
「セルマ寡妃が!?」
ジュエリアとシベリウスは急いでミアの部屋へと駆け出す。もちろんシベリウスの方が足が速いので、ジュエリアに目配せして合図を送ると、先にミアの部屋へと走っていく。
ジュエリアも必死に後追い、息を切らせて部屋まで辿り着けば、セルマ寡妃の怒声が響いていた。
「バスタードの分際で! この無礼者っ!!」
ジュエリアが部屋の中に入れば、ミアが床に倒れてお腹を抱えて苦しそうにしており、シベリウスはセルマ寡妃の両腕を拘束していた。
「ジュエルッ! 早く医者を呼んでミアをっ!!」
「ううっ……お姉さま……赤ちゃんが……お母様に堕胎薬を無理矢理飲まされて……」
「ミアっ! すぐにお医者様を呼ぶからしゃべらなくていい」
カルネル達も部屋に駆け付け、急いでミアをベッドに移し、医者の手配などが始まった。
ジュエリアはミアが倒れていたそばに、くしゃくしゃに丸められた手紙を見つけ、拾って内容を読む。
それはセルマ寡妃宛の手紙で、サイオンのサインが書かれてはいたが、内容はサイオンらしからぬ物言いで、過剰にミアへの愛を綴り、セルマ寡妃を女ではなく老いぼれと罵り、セルマ寡妃へ絶縁を告げるものであった。
シベリウスに拘束されているセルマ寡妃はベッドのミアに向かって叫ぶ。
「私のサイオンを返せ、この魔女がっ! もしくはお前は淫魔だろっ! でなければ、サイオンがお前なんかを相手にするわけがない!!」
パシンッと乾いた痛々しい音が響くと、一瞬部屋の中が静寂と緊張に包まれた。
ジュエリアがセルマ寡妃の頬を手で思い切り叩いたのだ。
「いい加減にしてっ!! 英明なサイオン卿があなたを愛することはないっ!!」
「小娘に何が分かるっ!!」
ベッドの上で苦しんでいるミアが、ジュエリアとセルマ寡妃に向かって必死に声を振り絞る。
「その手紙は……サイオン卿の文字ではないわ……アルベール様の字にそっくりよ……」
だがミアは苦しみの声を上げ、叫び出した。医師が大きな声を上げる。
「すぐに出産の準備を!」
セルマ寡妃は兵達に引き渡されると北棟に閉じ込められ、ミアの部屋では急遽お産が始まった。
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