聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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73. 国境の街ポーチュラカ

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 フロリジア公国の国境近くにある小さな町ポーチュラカには、最近越して来た鍛冶屋の一家がいた。一家の主人の鍛冶の腕は超一級で、妻は気立ての良い、料理上手な女性、息子は明るく親思いで、父親の仕事を熱心に手伝っていた。

 夕暮れ時に、町長が鍛冶屋にやって来た。

「オーガスト、頼まれてたここら辺の詳細地図だ」
「おお、助かる! これで周辺を安心して散策できる」
「いや、こんな空き家だらけで寂れた街に越して来てくれる人間がいるだけで、こっちが感謝だ」
「いや、空き家が多いのも素晴らしい」
「は?」

 オーガストと町長が家の前で話していると、庭からアンヌが悲鳴を上げて駆け込んで来た。

「ひゃーっ! あ、あなた、こっち来て!!」
「どうした!?」

 オーガストと町長が急いで家の裏側にある庭へと向かうと、庭のさらに奥に見える森の方から、衣服がボロボロになり酷く憔悴した男がこちらに向かって来ているのが見えた。

 オーガストは駆け寄り、よたつく男を抱きかかえる。

「おっ、お前!? サイオン卿の」
「やあ、久しぶり……」

 オーガストの開ききった目に飛び込んで来たのはトマスだった。

「お前、随分小汚くなったな……」
「まあ、色々あったもんで……水と食べ物を貰えないか?」

 ♢

 町長も帰り、オーガストの家では夕食の卓を囲っていた。水を貰い、湯にも浸からせてもらったトマスは、随分回復している。
 アンヌはトマスの前に熱々のお粥を出した。

「久しぶりの胃袋に一気にいれるとお腹を壊すから、まずは粥からゆっくり食べてね」
「ありがとう、アンヌ。ところで、君らはいつの間に結婚したんだ?」

 トマスがオーガストとアンヌを交互に見ると、二人は顔を赤くして両手を左右に振っている。

「やだ、家族っていうのは表向きだけ。今ジュエリア様に頼まれて、水面下でここら辺の調査をしているの」
「そういうことだ。それより、お前が攫われたってことで、サイオン卿を始め大騒ぎだったんだぞ」
「ああ、騒がせて申し訳ない。でも何とか逃げてこられた。正直もうダメかと思ってた時に、君達が国境の町にいたから、聖ロマニスの加護を信じたよ」
「ああ、加護だろうな。さっき夜中も飛べる梟に手紙をつけて城へ飛ばした。ジュエリアに便りが届けば、すぐにサイオン卿がお前を迎えに来る。下手に動かずここで迎えが来るまで滞在したらいい」
「ありがとう。恩に着るよ」



 ポーチュラカの街の町長が、晴れた昼下がりの空を見上げると、また鳩が鍛冶屋に飛んで行くのが見えた。ここ最近ひっきりなしに伝書鳩があの家を行ったり来たりしている。
 森から現れた男は身綺麗になると腰が抜けるほど美しい姿をしており、そのまま鍛冶屋に住み着いた。
 
「怪しすぎる……こうしちゃおけん」

 町長は意を決して、オーガストの家の扉を叩いた。扉を開けたのは一人息子の——と、思っている——マルクスだった。

「おやじさんはいるか?」
「はい、ちょうど父も町長にお話しに行こうとしていました」
「なに?」

 家の中に入り、居間まで通されると、オーガストとアンヌ、そしてあの美しい男が険しい表情で向き合って座っていた。

「ああ、町長、丁度良かった。大切な話がある」
「大切な話?」

 アンヌが町長の為に椅子を引く。町長が腰を掛けると、オーガストは話を始めた。

「実は、俺達はフロリジア公の命でここに来ている」

 オーガストはそう言ってフロリジア公の御璽が押された手紙を町長へ差し出す。内容は、ポーチュラカの街の現状と大規模開発のための周辺環境を含む調査依頼だった。まだ領邦会議で可決されていないので非公表とも書かれている。

「ここは、商業特区に生まれ変わる。近郊の軍事施設も強化し、治安維持にも力を入れる予定だ」
「おお、それは! 願ってもない話だ」
「ただ、今日届いた手紙で、国境近くにヴェルタ軍が集まっているそうなんだ」
「なんとっ!? ここが戦場になるのか?」
「免れないだろう」
「いったいなぜ急にヴェルタが攻め込んで来ようとしているんだ?」
「急にではなく、以前からヴェルタはフロリジア公国を狙っており、ローゼンには未完成の爆薬も仕込まれているそうだ。今攻め込んでくる理由はヴェルタにしかわからないが、とにかく、こちらの軍事施設を強化する前に奴らが来てしまったのは事実」
「どうしたら……?」
「とにかく、戦争が始まる前に、町の皆をフロリジア公国の北部へ移動させて欲しい。首都からも今軍が向かって来ているから、途中で合流できれば安全な街へ案内してもらえるはずだ」
「わかった、すぐに皆を非難させる」

 町長は頷くと、すぐに町へ戻って行った。
 オーガストはトマスに声を掛ける。

「トマス、ジュエリア様はサイオン卿にお前がポーチュラカにいるとサイオン卿の鷹に手紙を付けて飛ばしたそうだが、その後鷹は戻って来ず、今どこにいるかわからないそうだ。
 サイオン卿の事だから、手紙を受け取っていればこちらに向かっているのは間違いないだろうが、いつ来るかわからないし、戦争が始まればそれこそ再会できる保証もない」
「わかった。サイオン様が到着されるまで、ここで共に戦う」
「いや、それだとお前の命の保証が出来ない。だから、お前はこのままジュエリアの元へ向かうんだ」
「いえ、それでは行き違いになる可能性もあるし、俺としても、あなた方に返したい」
「なるほどな……見た目と違って熱いんだな」

 外で作業をしていたマルクスが大慌てで部屋の中に駆け込んで来た。

「大変ですっ!! 今国境警備隊の兵士が来て、ヴェルタ軍が国境の川を越えた所で待機しているそうです。橋を焼き払って食い止める時間もありませんでした」

 予想以上に早かった侵攻に、部屋にいた全員が青ざめた。

「いや、橋は焼き払わなくて正解だ。何もされていない段階でこちらから橋を焼き払えば、それこそ攻め込む口実を与えるだけ。万が一戦争となれば、どちらから仕掛けたかも重要になる。だが、今の段階で攻め込まれたら、国境警備の兵士の数だけでは到底一日も持たない。すぐにローゼンまで攻め込まれてしまう……」

「オーガストさん、一刻の猶予もありません。僕は馬を走らせて町の人の中で戦える人はいないか声を掛けてきます」

「マルクス、頼む。俺は国境警備達の元へ向かい、現状を確認してくる。おい、トマス」

 オーガストはトマスに地図を渡す。

「やはりお前はローゼンに向かえ。爆薬を完成させて持ってきてくれ。なるべく使わないでいいよう、抑え込むが」

 トマスは一瞬戸惑うが、頷いた。

「……仕方ない」

「トマス、外に繋がれた馬を使って」

「ありがとう、アンヌ」

 トマスはオーガストの家を出て行き、急いで馬に乗ろうとすると、突然背後から誰かに身体をしっかりと抱きしめられ拘束された。

 敵兵に捕まったかと肝が冷えたが、抱きしめる腕は力こそ強いが優しく、懐かしい甘い香りが鼻をかすめた。

「やっと……やっと見つけた……無事で本当によかった……私のトマス」

 耳元に当たる低い声色に、心臓が苦しくなるほど騒ぎだす。

「サイオン……様……?」

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