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74.上陸
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トマスがゆっくりと上半身だけ振り返れば、自分を抱きしめているのは、瞳と鼻を真っ赤にしたサイオンだった。
その姿を見てしまえば、トマスは何も考えられなくなり、子供の様に泣きじゃくりながらサイオンに抱き着いてしまう。サイオンの胸に顔をうずめると、懐かしい香りと彼の温かい鼓動に深い安心感を覚える。
サイオンはしっかりとトマスを受け止め、優しく頭を撫でた。
「もう二度と、私のそばから離れるな……」
その言葉にトマスはハッとして顔を上げる。
「サイオン様、私はローゼンに行かなくてはなりません。今、あの森の向こうでは、ヴェルタ軍が攻め込んできているんです。きっと私が脱走したせいで、ヴェルタ国王は計画を変更したのだと思います。
セルマ寡妃はローゼンのある場所で黒妖犬島のクジラを使った爆薬作りをしていました。その場所はヴェルタに囚われていた時に聞きました。セルマ寡妃が完成させられなかった爆薬を私が完成させ、ここに持って来ます」
慌てるトマスの手をサイオンは握り、落ち着いた声で話す。
「大丈夫だ、トマス。私がここに来れたのは、ある者達が船でここまで連れて来てくれたから。彼らが完成した爆薬を既に持っている」
「あれを完成させられるのは……」
その時、二人の背後から女性の声がする。
「トマスッ!!」
トマスは声のした方に顔を向けると、記憶の彼方に残された懐かしい姿が目に飛び込んで来た。
「お……お母さん……?」
そして、女性のさらに背後の方から黒い影が見え始める。トマスが目を細めて凝視すると、武装した褐色の肌と黒い髪の男達がこちらに向かってくるのがわかった。
「マーレ族……? サイオン様はマーレ族に会いに行ったのですか?」
「ああ、お前を探すために随分遠出した」
トマスの元にヤールとジョセフィーヌが辿り着き、涙を流しながらトマスを抱きしめた。
「やっと……見つけた」
トマスは眉を下げ、申し訳なさそうにしている。
「お父さん……お母さん……ごめんなさい」
サイオンがトマスの肩にポンッと手を置き、微笑み掛ける。
「マーレ族はグレイル=ヴェルタ家が支援する。黒妖犬島の整備にも協力するつもりだ。だから、今は一時的にマーレ族全員が私について来てくれている。今頃は罪人達が我が物顔で島を荒らしているだろうが、今は好きにさせておいて、マーレ族が戻る時には、我が家門も率いて島をこれまで以上に統制する。そして……」
「そして?」
「ヴェルタ軍がこちらに攻め込もうとしているなら、私とマーレ族が迎え撃つ。それがどういう意味か、わかるだろ?」
「……ヴェルタ国王に歯向かう行為は……死刑です」
「ああ、だから、私は絶対に勝つ。だが私が勝ってしまえば、不本意だがヴェルタ国王になるしかないな」
「サイオン様……それは……そんな危険なこと……」
サイオンは瞳を凝らし、トマスの目を見ていた。
「お前がいつまでもそばに居てくれたら、私は心強いのだが……」
トマスはゴクリと唾を飲み込み、目に力を入れて頷いた。
「離れません。命尽きるまでサイオン様に付き従います」
トマスは視線をサイオンから父と母に向ける。遠い記憶の彼方にある両親は、もっと若々しかった。
「お父さん、お母さん、私は……見知らぬ手紙に書かれた誘惑に負け、誘いに乗って島を出ました」
「手紙?」
「あの頃、見知らぬ人から伝書鳩が来ていたんです。自分の知らない大陸の生活を教えてくれるその手紙は、幼かった当時の私には興味深く、次第にその相手との文通にのめり込む様になりました。そして、最後の手紙に、大陸に来たら世界を見せてくれると書かれていたのです」
「やはり半分は自分の意思で出て行ったのね……でも、あなたを島から連れ出せる者がいたの?」
「マーレ族が大陸に買い出しに行くタイミングで、船に隠れていました。大陸に着いてから、伝書鳩で手紙をくれていた人間に会いに行ったのです」
トマスは瞳に後悔を滲ませながら言葉を続ける。
「しかし、道に迷い、お金もなく野宿をしていた時に人攫いに捕まり、手紙の主を見つける前に娼館に売られました。後悔しても自分で島を出た手前、島に戻りたいとも言えず、ただ不安で心細い日々を送っていました。
そんな時に、サイオン様と出会えたおかげで、腐らずに生きてこれました。今はサイオン様の侍従になれ、とても幸せです。沢山道を誤り、回り道をしましたが、生きる目的を見つけました。長い間、心配をかけて……すいませんでした」
トマスは今度はサイオンを見た。
「すぐにジュエリアとシベリウスに鳩を飛ばさないと。未完成でも、あの爆薬をローゼンに置いたままというのは、それはそれで危険です」
トマスの言葉にジョセフィーヌが反応し、手で口元を押さえて震え出す。
その様子に皆驚き、ヤールは心配そうにジョセフィーヌの肩に手を添える。
「ジョー、どうした?」
「今……トマスはシベリウスと……」
ジョセフィーヌは、トマスとサイオンを見て震えながら質問する。
「今名前の出たシベリウスという者は……もしやシベリウス・ガートルートですか?」
トマスは困惑気味に首を振った。
「いえ……シベリウス・グウェインです。確かそのような名でしたよね? サイオン様」
サイオンは何かに気づいた様子で、ジョセフィーヌを瞬きもせずジッと見つめていた。
「シベリウスは……デイリア伯の四男。だが、ガートルートではなく、姓はグウェイン」
ジョセフィーヌの目から涙が溢れ出し、眉間に皺を寄せ、只ならぬ殺気を放ち始めた。
「名前すら……ガートルートの名前すら名乗らせて貰えなかったの……?」
「まさか、ジョー……」
「ええ、私の奪われた息子。シベリウスだわ」
ジョセフィーヌの発言に、トマスは愕然とした。
「シ……シベリウスが息子? つまり、俺とシベリウスは……兄弟?」
サイオンは納得の様子で頷いていた。
「どおりでジョセフィーヌを見た時、トマスよりもなぜかシベリウスを思い出し、シベリウスにはトマスと同じ匂いを感じたはずだ……」
その姿を見てしまえば、トマスは何も考えられなくなり、子供の様に泣きじゃくりながらサイオンに抱き着いてしまう。サイオンの胸に顔をうずめると、懐かしい香りと彼の温かい鼓動に深い安心感を覚える。
サイオンはしっかりとトマスを受け止め、優しく頭を撫でた。
「もう二度と、私のそばから離れるな……」
その言葉にトマスはハッとして顔を上げる。
「サイオン様、私はローゼンに行かなくてはなりません。今、あの森の向こうでは、ヴェルタ軍が攻め込んできているんです。きっと私が脱走したせいで、ヴェルタ国王は計画を変更したのだと思います。
セルマ寡妃はローゼンのある場所で黒妖犬島のクジラを使った爆薬作りをしていました。その場所はヴェルタに囚われていた時に聞きました。セルマ寡妃が完成させられなかった爆薬を私が完成させ、ここに持って来ます」
慌てるトマスの手をサイオンは握り、落ち着いた声で話す。
「大丈夫だ、トマス。私がここに来れたのは、ある者達が船でここまで連れて来てくれたから。彼らが完成した爆薬を既に持っている」
「あれを完成させられるのは……」
その時、二人の背後から女性の声がする。
「トマスッ!!」
トマスは声のした方に顔を向けると、記憶の彼方に残された懐かしい姿が目に飛び込んで来た。
「お……お母さん……?」
そして、女性のさらに背後の方から黒い影が見え始める。トマスが目を細めて凝視すると、武装した褐色の肌と黒い髪の男達がこちらに向かってくるのがわかった。
「マーレ族……? サイオン様はマーレ族に会いに行ったのですか?」
「ああ、お前を探すために随分遠出した」
トマスの元にヤールとジョセフィーヌが辿り着き、涙を流しながらトマスを抱きしめた。
「やっと……見つけた」
トマスは眉を下げ、申し訳なさそうにしている。
「お父さん……お母さん……ごめんなさい」
サイオンがトマスの肩にポンッと手を置き、微笑み掛ける。
「マーレ族はグレイル=ヴェルタ家が支援する。黒妖犬島の整備にも協力するつもりだ。だから、今は一時的にマーレ族全員が私について来てくれている。今頃は罪人達が我が物顔で島を荒らしているだろうが、今は好きにさせておいて、マーレ族が戻る時には、我が家門も率いて島をこれまで以上に統制する。そして……」
「そして?」
「ヴェルタ軍がこちらに攻め込もうとしているなら、私とマーレ族が迎え撃つ。それがどういう意味か、わかるだろ?」
「……ヴェルタ国王に歯向かう行為は……死刑です」
「ああ、だから、私は絶対に勝つ。だが私が勝ってしまえば、不本意だがヴェルタ国王になるしかないな」
「サイオン様……それは……そんな危険なこと……」
サイオンは瞳を凝らし、トマスの目を見ていた。
「お前がいつまでもそばに居てくれたら、私は心強いのだが……」
トマスはゴクリと唾を飲み込み、目に力を入れて頷いた。
「離れません。命尽きるまでサイオン様に付き従います」
トマスは視線をサイオンから父と母に向ける。遠い記憶の彼方にある両親は、もっと若々しかった。
「お父さん、お母さん、私は……見知らぬ手紙に書かれた誘惑に負け、誘いに乗って島を出ました」
「手紙?」
「あの頃、見知らぬ人から伝書鳩が来ていたんです。自分の知らない大陸の生活を教えてくれるその手紙は、幼かった当時の私には興味深く、次第にその相手との文通にのめり込む様になりました。そして、最後の手紙に、大陸に来たら世界を見せてくれると書かれていたのです」
「やはり半分は自分の意思で出て行ったのね……でも、あなたを島から連れ出せる者がいたの?」
「マーレ族が大陸に買い出しに行くタイミングで、船に隠れていました。大陸に着いてから、伝書鳩で手紙をくれていた人間に会いに行ったのです」
トマスは瞳に後悔を滲ませながら言葉を続ける。
「しかし、道に迷い、お金もなく野宿をしていた時に人攫いに捕まり、手紙の主を見つける前に娼館に売られました。後悔しても自分で島を出た手前、島に戻りたいとも言えず、ただ不安で心細い日々を送っていました。
そんな時に、サイオン様と出会えたおかげで、腐らずに生きてこれました。今はサイオン様の侍従になれ、とても幸せです。沢山道を誤り、回り道をしましたが、生きる目的を見つけました。長い間、心配をかけて……すいませんでした」
トマスは今度はサイオンを見た。
「すぐにジュエリアとシベリウスに鳩を飛ばさないと。未完成でも、あの爆薬をローゼンに置いたままというのは、それはそれで危険です」
トマスの言葉にジョセフィーヌが反応し、手で口元を押さえて震え出す。
その様子に皆驚き、ヤールは心配そうにジョセフィーヌの肩に手を添える。
「ジョー、どうした?」
「今……トマスはシベリウスと……」
ジョセフィーヌは、トマスとサイオンを見て震えながら質問する。
「今名前の出たシベリウスという者は……もしやシベリウス・ガートルートですか?」
トマスは困惑気味に首を振った。
「いえ……シベリウス・グウェインです。確かそのような名でしたよね? サイオン様」
サイオンは何かに気づいた様子で、ジョセフィーヌを瞬きもせずジッと見つめていた。
「シベリウスは……デイリア伯の四男。だが、ガートルートではなく、姓はグウェイン」
ジョセフィーヌの目から涙が溢れ出し、眉間に皺を寄せ、只ならぬ殺気を放ち始めた。
「名前すら……ガートルートの名前すら名乗らせて貰えなかったの……?」
「まさか、ジョー……」
「ええ、私の奪われた息子。シベリウスだわ」
ジョセフィーヌの発言に、トマスは愕然とした。
「シ……シベリウスが息子? つまり、俺とシベリウスは……兄弟?」
サイオンは納得の様子で頷いていた。
「どおりでジョセフィーヌを見た時、トマスよりもなぜかシベリウスを思い出し、シベリウスにはトマスと同じ匂いを感じたはずだ……」
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